自由をめざす思考の軌跡『狩りの思考法』
評者=麻生弘毅(ライター)
現代に残された探検を真摯に追い求め、人跡未踏の処女地を明らかにした『空白の五マイル』(集英社文庫)でデビュー。その後、地理的探検という呪縛から離れ、常識や社会というシステムの外に活路を見出し、グリーンランド北部の暗黒世界を彷徨い、『極夜行』(文春文庫)を著した角幡唯介さん。その後7年にわたる極北の旅を描いた新作が『狩りの思考法』だ。
本書では、あれほどこだわった「探検」から自由になる思考の軌跡を描いている。設定したゴールよりも魅力的な目の前の事象、混沌の渦に巻き込まれながら、命を存続させることで生を際立たせたい。そうして選び取ったのが、狩猟を糧とし、獲物を追いながら彷徨い続ける「漂泊」だった。この瞬間の猟果が、命を、旅をつなぐ。今を未来に隷属させることなく、現在のありようが未来を切り拓いてゆく──。
10年にわたる骨太な旅から昇華させた言葉は、厳しい環境を生き抜くイヌイットの思想と重なり合い、揺るぎない説得力をもつ。それは、まだ見ぬ明日を確定した未来とし、日々を過ごす私たちの毎日を揺さぶってくる。
今日は明日のためにあるのか。
とはいえ、外からの情報に惑わされず、眼前の状況を自身で判断し、それを繰り返すことで自分の生を強固にしてゆくというイヌイットの健やかな哲学にも触れられているため、安易な感慨を許さない部分もある。
どうすりゃいいの……。
途方に暮れながらも、淀むことない沢水のような思考の流れから目を離すことのできない、少し困った一冊。
(山と溪谷2022年2月号より転載)
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