「岩と雪」の南八ヶ岳、森林高地の北八ヶ岳。両方を味わえる天狗岳

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北八ヶ岳・北横岳で、雪山の体験を十分に堪能したら、次のステップでは天狗岳を目指してほしい。雪山用登山靴を履いて10本爪以上のアイゼンを付け、ピッケルを手にして山頂を目指せば、本格的な雪山登山に必要な要素が肌で感じられるようになるという。

 

八ヶ岳連峰のちょうど真ん中に位置する天狗岳――。岩の露出した東天狗岳と、雪のドームの西天狗岳の二つのピークが美しい山だ。赤茶けた岩の山である南八ヶ岳と、森林高地の北八ヶ岳の両方の顔と魅力を併せもっているのが天狗岳の特徴だ。

中山峠付近から見る東天狗岳(左)と西天狗岳(写真/ノアチャコ さん


「雪山初体験の山」として紹介した北横岳が森林限界以上の剥き出しの雪山に接する時間が僅かなのに対して、天狗岳は条件の良い時でも3時間以上は、強い西風と、時として風雪の中で登下降することになる。そのぶん、ガスや降雪の時以外は遮る物もない雪山の大展望をたっぷりと堪能することもできる。雪の天狗岳登山をキッカケに本格的な雪山を志す者も少なくない。

★前回記事:初体験の雪山にふさわしい八ヶ岳・北横岳。ロープウェイで一挙に樹氷の世界へ――

森林限界上の行動距離が長く、登山口からの標高差も800mを越えるので、本格的な雪山登山の第一歩と言って良い。また、数時間にわたる行動時間、森林限界以上の行動が長いことなどから、天狗岳に安全に登るためには雪山用登山靴と10本爪以上のアイゼンとピッケルの準備が必須だ。

また、先に紹介する稲子湯や高見石などを経由するルートを選んだ場合はラッセルとなることも少なくなく、ワカンなどの装備とトレースの無い雪山でのルートファインディングの技術も不可欠になる。そのため雪山一年生の場合は、渋の湯から黒百合平経由のルートにすべきだろう。食事付で泊まれる黒百合ヒュッテがあるため、渋の湯からの往復が安心だろう。無理なく登るためにはアイゼン・ピッケルが必要な天狗岳だが、実際には滑落するような危険個所はごく一部で、急な斜面の登下降が何箇所かあるほかは恐怖を覚えるほどの場所は少ない。

東天狗岳への急登の様子(写真/モロとサン さん


中山峠から天狗岳を目指す際には、東側(登りなら左手)に天狗岳東壁が屹立していて、強い風雪のあとには小規模だが雪庇も形成されて注意が必要だ。しかしそのことを予め知って行動すれば、滑落や雪庇の踏み抜きは起こりにくい。アイゼンの爪が入らないほどの氷雪の斜面は通常ないし、ピッケルのピック(尖った部分)を手がかりとするほどの斜面も無い。

雪山登山靴が雪を捉える感覚や、アイゼンが与えてくれる安心感、ピッケルで歩行を支える体験などをして、「この装備があったので安心して登れた」と実感できるのが天狗岳だ。この山に登頂する中で、実践的に最も基本的な雪山歩行技術を無理なく習得できる山と言って良い。

渋の湯から黒百合ヒュッテ経由で天狗岳へ(⇒ヤマタイムで確認

 

森林に囲まれた渋の湯から黒百合ヒュッテを拠点に天狗岳へ

早速、渋の湯から黒百合平経由で天狗岳を目指すルートについて説明しよう。週末の朝の渋の湯は、極端な悪天の時以外、たくさんの登山者が出発の準備をしているはずだ。はじめは硫黄臭い沢沿いの道から踏み固められて凍結したコメツガの森の中の道を高度を上げていく。登山道は凍結していることも多いが、はじめは可能なら登山靴だけで登る練習をしてみたい。

八方台からの尾根と合流するまでは傾斜のある斜面が続くので、滑るようなら、ここからアイゼンを付けてみよう。足は重くなるが、無理なく歩けアイゼンの有難味を実感するはずだ。唐沢鉱泉からのルートと合流するとシラビソも混じりだし、美しい雪の森の中を緩やかに登っていく。目の前が明るくなってくると、大きな黒百合ヒュッテの前に着く。

冬でも賑わいをみせる黒百合ヒュッテ。ここで装備を再チェック(写真/yasuhiro さん


天狗岳へを目指す場合は、ここで改めてしっかりと装備を整えたい。降雪がなく、基本装備だけで登高してきた場合は、アウターを着こみ、オーバー手袋なども付けよう。風当たりの少ないヒュッテ前でアイゼンも付けてしまおう。しばらくは森の中の道だが、中山峠からは尾根を辿ることになる。樹林帯を抜けると岩混じりの雪の広がりの中に出て、大きく聳える東天狗・西天狗と対面する。

歩きにくい露岩帯を抜けると森林限界となって強い風を受けて進むことになる。背後に北八ヶ岳の穏やかな山々や浅間山を従えながら、北アルプス、中央アルプスの展望の中をグイグイと登っていく。このあたりはトレースのある場合が多いが、アイゼンを効かせてしっかり登っていこう。

天狗の鼻へ向かって登る様子(写真/takaaki さん


右手から天狗の奥庭経由のルートが合流して、本コースの一番の急斜面でありクサリの設置された天狗の鼻への登りとなる。あえて危険個所を強調するなら、この部分となる。ごく一部、スリップすると東壁側に滑落する可能性のある個所があるので、ピッケルをしっかりと突き、クサリも頼りにしながら進む。

この斜面を登ってトラバースすると、もう東天狗は目の前だ。山頂からは今まで見えなかった赤岳を筆頭とした南八ヶ岳が迫力満点だ。360度に広がる雪山大展望を楽しもう。余裕があればコルに下降して東天狗の岩混じりの雰囲気とは違う雪のドームのような西天狗岳に向かおう。岬のように突き出した西天狗岳の山頂からは諏訪盆地が大きく見下ろせ、さらに大きな展望が待っている。

東天狗岳からドーム状の西天狗岳を望む。背後には諏訪盆地が広がる(写真/Yamakaeru さん

 

高見石やしらびそ小屋からの天狗岳でワンランク上の経験

天狗岳は黒百合ヒュッテを拠点に山小屋泊で登るのが最も一般的だが、体力があれば渋の湯から日帰りすることも不可能ではない。また、渋の湯から高見石方面へと向かい、いかにも「雪の北八ヶ岳の山小屋」といった雰囲気の高小石小屋に宿泊し、雪の北八ヶ岳の森を堪能しながら中山を越えて中山峠へと辿るルートは充実感を得られるはずだ。

ほかにも、静寂感に満ちた小海線・松原湖駅から稲子湯を出発点に、しらびそ小屋を経て中山峠に登るルートも素晴らしいルートだが、いずれも黒百合ヒュッテ経由に比べて訪れる者も少なく、降雪後はラッセルとルートファインディングを強いられる個所もあり、経験者との同行が必要なワンランク上のコースだ。

中山展望台からの眺望。黒百合ヒュッテ経由と比べると難易度が増す(写真/Yamakaeru さん


天狗岳へはいずれのルートから登っても森林限界上の一定時間の行動があり、頬を打つ強い西風の中を登ることになる。それでも、辛く感じる部分はあっても、それ以上に雪山の素晴らしさが実感をもって感じられるはずだ。雪山歩行技術や雪山装備の準備などで、何が足りなくて何を鍛えるべきかを考え、次のステップへと進みたい登山者は、このルートを辿れば身体で実感するはずだ。天狗岳は本格的な雪山登山の登竜門なのだ。

高見石経由のルート(青線)、および稲子湯からしらびそ小屋経由(緑線)のルート(⇒ヤマタイムで確認

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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