課題が山積みの登山道。誰が設置し、管理するのか?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

多くの人が利用している登山道。しかし、誰が設置し、管理しているのか、あいまいなまま放置されているのが現状だ。

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、今後の方策を検討し、法整備による具体化を、山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊『これでいいのか登山道』(山と溪谷社)から一部抜粋して紹介する。

登山道の問題・課題――誰が設置し、管理するのか

文=上 幸雄

問題点が山積みの現状

近年、老若男女の多くの人たちが山を訪れる、戦後3回目の登山ブームと言われている。ただ単に山に登りたい、自然を楽しみたいと思う人から、体を鍛えたい、野草や森林、さらに星空や地質など、より専門的に自然を観察したいという人まで、登山への想いは多様である。

でも、そうした人たちのなかで、自分がいま歩いている登山道は、いつだれが作り、整備したのだろうかと考える人はそれほど多くないだろう。実際にいま現在、その恩恵に預かっていても、関心を呼ばない存在、それが登山道の現状ではないだろうか。

しかし、何か登山道にトラブルがあった時は、にわかにその存在が急浮上することになる。台風や大雨で登山道が崩壊し、通行止めになった時とか、大きく迂回しなければならなくなった時などがその典型である。登山道は地味な存在だが、きわめて重要な存在で、登山に限らず、山に仕事で入るにあたっても、トラブルを避け、トラブルに遭ったときは速やかに対処すべき施設といえる。にもかかわらず、その対処は法律や規則・ルールが明確に示されてはおらず、あいまいなままで、問題を解決するうえで、大きな障害になっているのが実態といえる。

 

日常的な管理状況

登山道の管理は地域や山によってさまざまで、自然公園なら、その公園指定により国、地方公共団体が行い、それ以外の地域に整備されている登山道は、観光施設や地域の生活支援施設として地方公共団体が行っている場合があったり、民間の山小屋が自身の営業目的や登山者の便宜を図るためにボランティア的に整備している場合もある。どちらにしても、その実態について明確に調査されておらず、あいまいなままに推移しているのが現状といえる。事故やトラブルが発生しなければ、日常的な管理状況について、あまり問題視されることはない。

ただし、以下に整理する通り、事故やトラブルの発生は別として、日常的な管理状況に関し、潜在的・恒常的な問題を抱えていることは間違いない。そこで、以下に何が問題点となっているかを整理する。

1.管理者が不明確なため、登山道の管理が恒常的、定期的に、規格に沿って行われない場合があり、事故やトラブルの発生を生む要因となっている

2.管理者が不明確なため、登山道に関わる関係者間で、管理責任のなすりあいや責任放棄が生じる場合がある

3.登山道の施設整備や維持管理が、山小屋や山岳団体、あるいは個人的な行為により無秩序に行われ、事故やトラブルの発生を生む要因となる場合がある

4.自然環境の保護や利用、自然景観の保全上好ましくない事態が登山道で発生しても、それを取り締まる法令や規則の規定がないため、規制できない場合がある

5.登山道の日常管理において、登山道設備の管理や修復、岩石や枯れ枝などの除去、雨水の排除、登山道や付帯設備に関する情報提供などで、登山者やボランティアの役割は重要だが、管理者が不明確でその連絡方法が得られない場合がある

 

 

登山道が損壊した時などの問題・課題の解決策

登山道に関する法令の整備がなされていない現状では、山岳施設に関わる何らかのトラブルが発生した時、関係者間での話し合いや協議により解決を図るしかない。それが不調に終わった時はどうするか、裁判に委ねることも大いにありうる。裁判になった場合、どの法令を当てはめて決着するかは、裁判所の判断になる。そうした事例については別項で紹介することとして、ここでは登山道が損壊し、遭難事故が発生した時、裁判に至る前の段階で解決策を見出すことができるか検証する。

登山道に設置されている谷への転落事故を防ぐための手すりが損壊し、そこから登山者が転落し、大けがを負う事故が発生したとしよう。このケースでどのような検証がなされるのか、順を追って整理することにしたい。

1.手すりは、いつ、誰が設置し、その使える保証期間はいつまでなのか確かめる

2.手すりが損壊した原因は、自然的原因か人為的原因かを確かめる

3.手すりが損壊したのは、転落した人が人為的に圧力を加えたのか確かめる

4.結果として、転落の原因が人為的なのか、設備の不備なのか判定する

5.結論が出た段階で、手すりという設備の設置者、管理者の責任を問うか、手すりを損壊した登山者の責任なのかを判断する

このような手順を踏んで事故原因を明らかにし、責任者探しを行うことになる。それをだれが担うかについては明確になっていない。死傷事故や登山道施設の損壊になれば、警察が出てくるだろうし、そこに至らない場合でも、そうした事故発生の予測が立てられれば、地元の自治体や山岳会などが、現地調査に入ることになる。

 

登山道法の法整備の可能性

本項で述べてきたとおり、現段階では「自然公園法」により国立・国定公園、および都道府県立公園内の「登山道」に関して一部整備、維持・管理がされてはいるが、それら公園内の登山道の大部分は明快な位置づけや管理体制がないまま、放置されている状態にある。法制度面や予算措置面、責任管理体制面など、多くの面で課題は残されたままといえる。 いわんや、自然公園地域外の山岳地にも多くの登山道が存在し、利用されている。それらの登山道は、公園内の登山道以上に管理責任者が不明確なままで、放置されているのが現状と思われる。所在する地方公共団体や民間山小屋は、何か事故やトラブルがあったときに責任問題を問われることをおそれて、うかつに手を出せないというのが現状ではないかと思われる。

登山道を含めた山岳環境での施設整備や維持管理の必要性や重要性について、関係する国や地方公共団体、民間施設がそのことを十分認識しながら、前に進めないのが現状といえる。それを打開するためには、まず第一に、社会一般の登山道の位置づけや役割に関する認識を持つことであり、

その重要性に対する正しい理解が必要だといえる。

そのためには、登山道の現状について、本格的な調査が必要と思われる。登山道の①総延長や地域別・山域別の距離、②性状や規格、③交通量や利用、④維持・管理、⑤事故・トラブルの発生、解決策、⑥周辺自然環境、⑦関連施設整備・接続道整備といった現況に関する基礎調査の実施が求められる。そこから法整備の糸口が見えてくると思われる。

※本記事は『これでいいのか登山道 現状と課題』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『これでいいのか登山道 現状と課題』

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、 今後のとるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といったかたちで具体化できないかを、 山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊です。


『これでいいのか登山道 現状と課題』
著: 登山道法研究会
発売日:2021年12月18日
価格:1100円(税込)

amazonで購入


登山道法研究会
日本の登山道が抱える現状を多角的にとらえ、今後のあるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といった形で具体化できないかについて、この課題に関心を持つさまざまな分野の有志が集まり調査や研究を続けている。2018年秋より勉強会を始め、2019年9月に研究会として設立。

Yamakei Online Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

編集部おすすめ記事