日本アルプスの高山植物が、四国の山になぜ生えるのか? タカネマツムシソウの不思議

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北アルプスなどの高山帯のみに咲くはずのタカネマツムシソウは、四国の山々でも生えている。同じタカネマツムシソウなのか、また何故四国に咲いているのか――。自然・植物写真家の高橋修氏が四国で見て考えたことは?

 

四国のタカネマツムシソウの頭花をアップで確認


タカネマツムシソウは、北アルプスなどの高山帯で見られる高山植物だ。分布地は広いが、個体数は少なく、白馬の清水岳や雪倉岳など、限られたエリアの標高3,000m付近の稜線近くのみに生える。

先日、タカネマツムシソウが四国の山に生えていると聞いて、不思議に感じた。タカネマツムシソウは、日本アルプスの高山帯のみに生える希少な高山植物というイメージを持っていたからだ。そんなタカネマツムシソウが、標高がたかだか1,000m台の四国の山に生えているという。不思議に思うのも当然であろう。

自分が不思議に思ったことは、行って自分の眼で確かめてみたくなるし、見てみないとわからないことも多い。そこで、夏の終わりに四国のタカネマツムシソウが生えているという山を調べ、それに登る計画をした。仕事の予定や他に見たい植物の開花予想もあって、出発は9月初めになった。

日本アルプスのタカネマツムシソウは8月に咲く。9月では、すべて枯れてしまっている。日本アルプスのタカネマツムシソウが咲いて、1ヶ月後にタカネマツムシソウの開花を求めて四国の山に登ることになる。果たしてタカネマツムシソウは、それでも咲いているだろうか。不安がつきまとう。

今回の山行では、ほかにも前から見たかった植物を見る計画が盛りだくさんである。好きな植物が見られる楽しみでわくわくし、心の内からの喜びが抑えられない。しかし、相手は自然である。花が見られないこともある。でも、それがいいのだ。

こうして四国の山へ飛んだ。そして、タカネマツムシソウ自生地の山にまず行って見た。この日の天気予報は雨。登山口では雨が弱まっていたので、とにかく登る。しかし、残念ながら、途中強い雨と強風に阻まれ、登山を中止せざるを得なくなった。そして3日後に、好天の天気予報を確認して、もう一度登り返した。

タカネマツムシソウは、先日引き返した箇所から、それほど遠くない岩場に生えていた。9月とあって、さすがに開花のピークは越えていたが、まだ花は咲いており、蕾まであってほっとした。咲きたてで、いい状態のタカネマツムシソウもたくさんあってうれしく、興奮してシャッターを押し続ける。

四国の山のタカネマツムシソウは背が低く、がっしりして、花茎だけが伸び、タカネマツムシソウらしい姿をしている。北アルプスのタカネマツムシソウよりは頭花(ひとつの花に見える花の塊)の直径が小さく、小花(それを構成する小さな花)の数が少ない感じがする。

北アルプス白馬のタカネマツムシソウ(写真左)と、四国のタカネマツムシソウ(写真右)


タカネマツムシソウは「日本の野生植物 平凡社」によると、「本州と四国の高山に生える」となっている。北アルプスの3,000m級の高山に生えるタカネマツムシソウが、なぜ四国にあるのだろうか。

日本の高山植物の多くは、氷河期にユーラシア大陸から入ってきた寒冷地を好む植物だ。氷河期には平地にも生えていた植物が、温暖化とともに平地では絶滅し、冷涼な高山だけ生き残ることとなった。北極圏に行くと、今も平地に日本の高山植物の近縁種が多く見られる。高山植物は、日本が氷河期には大陸と陸続きであった生きた証拠でもある。

北海道の高山植物は距離的に近いサハリン(樺太)やカムチャッカ半島との共通種も多いことは理解できる。しかし、四国はサハリンやカムチャッカ半島とは大きく離れている。なぜ、ここまでかけ離れた場所に、北極圏に住むような植物が生えているのだろうか?

考えられる理由のひとつは、氷河期は一度だけではないことである。日本は氷河期を何度も繰り返している。氷河期は波のように繰り返し訪れ、そのたびに色々な寒冷地を好む高山植物がユーラシア大陸からやってきた。規模が大きく日本が非常に寒冷化した古い時期の氷河期には、四国や西日本の平地まで高山植物が広がった。四国の高山に生き残ったタカネマツムシソウなどの高山植物はそのときの生き残りである。北海道の高山植物よりもはるかに古い時代に日本にやってきた高山植物が、四国の高山のほんの一部で生き残っていると考えられる。その意味でも四国の高山植物はとても貴重な植物群なのだ。

もうひとつの可能性として距離が考えられる。四国は九州、対馬、朝鮮半島が近い。実は最大級の氷河期には、日本海は湖状になり、朝鮮半島と日本列島は陸地が繋がっていた時代があったのだ。だから四国の高山植物は朝鮮半島から入ってきた可能性もある。

タカネマツムシソウ咲く四国の山


タカネマツムシソウは、大陸からいつどうやってきたものか、まだ私は知らないが、遺伝子を解析すると、いつ頃日本にきた植物できたアルプスのタカネマツムシソウと四国のタカネマツムシソウの違いがわかるようになるかもしれない。生物多様性は遺伝子の情報の多様性でもあり、その部分も重要なのだ。

危ういバランス、奇跡のような偶然を繰り返し、生き残ってきた四国の山のタカネマツムシソウ。盗掘しない、させない、自生地に踏み込まない(いわゆる2年草なので葉を踏まれると、翌年花を咲かせることができない)など、タカネマツムシソウを守っていくためには、花登山を楽しむ我々が注意を続けていかなければいけないだろう。

この美しく、そこに生えていることが貴重であるタカネマツムシソウが、これからもずっと四国の山の岩場で生え続けて欲しいと、私は強く願っている。

 

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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