遭難対策から見た「いい登山道」とは? 道迷いをしない登山道を考える

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多くの人が利用している登山道。しかし、誰が設置し、管理しているのか、あいまいなまま放置されているのが現状だ。

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、今後の方策を検討し、法整備による具体化を、山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊『これでいいのか登山道』(山と溪谷社)から一部抜粋して紹介する。

遭難対策から見た「いい登山道」とは

文=久保田 賢次

山の事故の増加傾向に歯止めがかからない状況が続いている。警察庁生活安全局生活安全企画課が、2021年6月17日に発表した「令和2年における山岳遭難の概況」によると、2020年の発生件数は2294件、遭難者数は2697人と、感染拡大下の登山自粛もあってか、前年よりは減少したが、統計が開始された1961年以降、増加基調にある。目的別にみると、登山(ハイキング、スキー登山、沢登り、岩登りを含む)が75. 6%、次いで山菜・茸採りが14. 1%。態様別にみると、「道迷い」が44. 0%と最も多く、次いで滑落が15. 7%、転倒が13. 8%である。例えば、「道に迷った結果として、焦って行動し滑落してしまった」といったケースの存在も考慮すると、もし「道に迷う」ということが防げれば、事故の減少にもつながるのではないだろうか。

そのためには、もちろん「登山道そのものの整備」という対応も必要であるし、読図能力や適切な判断力を養うといった登山者自身が身につけるべき対策も課題である。「読図講習会の受講機会などを増やしてスキルを高めること」「登山地図とGPSアプリなどを併用して使いこなすことで備える」といった登山者側の意識改革と努力によって改善される要素も重要だが、「そもそも地図を持参しない、読まない」といった人たちも存在するなかでは、「決して迷うことのない(迷うことの少ない)登山道」の在り方こそが、求められているのではないだろうか。

本書でも、各地の様々な登山道の現状が紹介されているが、山域により十分に整備が行き届いた所もあれば、辿る人も少なく荒廃してしまう一方の道もある。低山などでは、登山道を覆ってしまう草の刈り払いなどの手が入らなければ、すぐに不明瞭になりがちだし、近年、多発している豪雨災害などの結果として、荒廃が進んでしまう事例も多々見られる。

また、道そのものではないが、適切な道標やサインの存在も重要となる。山岳地域の管理主体が複層化しており、立てられる道標のデザインや材料もまちまちな現状のなかで、朽ち果ててしまったままのものや、表示内容が不確かな道標も存在しているのが実情だ。

「ここが登山道である」ということを示す、いわゆる「赤テープ」「赤布」や「ペンキ印」などの存在も、道を辿る際の大きな手助けとなるが、林業用や作業用に付けられた印を混同して引き込まれたり、水源巡視路のような整備のゆき届いた道のほうを、目的とする登山道と勘違いして踏み込んでしまうような事例も見られる。

通行不能の旨を明確に伝えている例(奥多摩、雲取山付近)

ここで、仮に遭難対策上の「いい登山道」を、「どんな人でも迷うことのない道」と仮定した場合、登山道そのものの整備が行き届くことが理想ではあるが、管理主体の問題や、予算的課題も多い現状のなかで、実現可能性の高い項目として、次のようなことが挙げられるのではないだろうか。

・登山道であることを示すテープなどの統一化

現状は樹木に巻かれた赤テープなどが中心だが、色も素材も統一されてはいない。もし全国規模での一本化が図れれば、他の印に誤って導かれてしまう可能性は少なくなる。

・登山道を示す標識のデザインの統一化

前記同様に道標の統一ができれば、本来辿るべき登山道でない道への迷い込みは防げる。あわせて、登山口(下山口)の「コース全体図」のようなサインが充実し、山域全体のコース状況や、危険個所などを把握できれば、入山する心構えの面でも役立つのではないだろうか。

・登山道と登山道以外の道の明確な区分

廃道化して放棄された登山道は、踏み込みを禁じて、より自然化を促進し、整備されてはいるが登山道とは異なる道(水源巡視路、作業道など)を、標識で明確に区分することで迷い込みが防げる。

 

以上、遭難対策上の「いい登山道」に関して、さらに多方面から論議が深まることを期待したい。

 

※本記事は『これでいいのか登山道 現状と課題』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『これでいいのか登山道 現状と課題』

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、 今後のとるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といったかたちで具体化できないかを、 山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊です。


『これでいいのか登山道 現状と課題』
著: 登山道法研究会
発売日:2021年12月18日
価格:1100円(税込)

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登山道法研究会
日本の登山道が抱える現状を多角的にとらえ、今後のあるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といった形で具体化できないかについて、この課題に関心を持つさまざまな分野の有志が集まり調査や研究を続けている。2018年秋より勉強会を始め、2019年9月に研究会として設立。

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