日本近代スキー大家の名著復刊『新版 雪に生きる』

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評者=時見宗和(作家)

新版 雪に生きる

著:猪谷六合雄
発行:カノア​
価格:3410円(税込)

 

「雪の山が、この時から急に楽園のような気がしてきた」。猪谷六合雄(くにお)は25歳の時、スキーと遭遇。観察と創意、合理と徹底のシュプールが始まった。

さっそくスキー用具一式を制作し、徹底的に改良。木を切り倒し、ヤブを刈り、巨石を割り、ゲレンデを開拓。

体が宙に浮く快感を知り、ほぼ独学でシャンツェを7基建設。その完成度の高さは、ノルウェーから来訪したオリンピック銀メダリストを感嘆させた。

「慣性の法則によって、だんだんと遠くへ離れていくのが私たちの常態であるような気がしてきた」。39歳の時、夫人のサダと不意に赤城を離れ、日本海沿いを北上、北海道に渡った。

国後島で荷を解き、翌年、長男の千春が誕生。千春のスキーの練習環境を求めて転居を重ね、先々で5軒の「小屋」を建て、3軒を改築。合理の徹底が美を生むことを、挿入された写真の数々が物語る。

1956年2月1日、生涯最高の作品が完成したことを告げる朝日新聞号外が日本列島に舞った。

〝冬季五輪に初の日章旗〟
〝猪谷、回転で二位〟

本人さえも明日を予測できない展開と、窮地に陥ってなお客観的な視線。例えば、練習中に左まぶたの3ミリ上を裂傷。とうに引退した中風の元眼科医に縫われながら「手先ばかりでなく、目の方も相当悪くなっているらしい」。

波瀾万丈、天衣無縫、痛快無比、どんな言葉にも収まらぬシュプールが深々と刻み込まれた、ページを繰る手を休める場所がない大著にして快著。

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山と溪谷2022年2月号より転載)

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