登山者が遭うかもしれない「うるしかぶれ」と「ヘビ噛まれ」。起きたときの対処法 医師/小阪健一郎先生に聞く(第4回)

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登山者が遭遇する皮膚のトラブルは、これまでに紹介した「紫外線・虫刺され・スズメバチ・マダニ」のほかにも、まだまだ存在する。そのうち今回は、「ウルシかぶれ」「やけど」に加え、「破傷風」や「ヘビ咬まれ」への対処法について伺う。

 

登山者を悩ます、皮膚のトラブル。前回までに、日焼け予防や、スズメバチやマダニ刺された場合のファーストエイドの方法について、皮膚科医の小阪健一郎先生に教わった。しかし皮膚のトラブルはそれだけにとどまらない。これまで筆者が体験した、その他のトラブルについても、小阪先生に対処方法のアドバイスをいただいた。

 

ウルシかぶれ・・・早めに皮膚科へ

低山や里山には、ヤマウルシやツタウルシ、ハゼノキなどのウルシ系の植物が数多く生えている。これらの葉などに触れることで、かぶれを生じることがある。

左/葉を広げるヤマウルシ。赤みを帯びた葉の軸を、放射状に広げる姿はよく目立つ
右/ブナにからみつくツタウルシ。葉柄の先に3枚の葉があるのが特徴

 

ウルシかぶれの症状は、ウルシに触れた皮膚にブツブツと発疹ができ、かゆみをともなって赤く腫れ上がります。このかぶれは、ウルシに含まれる「ウルシオール」という物質に対してのアレルギーです。特徴は、ウルシオールが皮膚に触れてから、発症するまでに時間がかかる遅延型アレルギーであるということ。葉に触れてから発疹が出始めるまでに、2日から3日かかります。

ウルシに触れるのが初めてという人は、ウルシかぶれにはなりません。しかし一度触れて、ウルシオールに感作(アレルギーになること)すると、次に触れたときからかぶれるようになります。

左/ウルシかぶれを発症した肌
右/皮膚科を受診した際に処方される薬の例


ウルシかぶれは、2週間程度で自然治癒します。しかし症状がピークを迎える頃には、耐え難いほどかゆくなったり、発症部位が腫れ上がったりすることもあります。かぶれた場合には皮膚科を受診すると、市販薬よりも効果の高いステロイド外用薬を処方しますので、症状を抑えることができます。


筆者はウルシにかぶれやすく、今までに9回もかぶれを発症している。いずれも最初に発疹が出始めたときは、大したことがないように思えて様子を見た。ところが症状はどんどん悪化して、辛い思いをしてきた。

一番ひどい時は、発疹からドロドロと黄色い汁が出てきて、日常生活にも支障をきたすほどだった。そうならないためにも、ウルシかぶれを疑う場合には、早めに皮膚科を受診することを、筆者からも強くお勧めする。

ちなみに、ウルシかぶれが発症するのは山行後、2日以上が経ってから。山行直後に発疹が出た場合は、ウルシかぶれではなく、何か他の原因があるはずだ。

 

やけど・・・ただちに冷やす

山小屋やテントの中で、こぼれた熱湯が皮膚にかかって、やけどを負った話はときどき聞く。筆者も熱い味噌汁を太腿にこぼし、水ぶくれができて困ったことがある。

左/やけどを負って、6日後の受傷部。なかなか皮膚が戻らない状態が続いた
右/やけどを負って、40日後の受傷部。やっとやけどが気にならないくらいまで回復した

 

やけどを負うことでその皮膚は壊死し、外部から組織を守るためのバリアが失われて、ばい菌などに感染しやすくなります。

応急手当ては、やけどを負った部位を冷たい水などでただちに冷やすこと。20~30分ほど冷やし、もし水疱ができていたら滅菌ガーゼで保護をして、極力破らないようにします。水疱ができた皮膚はすでに壊死していますが、その皮膚すらなくなってしまうと、ばい菌感染の可能性が高まります。破れてしまった場合は、清潔な水でよく洗ってから、滅菌ガーゼで保護しましょう。

そして下山後は、皮膚科を受診することをお勧めします。そのやけどの程度によって、皮膚が再生してくるまでの時間に差はありますが、やけどが深いときは1ヶ月以上もかかることがあります。特に表皮を再生するための幹細胞が壊死すると、時間がかかります。皮膚科では、受傷部を保護してばい菌への感染を防ぎつつ、早く皮膚が再生するように治療します。


確かにやけどの場合は、同じ程度の面積の擦り傷などに比べると、治るまでに要する時間は長い。筆者も、たかがやけどと考えて自分で治療したが、皮膚はなかなか元に戻らなかった。その間は、ばい菌感染の危険もあったのだ。そのような危険を避けるためにも、早く皮膚科を受診するべきだったと反省している。

 

破傷風予防注射の勧め

ところで小阪先生は、医師以外にも、辺境クライマー・けんじりとしての登山活動も続けている。スポーツクライミングとは異なる、未知、未開の岩壁や渓谷を目指す様子は、雑誌『ROCK & SNOW』や『山と溪谷』などで取り上げられることも多い。

そのような、自然の中でもひと際ワイルドな環境の中で行動するに当たって、医師として何か特別に注意していることはあるのだろうか?

僕が用心しているのは、破傷風です。破傷風というのは、破傷風菌によって引き起こされる感染症で、発症すると手足のしびれや、呼吸困難を引き起こし、死ぬ可能性も高い怖い病気です。

破傷風菌は土の中、どこにでもいる細菌で、日ごろは特に悪さはしません。しかしケガをしたときにその傷口から入り込んで、感染する可能性があります。

ただ、幸いな事に破傷風は予防接種で防ぐことができます。皆さんは子供の頃に、いくつかの種類を混合したワクチンを定期的に注射してきたはずですが、その混合ワクチンの中に、破傷風予防のものも含まれています。

ところがそのワクチンによって作られる抗体の量は、だいたい10年位で減ってきます。大人では、もう効果が失われている人が多いでしょう。そういう人が屋外でケガをすると、破傷風に感染するかもしれません。

したがって登山をする成人であれば、10年に1回程度のペースで、破傷風の予防接種をしておくことをお勧めします。僕も20代前半で打ちました。現在は32歳なので、そろそろ次を打とうと考えています。


確かに筆者の身近にも、破傷風に感染して苦しんだ友人がいた。また、筆者自身も山で負傷して病院を受診したときに、医師の勧めで破傷風のワクチンを注射している。山ではどれだけ注意して行動したとしても、絶対にケガをしないということはあり得ない。小阪先生が言う通り、定期的に破傷風の予防接種しておくのが確実だ。

なお、破傷風の予防接種は皮膚科に限らず、トラベルクリニックなど、さまざまな種類の予防接種を行なっている病院に申込みをして、打つことになる。

破傷風 予防接種 (お住まいの区市町村)

と検索エンジンに入力し、探してみるといい。

 

小阪先生のマムシ咬傷体験

ところでけんじりとして活動する小阪先生が記す、雑誌の記事やSNSの投稿を見ると、しばしばこのようなインパクトのある写真が掲載される。

毒ヘビ・ヤマカガシとけんじり(小阪先生)のツーショット(写真提供・小阪先生)


小阪先生は野生生物の中でも爬虫類が大好きで、特にヘビを目にすると、手にとらずにはいられないのだという。そのグネグネした容姿から嫌われるヘビだが、山ではよく目にする登山者には馴染みある生き物だ。しかし中には、毒を持つ種類もいる。出会った際には注意が必要だ。

そこで小阪先生に、日本国内のヘビ、特に毒ヘビの種類について教えていただいた。

沖縄・奄美地方を除く地方に棲むヘビの中で、毒を持つのはマムシとヤマカガシです。

ニホンマムシ

左/頭が三角で、体に銭形模様が広がる典型的なニホンマムシ。太くて短い(写真提供・小阪先生)
右/子持ちの母マムシは夏に日当たりのいい場所で日光浴をする(写真提供・小阪先生)


マムシは平地から亜高山帯まで、どこにでも棲んでいる一般的なヘビです。攻撃的なイメージがあるかもしれませんが、基本的に性格は臆病です。踏みつけたり、獲ろうとしない限り、咬まれることはないでしょう。

ふだんの動作はゆっくりしていますが、攻撃してくるときは素早く飛びかかってきます。

ヤマカガシ

左/オレンジ色に黒い斑点が散らばるヤマカガシ(写真提供・小阪先生)
右/中国地方には、全身が青みを帯びたヤマカガシも多い


ヤマカガシも一般的なヘビで、平地から標高1500m以上の山地帯まで、どこにでも棲んでいます。ただし北海道にはいません。よく目にするのは、水田の近く。これはカエルを好んで食べるためです。やはり性格はおとなしく、普通は人が近づくとすぐに逃げ出します。

その他、毒のないへびとしては、アオダイショウ、シマヘビ、ジムグリ、ヒバカリは登山者も目にすることが多いでしょう。

アオダイショウ

左/アオダイショウの体幹には、シマヘビにはない測稜とよばれるエッジがあって木登りが上手
右/シマヘビの目が赤いのに対して、アオダイショウは目が黒い(写真提供・小阪先生)
 

シマヘビ

左/4本の縦縞模様と、赤い目が特徴のシマヘビ。性格は攻撃的(写真提供・小阪先生)
右/長さ1m以上の大きな個体も多い
 

ジムグリ/ヒバカリ

左/赤みがかった色合いのジムグリ。頸にくびれがないのが特徴(写真提供・小阪先生)
右/頸の白い模様が特徴のヒバカリ(写真提供・小阪先生)


さらに、目にする機会が少ないタカチホヘビ、シロマダラを加えて、沖縄・奄美地方を除く地方には全部で8種類のヘビがいます。


筆者も山では、ヘビを頻繁に見る。草むらなどで目にすることが多いが、沢や沼などの水辺でも見るし、木に登っていくヘビもいた。また、一人で泊まっていた避難小屋の中に大きなアオダイショウがいて、辟易したこともある。

ちなみに筆者はヘビは大嫌いで、登山中に目にすると身震いしてしまう。しかしヘビのほうも人間は大嫌いなようで、筆者の姿に気づくと体をくねらせて逃げていく。そのため、ヘビに咬まれたことは一度もない。しかし小阪先生は、ヘビを捕まえようと積極的に近づいていくのだ。時には、咬まれることもあるのではないだろうか?

その通り、ヘビを捕らえるときに何度も咬まれています。毒ヘビでは、ヤマカガシには数回咬まれましたが、ヤマカガシは毒牙が奥のほうにあるので、これまで毒を受けたことはありません。

いっぽう、ニホンマムシの毒牙は口の先端近くにあります。咬まれたことが一度だけあり、その瞬間に激痛が走りました。

左/ニホンマムシの毒牙は前にあり、咬まれた瞬間に毒が注入される
右/ヤマカガシの毒牙は口の奥で後ろを向いており、咬まれても毒が注入される可能性は低い


その痛みは非常に強烈で、身の危険を感じ、大至急下山しました。そしてその場で救急車を呼び、ただちに病院へ。病院での治療は、血清を使って毒を中和すること。さらにその後数日間、経過観察の入院もすることになりました。

ニホンマムシに咬まれて入院治療を行なっている小阪先生(写真提供・小阪先生)


毒ヘビに咬まれた場合の応急手当ては、口で毒を吸い出して、心臓に近いところをタオルなどで縛って毒の回りを遅らせるという方法が古くから言われている。しかしその効果は低く、今は一刻も早く、医療機関に向かうべきとされる。小阪先生も応急手当てよりも下山を優先し、すみやかに病院を受診した。血清を使っての治療も順調で、特に体にはダメージは残っていないという。

ニホンマムシの血清は、全国の救急対応の病院に常備されている。しかし注意すべき点もあるという。

ニホンマムシの毒に対する血清は、ウマの体内に毒を入れることによって作られます。血清を使うのが1回だけであれば大丈夫なのですが、もし次に使ったとしたら、アレルギー反応が引き起こされるでしょう。そのため、血清を使えるのは生涯に1度だけに限られるのです。


血清を使った治療を行わなければ必ず命を落とす、ということはないというが、体へのダメージは大きい。さらにヤマカガシの血清は数が少なく、ごく限られた病院にしか備えられていない。基本は遭遇しても、不用意に近づかないことだ。相手が逃げていくのを待つか、でなければ1m以上の距離をとって、そーっと脇を通過しよう。

また、春先や秋口など、気温が低めのときはヘビは日当たりの良い場所にいることも多い。休憩するときはヘビがいないか、周囲をよく確認しよう。保護色をしていて、気付きにくいことも多いので十分な注意が必要だ。もし咬まれならば、マムシ、ヤマカガシの場合は、上で述べたように至急医療機関を受診すること。

なお、毒ヘビであるニホンマムシとヤマカガシは外見に特徴があり、比較的見分けやすいのではないだろうか? それ以外のヘビの場合も、牙からばい菌に感染する可能性があるので、皮膚科を受診したほうがいい。

*    *    *

辺境クライマー・けんじりとして、豊富な野外活動の体験を積み重ねてきた、小阪先生。そのアドバイスは実践に即しており、皮膚のトラブルに悩まされ続けてきた筆者にとっても非常に役立つものだった。

現在は京都大学大学院医学研究科で、皮膚科学の研究に携わっている小阪先生だが、医師、研究者としての仕事と同等に、クライミングにも情熱を注いでいることが、言葉の節々から伝わってきた。異色の活動を続ける辺境クライマー・小阪けんじりとしての活動にも、引き続き注目し、応援していきたい。

 

プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今

登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。

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