登山者が知っておきたいマダニの生態。脅威を知って確実な対策を 医師/小阪健一郎先生に聞く(第3回)

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登山者がマダニの被害にあったニュースはときどき耳にする。マダニも人間の血を吸血する生き物だが、その脅威は吸血そのものではなく、感染症を媒介すること。今回はマダニについての正しい知識と対処法について話を聞く。

 

今から8年前の2013年のある日、寝る前に何気なく首筋に手を回したら、背中に近いところに小さなおできのようなものがあることに気づいた。一体、何なのか?

鏡を取り出して見てみると、小さな茶褐色の虫が皮膚に食いついていた。果たして生きているのか? と思い指先で触れると、モゾモゾと動く。マダニだった。

皮膚に食いついているマダニを、無理に引っ張ると、口が残ってしまうことがあるのは知っていた。確実なのは、皮膚科を受診して取り除いてもらうことだ。しかしそのときの時刻は、午前0時。病院が開く朝9時まで、首にマダニを付けたまま過ごす気にはなれない。だからといって、生命の危険が差し迫っているわけではないので、救急車を呼ぶのは大げさ過ぎる。いったいどうしたらいいものか、途方に暮れてしまった・・・。

 

マダニに刺されると体に起きること

ダニとは、節足動物門クモガタ綱ダニ目に属する節足動物で、人家に入り込むネズミに寄生するイエダニなどをはじめ、その種類は多い。登山者を悩ますのは、イエダニよりもひと回り大きなマダニだ。気軽に登りやすい里山から、標高1500mを超える山地の、草むらの中などに生息している。

これらマダニは、野生動物の血を吸って生きている。普段は山に棲むシカやイノシシ、タヌキなどから吸血しているが、登山者が近くを通りかかれば、取り付いて血を吸うことがある。

山から下山して、筆者と同様に皮膚にマダニが食いついていることに気づき、どうやって処置しようかと困ったことがある人も、多いのではないだろうか?

今まで筆者の体に着いたマダニたち。左上はタカサゴキララマダニの若ダニ。左下はタカサゴキララマダニの成ダニ。右はチマダニ属のマダニ


そこで前回に引き続き、辺境クライマー・けんじりとしても活動する皮膚科医の小阪健一郎先生に、マダニに刺されたときに注意すべきこととファーストエイドの方法、さらに予防法などについて伺った。

マダニは生まれてから死ぬまで、哺乳類、鳥類、爬虫類から吸血して生きていますが、吸血するのは3回だけです。生まれて幼ダニの時に1回目。脱皮して、若ダニになってから2回目。そして成ダニになって3回目の吸血をして、産卵して死ぬというサイクルです。

マダニが刺すときは、血を吸うと同時に口から唾液腺物質を相手の体に注入します。この唾液腺物質は血が固まることを防いで吸いやすくすると同時に、麻酔物質も含んでおり、刺されていても気づかないことがほとんどです。

マダニに刺されることにより、マダニの唾液腺物質に対してアレルギーが生じる場合があります。すると次に刺されたときにアレルギー性の炎症反応が起きて、赤く腫れ上がったり、強いかゆみが出たりするようになります。

しかしそれ以上に危険なのは、マダニは様々な感染症を媒介するということです。以下に示すのは、日本の感染症法で指定されている感染症の一覧です。この表の中の赤字のものがマダニが媒介する感染症です。

感染症法の対象となる感染症(厚生労働省健康局結核感染症課の資料より引用)


筆者はマダニに対するアレルギーがあるようで、刺されると痛いほどの強いかゆみを感じた。非常に不快だが、問題なのはそういった炎症症状ではなくて、マダニが媒介する感染症だという。

確かに近頃は「SFTS」と呼ばれる、重症熱性血小板減少症候群に感染して命を落とす人が増えているとの報道もしばしば目にする。そこでまず、マダニ媒介感染症について小阪先生に詳しく伺った。

 

注意を要する3つのマダニ媒介感染症

上の表を見ると、たくさんのマダニ媒介感染症があって驚くと思いますが、中には日本では1例の発症例もない、稀なものもあります。そういうものは除外して、登山者が注意すべき「ライム病」「日本紅斑熱」「SFTS」の3つの感染症について説明しましょう。

この3つには、それぞれ発症しやすい地域があります。それはマダニの種類によって生息する地域が異なり、その種類ごとに媒介する感染症も違うためです。

■ライム病・・・主にシュルツェマダニが媒介

ライム病は、ボレリアという細菌によって引き起こされる感染症で、刺し跡の回りが二重丸みたいに赤くなると同時に、発熱、倦怠感、関節痛などを生じます。このボレリアを保菌しているのが、シュルツェマダニです。やや寒冷な場所を好んでいて北海道では平地にも多いのですが、本州では標高約1000m以上の山地に限られます。
ライム病の発症者は年間10数例程度で、多くは北海道ですが、僕の住む京都でも発症例があります。

■日本紅斑熱・・・主にチマダニ属が媒介

日本紅斑熱は、細菌の一種であるリケッチアによって引き起こされる感染症で、発熱し、全身に赤い発疹が出て、刺し口にカサブタなどを生じます。このリケッチアを持っているのが主にチマダニ属で、媒介種として最も可能性が高いのが、ヤマアラシチマダニと考えられています。
発症者は房総半島から東海、西日本に多く、年に200例くらい。僕の住む、京都市内で発症した人もいます。診断治療法がある現代においても、高齢者などに死亡例があります。

■SFTS・・・主にチマダニ属が媒介

SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、SFTSウイルスによって引き起こされる感染症で、頭痛、発熱、消化器症状、神経症状などを生じることに加え、悪化すると命を落とします。感染者の致死率は、10%程度です。
このSFTSウイルスを持っているのが、チマダニ属のフタトゲチマダニなどです。発症者は夏の間の1ヶ月で、西日本を中心に10人から20人くらい。今年の3月には、静岡県での発症例も報告されています。


マダニにもいくつか種類があり、その種類によって生息場所が異なり、媒介する感染症も違うとのこと。しかし地域ごとに、発症する可能性がある感染症がある程度解っているのならば、例えばワクチンなどを使って予防することはできないのだろうか? また、効果的な治療薬というのはあるのか?

残念ながら、これら3つのマダニ媒介感染症に効果を持つワクチンはありません。いっぽう発症した場合、ライム病と日本紅斑熱に対しては有効な抗菌薬があり、治療は可能です。

ところがSFTSはウイルス感染症であり、抗菌薬では効果がありません。治療方法もなく、対症療法で自然治癒を待つだけなのですが、致死率も高いので非常に危険です。

 

マダニに刺されることを防ぐには?

予防するためのワクチンはないというマダニ感染症。しかもSFTSの場合は治療法もなく、致死率も高い。ライム病や日本紅斑熱は、薬を使っての治療は可能とのことだが、症状はつらそうだ。そうすると、最大の対策は何と言っても刺されないようにすることではないか?

一般的にはマダニに刺されることを防ぐため、春から秋にかけて、それぞれのマダニが発生している可能性がある野山での行動を避けるようにと言われています。特に本来のマダニの吸血対象である、野生動物が多く生息しているところには立ち入らないようにするのが確実です。

とは言っても、そのような場所を避けていたら、山登りはできません。肌の露出を極力避けて、半袖半ズボンでは行動しないという、基本を守って行動するようにしましょう。

あとは「ディート」や「イカリジン」という成分を含む虫除けの薬があるのですが、これらはマダニ予防の効果が高いので、積極的に使うのがいいでしょう。

マダニ予防に効果が高い、「ディート」配合の虫除けの薬


また、できるだけ早く皮膚に食いついているマダニを見つけることも大切です。刺されたその日であれば、比較的簡単に取り除けますので、ダメージは最小限で済みます。

 

発見したマダニを取り除く方法は?

その日に皮膚に食いついたばかりのマダニであれば、取り除きやすいとのこと。しかし、不用意に引っ張って、頭や口が皮膚内に残ってしまったという話も聞く。効果的に取り除くためには、どのようなやり方があるのだろうか? 特に頭を残さないようにするには、どうするのが良いのか?

血を吸っているマダニを見つけたら、ピンセットを使って皮膚に近い口元の方をつまみ、引き離します。あとは「ティックツイスター」という、釘抜きのような専用の器具も市販されていますので、それで抜くのもひとつの方法です。

マダニを取り除くための、ティックツイスター。引き抜くのではなく回転させて取り除く


ここで注意が必要なのは、胴体をつまんだりして、つぶしてしまうのは絶対に避けることです。最初に説明したようにマダニが刺すときは、血を吸うと同時に、唾液腺物質を人の体に注入しています。呼吸をするように、常に吸ったり吐いたりしていて、その都度、ライム病を引き起こすボレリアや日本紅斑熱を引き起こすリケッチア、SFTSウイルスなどを少しずつ吐き出しています。つぶすとそれらが一気に皮膚の中に押し込まれてしまう危険性があるので、十分に注意してください。

幼ダニや若ダニは吸血する時間が短く、体も小さいので取り除きやすいと思います。成ダニの場合は吸血する時間が長く、1週間から2週間ほども皮膚に食いついていることがあります。しかし刺されてから時間が経っていないのであれば、ピンセットやティックツイスターで引っ張れば抜けます。

ところが2日から3日も経過すると、マダニは刺した皮膚の中に、セメント状の塊を作り始めます。口を差し入れた肉の隙間の血を固まりにくくし、ドロドロの空間を作って、そこに塊を作ってしまう。そうなると、ピンセットで引っ張っても抜けません。このとき無理に引っ張ると、マダニの口や顔が千切れて皮膚に残ることになります。

したがって、マダニに食いつかれたと思われる日から2日以上が経過していて、ピンセットで引っ張っても取り除けない場合には、自力で抜くのは諦めて、皮膚科を受診してください。皮膚ごと切り開いて、マダニを取り除く処置を施します。


吸血を始めて2~3日以上が経ったマダニを、力任せに取り除くことが、頭や口を残す原因だという。山から下山した翌日以降、体に食いついているマダニを見つけて、試しに軽く引っ張ってみてとれなかったとしたら、やはり病院を受診するのが確実だ。


ところで、8年前の筆者はどうしたかというと――。しばらく考えた結果、自力で取り除くことにした。鏡にマダニを映し、試しにピンセットで突いたりしながら様子を見て、マダニが油断した(?)ように見えたタイミングを見計らって、思い切って引き抜いた。

筆者の首に食いついていたマダニ。吸血して膨れているため、小阪先生でも種類の判別は難しいとのこと


今になって思い返すと、このマダニが食いついたのは前日登った低山だ。何とか頭は残さずに済んだが、気付くのがもう少し遅かったら病院に行くしかなかったと思われる。それでも24時間以上は刺し続けていたはずで、相応の量の唾液腺物質を吐き出していたようだ。かゆみというよりもチクチクする痛みを伴う皮膚炎が、その後2週間以上も続いた。

ところで筆者の知人には、マダニに刺されても10日から2週間程度放置しておくと、満足して自分から抜け落ちるのでその方が良いのでは、と口にする人がいる。果たして、そのような自然脱落を待つのは良い対処法なのだろうか?

口先が残るかどうかという観点から言えば、それも一つの方法ではあるでしょう。口先が残った場合は皮膚炎が長引くほか、異物を完全に体から隔離するために、異物肉芽腫というブロック状のしこりのような組織が形成されて、いつまでも違和感が残ることになります。

しかし感染症を媒介する病原体は、当然ながら時間が経てば経つほど、体の中に注入されてしいます。取り除くのは、できるだけ急ぐべきだと思います。また刺された後、1~2週間以内に発熱などがあった場合は、マダニに刺されたことを伝えて皮膚科医に相談してください。

また皮膚に炎症が起きた場合の応急手当てとしては、アレルギー反応によるかゆみを伴う炎症にはステロイド外用薬が有効です。しかしボレリアやリケッチアで起きる炎症には、何を塗っても効果はありませんので、発症を疑う場合は必ず皮膚科を受診してください。


小さくて、刺されてもなかなか気付きにくいマダニ。しかし気付くのが遅れれば遅れるほど、その後のダメージは大きくなる。マダニが特に多いのが、これからの季節に、多くの登山者やハイカーが足を向ける、低山だ。筆者も、注意しているつもりだが何度も刺されてきた。

肌の露出を避け、虫よけも使うという防ぐための基本を忠実に守って、刺されることを防ぐようにしたい。

 

プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今

登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。

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