クジラ1頭の骨格標本を作るには○○○○○円!! 国立科学博物館の知られざる舞台裏

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日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』は、海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発売たちまち重版で好評の本書から、内容の一部を公開します。第19回はクジラの標本製作の費用について。

 

海の哺乳類は、一つの個体が大きいため、ストランディングで貴重なクジラを得られても、収蔵方法や収蔵場所を用意するのに一苦労する。

たとえば国立科学博物館で特別展を開催することになったら、心臓や腎臓などの臓器標本、寄生虫標本や仮はく製などは、私たち科博のスタッフでも準備し作製できるが、〝展示の目玉〞となると、それ相当のクオリティの標本が必要になる。

そのため、専門の標本作製業者さんに発注することになり、当然ながら費用が発生する。なかでも海の哺乳類は、他の生物に比べて標本の大きさが尋常ではないので、予算の金額が1桁違ってくる。

たとえば、骨格標本を展示するには、一つ一つの骨を組み上げて形をつくる(交連骨格という)が、この作製費用がハンパではない。おおよその相場は1メートルにつき100万円。

以前、科博に保管されている体長12メートルのツノシマクジラ(ヒゲクジラの一種)の標本の交連骨格を制作したときの費用は、ナント1000万円以上だった!

アメリカの国立自然史博物館では、旅客機の格納庫を標本の収蔵庫として活用し、そこに世界最大の動物であるシロナガスクジラの頭骨がずらーっと収蔵されている。

しかし、現在、国内には日本周囲由来のシロナガスクジラ(成体)の完璧な全身骨格は一つもない。

そのため、必要なときは海外から購入するしかないのだ。購入するとなれば、1メートル100万円とすると26メートルのシロナガスクジラは……3000万円近くかかる。それとは別に海外からの輸送費も半端ない。

そのため簡単に、「シロナガスクジラの特別展を開催したい」とはいえない現実がある。

クジラが1個体追加されただけで、他の生物とは比べものにならないほど予算が跳ね上がる。クジラに限らないが、このような財務課との交渉術も、博物館人にとっては大切な仕事だ。

※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。

 

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』

日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ


『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
著: 田島 木綿子
発売日:2021年7月17日
価格:1870円(税込)

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【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)

国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。

海獣学者、クジラを解剖する。

日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。

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