山岳アスリートの人生と想い 『雲の上へ』

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評者=松田珠子(ライター)

雲の上へ

著:キリアン・ジョルネ
翻訳:岩崎晋也
発行:A&F
価格:2530円(税込)

 

キリアン・ジョルネは、スペイン出身の世界最強の山岳アスリートだ。2012年からは『Summits of My Life』と題するプロジェクトに挑み、モンブラン、北米デナリ、南米アコンカグアと世界の高峰での最速登頂記録を更新してきた。17年には、プロジェクトの締めくくりとして世界最高峰のエベレストに単独、無酸素、固定ロープ、無線を使わずに6日間で2回、最速登山と下山という偉業を成し遂げた。

本書は、このエベレストでのチャレンジを軸に、キリアンが自身の生い立ち、トレーニング、これまで制覇してきた数々の山岳レース、レースを共にしたパートナーたち、そして自然や山への想いなどをつづる。

標高2000m、ピレネー山脈の山小屋で育ち、10代のころからトレーニングのことばかり考えてきた。高い山に登る際には高度順化を行なうが、人づきあいを苦手とするキリアンには登山後も〝順化〟が必要だ。《遠征でいちばんいい点は、世界とのつながりを絶てるということだ。(中略)愛する人と山とだけ結びつくことができ、ぼくの言葉や行動をいちいち分析する人の目もない。そのため、現実世界に戻るときには、もう一度順化する時間が必要になる》。そしてキリアンは、パートナーであるエミリーらに意外な提案をする──。

最終章の「春のエベレスト」は読んでいても息が詰まるような濃密な1週間がつづられる。登山家のウーリー・ステックの訃報を受け取ったときの想い、さらにはエベレストのルートを変更した理由とは。キリアンの哲学に触れられる一冊。

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山と溪谷2021年11月号より転載)

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