高齢者は危険な登山をしているから遭難するのか? 山のリスクの実態をデータから探る

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認知心理学を専門として、空間認知、ナヴィゲーション、リスク認知を研究する著者が、遭難から身を守るための実践的なリスクマネジメントを伝授!『遭難からあなたを守る12の思考』(山と溪谷社)では、リスクに対応するための「考え方」、「思考法」をわかりやすく解説しています。本書より一部を抜粋して紹介します。前回の記事はコチラ

写真=星 武志

災害情報として目指すべきは、唯一解としての「被害予測」でも、あらゆる地域に適用可能な「一般的知識」でもなく、その地域においてどのような種類、形態の災害がおこりえるかを、誤解なく、幅を持って理解すること

牛山、2012、『防災に役立つ地域の調べ方講座』古今書院

「山では何が起こるかわからない」は本当か!?

「山では何が起こるかわからない」といった言い方をします。「だから、それに備えよ」とも言われますが、そもそも何が起こるかわからなければ備えようもありません。章扉の言葉は、防災の分野で活躍する研究者のものです。自然災害のリスクはシミュレーションである程度わかります。しかし、限界もあります。だからこそ、想定外に備えよと叫ばれるのです。一方で、どんなことでも起こりえるわけでもありません。地域の特性と災害時の状況によって想定されるリスクはある程度幅を持って把握できます。それを知ることが防災に直結するというのが、この言葉の趣旨です。

登山のリスクも同様です。山域や登山者の属性によって起こりやすい遭難はわかっています。それを知ることが、遭難防止の堅実な一歩になるはずです。警察庁が初夏に公表する山岳遭難の概況(以下、「概況」と呼びます)は、そのための最善の資料です。山では何が起こるのか、そしてどのような状況で起こりやすいかを、紐解いていきます。

概況では遭難理由(警察庁の用語では「態様」と呼ぶ)を13種類に分類しています。遭難人数がおおむね多い方から、道迷い、転倒、滑落、転落、病気、疲労、落石、動物の襲撃、落雷、雪崩、悪天候、鉄砲水、有毒ガスです(図2- 1)。つまり山で遭難する理由は、13種類だけなのです。

このうち道迷い一つで約40%を占めています。加えて転倒、滑落、病気、疲労の上位5態様で合計およそ85%です。次いで上位にある転落、落石、雪崩、悪天候、野生動物の襲撃を加えた10態様で92%となります。この中では転落が比較的多くて、全体の3%程度ですが、残りはせいぜい1%未満です。

2019年の落雷被害者は3人でしたが、2016~2018年には一件も発生していません。その他に、有毒ガスや鉄砲水なども発生していない年が多いのです。山の落雷は時々ニュースになりますが、逆に言うとニュースになるくらい珍しい事故なのです。雷の性質に関する科学的知識の普及や予報技術の進歩によって、日常であれば無視する程度の確率である、登山100万~1000万回に1回程度に抑えられていることも事実です。

遭難に至るプロセスは千差万別ですが、ほとんどは過去の統計データから容易に発生を予測できることなのです。発生頻度の多い予測しやすい遭難に対する準備を適切に行うだけでも、遭難は5分の1近くに減少させることができるのです。

特に発生数の多い、道迷い、滑落、転倒は、山のどこにでもある要素が原因で発生しますが、発生数が多い割には一つ一つは劇的ではないため、「注意しよう」で済ませがちです。しかし、トラブルの発生過程やその進行について適切な知識を持つことで、どのような場面で、どう注意をすべきかが見えてきます。

 

山は本当に危ないのか!?

今度は、遭難を数や比率の観点から見てみましょう。概況を見ると、コロナ禍もあって2018~2020年にかけては2年連続で遭難者数は減少しましたが、最近は年間ほぼ3000人程度の遭難者が発生し、漸増傾向が続いています。このうち登山による遭難者は全体の約75%程度で、2020年でいうとおおむね2000人です。

2000人という遭難者数が多いのかどうかを把握するためには、日本の登山人口や登山回数に対する比率を求めてみます。「社会生活基本調査」(総務省統計局)は5年に1回、登山人口(年1回以上登山をする人)を把握しています。これによると、登山人口は人口の9.2%の1045万人、登山者全体で年間延べ約4500万回の山登りが行われています。簡単のために登山による遭難者を年間2000人とすれば、登山10万回あたり19人の遭難です。山岳遭難での死亡数はおおむね遭難数の10%ですので、登山による死亡者数は登山10万回あたり1.9人となります。負傷は40%程度なので800人として、登山10万回あたり7.6人という計算です。

また、主要な態様の負傷の程度を集計したものが図2-2です。態様によって負傷の程度が大きく異なり、転落・滑落では約20%が死亡、重傷まで含めると約60%と重傷化の割合が高いのに対して、道迷いでは死亡はほとんどなく、95%近くは無事救出されたということがわかります。また、病気の死亡率が男性で極端に高いことも読み取れます。

人口あたりの発生数だけをみても、それがどのくらいのリスクかぴんときません。一般的な事故率やその死亡率と比較してみましょう。事例も多く統計もしっかりしている交通事故は、年間50万人程度が負傷し、3500人程度が死亡しています。そこから計算すると、人口10万人あたりの死亡数は2.9人、事故数は約400人となります。登山の人口あたりの死亡数は交通事故とほぼ同等、事故数でみれば交通事故の方がはるかに多いという結果です。

もちろん、この数値は行為時間を考慮していません。そこで、行為時間も考慮してみましょう。登山者の年間平均登山回数は4.5回で1回あたり8時間とすれば、年間36時間の登山行為となります。一方、交通事故に遭いそうな移動行動時間はパーソントリップ調査などからおよそ1日あたり1時間と推定されますので、年間で約360時間、つまり登山の10倍程度です。従って、時間あたりの死亡率はおおむね1.9:0.29、事故(けが)率は7.6:40となります。死亡率では登山の方が約6倍ですが、事故の発生率は交通事故の方がかなり多くなります。

事故全般で考えてみると、日本で年間になんらかの事故で死亡する人は約3万9000人です。交通事故が大きく減少した現在、事故死の最大のカテゴリーである転倒・転落では9580人が亡くなっています。高齢(80歳以上)の死者が圧倒的に多いのですが、それ以下の15~79歳に限っても2559人です。これは年間の10万人あたりでは約3.41人となります。登山での死亡数は10万人あたり1.9人でしたが、これはすべての態様を踏まえた数です。態様と死亡数の関係は公表されていませんが、滑落・転倒・転落の死亡数はおおむね全死亡数の半数以下と推測されるので、年間10万人あたりおおむね1人の死亡があります。さらに驚くべきは、家庭内での事故の発生数です。3万9000人のうち3分の1に上る1万3800人が家庭内での事故死者です。これは年間人口10万人あたりおおむね10人です。家庭内での転倒に限っても全年代で2394人が亡くなり、15~79歳に限っても1028人が家庭内で転倒・転落でなくなっているのです。これは人口10万人あたり約1人です。登山の転滑落で亡くなるのと同数の人が家庭内の転倒・転落で亡くなっているのです。もちろん、活動時間は全く異なります。しかし、日常の空間でも転倒・転落で亡くなる方がかなりいるのだという印象ではないでしょうか。

ここまで比較した日常的な活動は山とはだいぶ異なる気がします。そこで、自然の中の活動である水辺活動のリスクとも比較してみましょう。山岳遭難と同じように、警察庁は「水難」についても事故の概況を毎年公表しています。水難には漁などの作業も入りますが、そこは山岳遭難も同じです。水という山とは異なる自然条件の事故の特徴と比較することで山の事故の特徴の見通しもよくなります。

警察庁の「水難の概況」によれば、2020年の水難者数は1547人、死亡者数は722人ですから、遭難者の2分の1弱が死亡しています。1975年には水難者は約5000人で3000人強が死亡ですから、若干の低下はあるものの死亡率は山岳遭難に比べるとかなり高い傾向が続いています。人間の生存にとって最重要な酸素が遮断されることや、水によって体温維持が難しくなるなど、致命的になる要因が水難には多くあることの結果なのでしょう。

本節では、山のリスクを水難や日常での事故、家庭内の事故と比較してきました。それによって、山のリスクの特徴の一端がつかめたのではないでしょうか。また、安全だと思いたい家庭の中でも、致命的な事故が少なくない数で発生していることもわかりました。だとすれば、山を特別視し、漠然と「登山は危ない」と考えるのではなく、山はどんな状況で、どう危ないかを、自分の頭でしっかり考えることが大事です。それは、登山におけるリスクを可視化し、それを通じて実効性のある事故防止を考える近道にもなるのです。

 

集約的リスクと個人的リスク:要因を突き詰める

概況は、遭難状況を大づかみにするには役立ちます。滑落が多いのか道迷いが多いのかで、行政や登山道管理者としては対応内容が変わるでしょう。あるいは、一人の登山者としても、何に注意すべきかの指針にはなるでしょう。しかし、統計はあくまである年の全国的な傾向を集約して示したものです。登山者が自分で自分の身を守るための資料としては、必ずしも十分な情報量を与えてはくれないのです。

個人のリスクを推測する手がかりとして、単純に態様や年齢、あるいはけがの程度で集約するだけではなく、何かと何かを掛け合わせて集約し、傾向を見る方法が有効です。これをクロス集計と呼びます。図2-4a〜dは、概況の元資料を入手し、様々なクロス集計を行った私の研究の一部です(村越、2016)。

そもそも概況では登山以外の目的の遭難も含まれているので、図のデータでは登山のみに限定しました(全体の傾向は概況と大きくは変わりません)。その上で、男女に分けて、年代別・態様別に遭難人数を集計したのが図です。これを見るといくつか発見があります。

まず、男女とも、道迷いはどの年代でも多いということです。50歳未満の年代では他の遭難態様の発生数が少ないため、むしろ道迷いの比率は多くなっています。また、60歳代以上では道迷い以外の遭難態様も多くなります。特に転倒が50歳代から60歳代にかけて急に増えるのが目を引きます。その傾向は男女を問わないようです。また、滑落も年齢とともに単調に増加していきます。

図を目視するだけでも、遭難につながる要因(後で詳しく触れますが、リスク累加要因と呼びます)が見えてきます。たとえば高齢化は転倒のリスクを高める要因のようです。高齢化による筋力の低下やバランス感覚の低下が転倒を増やしたり、転倒時に身を守る行動を阻害するのでしょう。

図2- 4cdは季節と遭難態様、高山/低山と遭難態様をクロス集計したものです。ただしここでは山域の詳細な資料が得られないため、アルプスを含めた4県(富山・長野・岐阜・静岡)のデータを高山、ほぼ2000m以下の山しかない都府県のデータを低山としています。これを見ると、転倒と道迷いで、季節あるいは山域の発生数の大小関係が逆転しています。夏山では転倒が多いが、それ以外の季節では道迷いが多い。一方、高山では転倒が多いが、低山では道迷いが圧倒的に多い。おそらく、高山の環境では路面が不整であり、さらに岩がちなため、転倒が救助を必要とするトラブルになりやすいのでしょう。一方、低山では獣道や作業道、あるいは藪による道の荒廃などで迷いやすい要因が備わっているのでしょう。そして、多くの登山者がそうであるように、夏は高山を目指し、気温の下がる夏以外の季節は低山に向かうことで、季節による遭難態様の違いに反映されているのでしょう。

これらのことからも、遭難には登山者個人の特性(年齢によって影響を受ける体力等)や環境要因(路面の不整や道のわかりにくさ)が影響していることが推測されます。これらも依然として集約されたリスクではありますが、自分の年齢や目指す山と照らし合わせることで、注意すべきポイントを絞ることが可能になります。

なお、高齢者の遭難数が多いことから、高齢者のリスクもよく指摘されますが、データを詳細に調べるとそうとも言い切れません。社会生活基本調査によって年代ごとの登山者人口や登山回数を把握すると、登山者人口1人あたりの遭難発生数は、年代によってやや高まる傾向にあるものの、登山1回あたりで見るとほぼ同等か60歳代、70歳代はやや低い傾向にすらあります(村越・山本、2017)。高齢者は危険な登山をしているわけではなく、数多く登るために遭難も多くなっているのです。また、現在では遭難数のピークは70歳代に移ってきていることが2020年の概況からわかります。

 

『遭難からあなたを守る12の思考』

他人事ではない山での遭難。
遭難しないために重要なのは、潜んでいるリスクをどうとらえ、見えているリスクをどう評価するか、です。
知っておくべきリスク管理の基本をこの一冊で身につけましょう。


『遭難からあなたを守る12の思考』
著: 村越 真、宮内 佐季子
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【著者略歴】

村越 真(むらこし・しん)

日本におけるオリエンテーリングの第一人者。静岡大学教育学部教授。専門は認知心理学。
ナヴィゲーション、リスク認知等を研究するとともに読図やリスクマネジメント、山岳遭難対策講習・講演などを通して研究成果を実践に還元している。
現在もオリエンテーリング、マウンテンマラソンなどでリスクマネジメントの実践を行う。
著書に『山のリスクと向き合うために』 (東京新聞出版局)、『山岳ナヴィゲーション』 (枻出版社)、『山岳読図ナヴィゲーション大全』 (山と溪谷社)など、多数。
国立登山研修所専門調査委員、(公社)日本オリエンテーリング協会業務執行理事

宮内佐季子(みやうち・さきこ)

1975年生まれ。公益社団法人日本山岳ガイド協会所属。
1998年、アドベンチャーレースのプロチーム「Team EAST WIND」に加入し、世界各地のレースを転戦。
1999年、エコチャレンジ(パタゴニア)15位・日本人初完走、2000年、レイド・ゴロワーズ(チベット・ネパール)14位などの成績を残す。
その際、地図読みの必要性を痛感し、2001年から競技オリエンテーリングに取り組む。2004年度全日本オリエンテーリング選手権優勝。
2004年、国体山岳縦走競技優勝(京都府成年女子代表)。その後、自転車競技シクロクロスに参戦、2012・2013年、全日本シクロクロス選手権連覇。
2019年11月~2020年3月に第61次南極地域観測隊員として活動。

 

リスクから身を守る方法を身につけてこそ、山の魅力が享受できる――「はじめに」より

船は港にいる時が最も安全ではあるが、それは船が作られた目的ではない

J・A・シェッド

前頁の言葉は、冒険教育の中でよく引用される作家J・A・シェッドの小説の一文です。港から一歩出れば、船には悪天候や暗礁が待ち受けています。かつてなら海賊に襲われることもあったでしょう。しかし、航海に出ることで巨万の富を築くこともできれば、自分の可能性を開く新天地に到達できることもあるかもしれません。港から出なければ確かに安全ですが、同時に航海によって得られた魅力をすべて諦めることになります。

登山も同じです。山には多くの魅力があります。家に留まる限り絶対に事故は起こりませんが、同時に登山の魅力を味わうこともできません。コロナ禍では、世界の山を見せてくれるウェブ映像は救いになりましたが、本物の山の魅力にはかないません。何より、苦労した末に登頂した達成感や困難を乗り切ったという心に残る思い出は得られません。困難やリスクがあってこそ、山登りは思い出深いものになるのです。

一方で、船は沈没するために作られたわけでもありません。登山も同様で、遭難するために山登りに出かける人はいません。日本人初の8000m・14峰サミッターの竹内洋岳さんも、『登山の哲学』という本の中で、「登山は確かに『死』が身近に感じられます。だからといってクライマーたちは『死んでもいい』と思って登っているわけではない」と語っています。山という魅力ある場を享受しつつも、決定的なダメージを回避するにはどうしたらよいのでしょう。これが本書のテーマです。

ただし、本書は、これまで登山のリスクマネジメント本の多くがそうであったような、「べからず集」や「サバイバル術」ではありません。遭難者には何らかのミスがあったはずですから、後から「……すべきでなかった」というのは簡単です。しかし、次の遭難を防ぐには新たな行動を導くことのできる筋道立った考え方が必要です。一方、サバイバル術が必要な場面とはできれば避けたい状況であり、あくまで最後の手段です。

窮地に陥る前にリスクに対処するためには、それほど危険があるとは感じられない場面での対応が必要になる場合があります。本書のポイントは、それを筆者の経験談や思いつきでお示しするのではなく、世界を代表するクライマー、日本を代表する山岳ガイド、さらには、過酷な環境で隊員の安全を守る南極観測隊の安全管理担当の方々へのインタビューと、筆者の山岳のリスクに関する多くの認知心理学的研究をベースにお示しすることです。

本書を手に取る多くの方々は、冒険家や高所クライマーのようなリスクの高い登山とは無縁でしょう。しかし、山に入れば都市とは異なるリスクが待ち受けています。年間約3000人が山で遭難し、その約10%が死亡・行方不明なのです。その割合は登山者数に比すればわずかです。しかし、私たちの調査によれば、北アルプスに入山する人の約4分の1がその日のうちに、ひやっとする経験をしています。遭難しなかったのは運がよかっただけかもしれません。高所クライマーたちの方法には、そのちょっとした運を排除するヒントが隠されているのです。

港の外に出ても沈没しないために、人類は船を丈夫にし、悪天候を予測する方法を開発し、航海術を編み出しました。現代社会の繁栄も、異国を旅するという楽しみも、これらの努力の延長線上にあります。リスクから身を守る方法を身につけてこそ、山の魅力が享受できるのです。それに加えて、困難を乗り越えて山頂に立つことが山の楽しみであるように、山のリスクと付き合うことも山の面白さの一つだということも、本書を通してかすかにでも感じていただければ幸いです。

 

※本記事は『遭難からあなたを守る12の思考』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

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