身につけた雪山登山技術を駆使して登る、八ヶ岳最高峰・赤岳

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しっかりと雪山の基礎を身に付けたら、総仕上げとして主峰の赤岳を目指したい。この頂に立ったとき、それは本格的な雪山登山の世界の入り口に立ったことを意味する。厳しい急登を越えて、新たなステージの扉を開けてみよう。

 

八ヶ岳最高峰、主峰・赤岳。東西に屹立した岩壁を持ち、急峻に立ち上がる重厚な山容を見せる堂々とした姿は八ヶ岳の王者にふさわしい。そしてそこは、冬期となれば氷雪技術を駆使して登る本格的な雪山となる。

ただアイゼンやピッケルを「持っている」だけでは登れない。「あった方が登り易い」を越えて、「本当に使う」山であり、十分にその機能を発揮させないと登頂できない。赤岳は雪山登山を始めた者にとっては最初の目標だ。少しずつ装備を整え、雪山技術を磨いてきた者にとって、雪の赤岳登頂は本格的な雪山への出発点に立ったことを意味する。つまり、より奥深い大きな雪山に向かうための大きな指標となる。

地蔵の頭から望む赤岳、手前に見えるのは赤岳天望荘(写真/masa46 さん


赤岳への登山口は、茅野から美濃戸口へと向かい、行者小屋から取り付く地蔵尾根と文三郎尾根をルートとする者が圧倒的に多い。無雪期の登山ルートとしては小海線側の清里から登る真教寺尾根や県界尾根が存在するが、冬は訪れる者が少なく、ルート上に山小屋もないうえに上部には急峻な岩場があり、初挑戦には不向きと言える。そのため今回の「雪の赤岳」では美濃戸口を登山口とすることが前提に説明する。

★前回記事:「岩と雪」の南八ヶ岳、森林高地の北八ヶ岳。両方を味わえる天狗岳

もちろん、地蔵尾根・文三郎尾根、どちらを登っても樹林帯を抜けた後は急峻な凍てついた岩場が連続する。随所にクサリなどが設置されていて、強い風や完全凍結した斜面で滑落しないアイゼン歩行技術、バランスを保ち登高を支えるピッケル技術、急傾斜を一定の時間で登りきる体力が必要だ。

地蔵尾根は中間部を過ぎると左右に急峻なルンゼが迫り、スリップは許されない。文三郎尾根も樹林帯を過ぎてからは急峻な斜面が続き、赤岳西壁が迫り、阿弥陀岳と結ぶ稜線を越えてからは足元に立場川奥壁が迫る(立場川側への滑落事故は致命的な事故になることも少なくない)。さらに、頂上直下で赤岳東壁(登りだと右側)を少し横切る個所では、大門沢まで急傾斜の雪壁が落ちていて恐怖感をおぼえる。

赤岳直下、キレット分岐付近の急登(写真/yasuhiro さん


それでも、美濃戸口には八ヶ岳山荘が、美濃戸には三軒の山小屋があり、柳川北沢の上流には大きな拠点となる通年営業の赤岳鉱泉があるので安心感がある。また地蔵尾根を登りきった主稜線には年末年始に営業する赤岳天望荘もある。いずれも食事付きで営業しているため、週末には多数の登山者がこれらの山小屋を経由して赤岳に向かっているので、心強く感じるはずだ。

美濃戸口から赤岳鉱泉、地蔵尾根→赤岳→文三郎尾根のコース図(⇒登山地図を確認

 

美濃戸口から地蔵尾根を登り、文三郎尾根を下る

美濃戸口から赤岳に登るルートは、美濃戸口のバス停前から始まる。大きな駐車場からは右手前方に見上げる角度で阿弥陀岳が聳えるのが印象的だ。未舗装の車道歩きが始まるルートは、柳川を渡り、少しずつ高度を稼ぎながら、宿泊可能な三軒の山小屋がある美濃戸に着く。

ここで直接、行者小屋に向かう柳川南沢ルートが別れる。初日に稜線まで上がり、天望荘に宿泊する計画の場合は南沢ルートをとっても良いだろう。赤岳鉱泉へと向かう北沢は、引き続き車道歩きだ。車道の終点から橋を渡り、さらに上流へと向かう。

この北沢ルートは、赤岳鉱泉へと向かう多くの登山者が利用しているため、明瞭なトレースが付いているケースが多い。何回か北沢を渡ると前方が大きく開けて横岳周辺が見渡せる。大同心、小同心をはじめ、横岳西壁が美しく見えてきたら、赤岳鉱泉へは僅かだ。赤岳鉱泉は食事付で宿泊可能な大きな山小屋で、赤岳周辺を目指す登山者の拠点だ。

冬季は“アイスキャンディ”がランドマークとなる赤岳鉱泉(写真/yasuhiro さん


赤岳鉱泉で宿泊した場合は翌朝から赤岳を目指す。まずは行者小屋方面へ。赤岳鉱泉から沢沿いを大きくジグザグを繰り返しながら登ると、まもなく中山乗越だ。僅かな下りの先に行者小屋があり、頭上に赤岳が大きく見えてくる。ここからいよいよ本格的な雪山登山が始まるので、行者小屋前で、アイゼンを装着し、目出帽やオーバー手袋などを身に着けてしまいたい。

 

地蔵尾根に取り付き本格的な雪山の世界へ

地蔵尾根はシラビソの密集した中に付けられた道から始まる。少しずつ傾斜を増し、やがて最初のクサリと階段が現れる。通過後は再び樹林の中を辿り、ダケカンバの森の中を登る。森林限界が近づき、左上するように斜面が始まるが、ここは大量の降雪の後には、小規模だが雪崩が起こる箇所なので慎重に進みたい。

ここからはクサリ、ハシゴが連続する急斜面となる。スリップできない斜面なので、アイゼンをフルフラットで効かせてシッカリと登ろう。最後にナイフリッジとなった個所を慎重に越えるとお地蔵さんがあって、そこで赤岳と横岳を結ぶ主稜線に飛び出す。

地蔵尾根上部の急登。慎重に登りたい(写真/masa46 さん


吹き付ける風は一段と強くなるが、ヤセ尾根続きの地蔵尾根が終わればホッと一息つけるはずだ。少し登るとエビのシッポが建物全部に付けた天望荘が大きく尾根上に建つ。天望荘も、年末年始などの営業期間は食事付で宿泊可能だ。

ここからは赤岳山頂に向けて大きな斜面を登る。右手に赤岳西壁が迫り、クサリが連続する。少し傾斜が落ちてきたら赤岳頂上小屋の建つ赤岳北峰、もう南峰・赤岳山頂は目前だ。痩せた稜線を強い風に吹き飛ばされないように慎重に辿り、憧れの赤岳に立つ。南北中央アルプスを筆頭に360度の圧倒的な展望が待っている。

道標も凍りつく稜線の様子(写真/山がすき!山雅すき!! さん


文三郎尾根への下降は、頂上から南に一段降り、左手(東側)を少し回りこむ。クサリが雪に埋もれていて使用できない時は、最も緊張させられる個所だ。雪の斜面から岩場の下りとなり、キレットへと続く尾根から離れて右手に凹角状のクサリが付けられたルートを降る。

しばらく降りると赤岳西壁側をトラバース気味に降り続ける。ルートの下は岩場混じりの雪の斜面で見た目は傾斜が緩く感じられるが、その下には立場川奥壁が迫る。ここでの滑落は大きな事故となることが多く、慎重に降るべき個所だ。

文三郎尾根から見上げる赤岳方面(写真/山がすき!山雅すき!! さん)


小尾根を越えると、次は雪の斜面をトラバース気味に降りだすが、今まで南側斜面で遮られていた西風が一気に正面から吹き付けることが多く、初心者は戸惑う場所だ。やがて中岳との分岐に着き、赤岳西壁を間近に見られるトラバースルートに入る。少し降りると明瞭な尾根ルートとなる。左右にルンゼがあり、緊張を解いてはならない場所だ。

急峻な階段状の尾根を降り、樹林が出てくれば、はじめて安心できるはずだ。阿弥陀岳からのルート(中岳道)との合流から先は目の前が開け、行者小屋前へと帰り着く。振り返れば、今登ってきた赤岳が大きく見上げられるはずだ。

 

基本技術ができていれば登れる素晴らしい山

赤岳は、氷雪技術を駆使して登り、降りてくるルートだが、アイゼンとピッケルを使った歩行技術がしっかり身についていれば大丈夫だ。アイゼン歩行ではフロントポイント(前爪)を蹴りこむような斜面はほとんどない。全ての爪を雪面に食い込ませ、確実に登下降する基本技術がしっかりできていていれば良い。ピッケルについては、ピッケルのピック(先端部分)を突き刺して通過するような斜面はない。小さなスリップや強風に備えて確実に山側にピッケルを突き、バランスを保つ基本的な動作を身に付けていれば大丈夫だ。

ただ、基本技術ができていないと安全に登れない山だと言うことは強調しておきたい。小さなミスが決定的な滑落に直結する場所が随所にある。また、樹林帯を抜けてからは、強烈な西風に叩かれることも多い。強風にも厳しい寒さにも負けない準備と対応能力が求められる。その意味で基本的な雪山技術の総仕上げの雪山登山と言えるだろう。

その一方で、基本的な雪山技術が身についていない段階で取り付く登山者(特に単独行の登山者)が少なくない。「多くの登山者が登っているから大丈夫だろう」という考えは、ここでは通用しない。山頂からの下降などで、ピッケル等の持ち方から間違っていて、全く基本技術ができていない単独行の登山者を数多く見かける。そして、毎冬、必ず滑落などの致命的な事故が発生している。かつて、好天の中を天望荘まで登り宿泊した登山者が、翌日の強い風雪にたじろぎ、僕達のパーティのザイルの中に入れて欲しいと泣き付かれたこともある。風の強さと寒さは一級品の赤岳であることも強調しておきたい。

稜線で強風に遭い立ち尽くす様子(写真/ビンゴ さん


赤岳は、八ヶ岳を代表する山で、雪山初心者が一定の力を身に付けた証となる美しい山だ。基本技術を身に着け、天候の急変にも備えた装備を整え、体力を付けて余裕をもって挑んで欲しい素晴らしい雪山だ。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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