高度を上げて標高5110mのセラ・ラ峠を越え、ドルポ最大の聖地シェー山を視界に入れる

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前回、長い行程の末、なんとかドゥンターまで到着した稲葉さん一行は、さらに歩みを進めて、標高は5000mを越える最奥へと足を進める。そして視界には聖地「シェー山」が入ってきくるのだった。

 

9/21 ドゥンター~セラ・ラ(5110m)~シェー山麓(4343m)

ドゥンターからセラ・ラ峠を越えて、シェー山麓へと進む今回の旅


ドゥンターからセラ・ラまではアップダウンが激しい。まず西南に登り上がり、次に沢まで一度下りきると、再び登り道が続き、高度をあげていく。そして展望が良くなってくると、チベット国境方面にギャンゾンカンの頭が見える。

ギャンゾンカンは、2004年故 大西保氏率いる日本山岳会西チベット学術登山隊が初登頂した山だ。そして、私がサルダン村の目印として勝手に名前をつけている「歯ブラシ山」がちょうど太陽と逆光になり輝いていた。毎日このような光を浴びているドルポは、私には神々が住んでいる場所と思えてならない。

自称「歯ブラシ山」が光を浴びて神々しく見える


途中カルカを経由すると、そこにはヤクが沢山いた。少女が牛の子供の面倒を見ている。彼女の目はものすごく鋭く、この目はたくましく生きている姿を物語っているようだった。遠くには、ナムグンゴンパが見える、ちょうど紅葉の季節で、ゴンパのまわりの赤と緑のコントラストが美しかった。

 

紅葉に染まり、美しい景色を見せる渓谷と、そこで暮らす少女


そしてまた下りきり、再び対岸に渡って登りが始まる。この辺りは褶曲した山肌の姿がカッコいい。また登り上がるのかと疲れがではじめたころ、ブルーポピーの花を見つけた。夏の高山植物の代表だが、「まだ残っていてくれてありがとう」という気持ちで満たされ、疲れを癒してくれた。

褶曲した岩肌が美しい山々を眺めながら峠を目指す


セラ・ラの峠の手前まで来ると、2007年にこの辺りを馬でトラバースした事を思い出した。当時は馬だったので全くしんどくなかった。セラ・ラ(峠)から見える景色は、カンジェラロワ(6612m)には雲がかかっていたが、それがまた山の姿の迫力を増していた。セラ・ラ(峠)では、歩くのが遅い私をガイドのアガムさんと伴ちゃんが、風の強い中を待っていてくれて嬉しかった。

そこからはまた長い下りが続く。みんな下りも早いが、私はマイペースを保つ。飛ばそうとすれば、みんなのスピードについて行けるが、そうすると足の負担が大きくなるのでやめておいた。ダブルストックで着実に歩く。それでも途中、伴ちゃんがこちらに向かって登り返してきてくれて驚いた。私があまりにも遅かったから心配してくれたようで、申し訳ない気持ちだった。

今回の旅のパートナーの“伴ちゃん”と記念撮影


これから向かうシェー山は、ドルポの聖地の山のため、この辺りは結界のようなところがいくつもあった。さらに無名峰と思われるが褶曲がすごい岩山が視界に入る。それらに見とれながら、セプコーラの出合の手前で西へ進む。セプコーラでは紅葉が色気を感じるほど美しく、谷沿いを進んでいくと遠くにシェー山が見えてきた。

紅葉した渓谷が美しく、思わず見惚れてしまう


するとシェー山頂になにやら旗のような物が見えたような気がして、自分の目を疑った。足を止めてカメラの望遠レンズで確認すると、やはり旗があるようだ。聖地の山は登ってはいけないと思っていたのでびっくりする。なぜだろう、今までは何もなかったのに何があったのか、そのことに思いを巡らせながら歩き続けた。

結局、この日は、一日で慧海師と同じ距離を歩いた。

望遠レンズを付けて、聖山「シェー山」の山頂を見ると、旗があるように見えるが・・・

6 月27日7時出立、西南山中、3里半、昼食3里上がり、頂上(セラ・ラ)西へ1里1里でシェゴンパ(7里半)

~慧海日記より~


慧海日記の1里という表現は、距離ではなく時間ではないかと研究者はいう。1里とは通常約3.9kmのことを指すのだが、7里半となると約29kmとなる。120年前の日本人は今よりもずっと脚力があったので長距離を歩いたかもしれないが、日本の土地での感覚で考えてはいけない。

ドルポでは村の平均高度は約4000mとなり、峠では軽く5000mを超えてくる。そのような地域で慧海師のいう1里は、歩く距離としては考えにくい。そもそも慧海師はリウマチの足だったので、同じリウマチを持っている私も、距離とは考えにくい。となると、慧海師は7時間半でシェーゴンパに到着したとなる。私は、遠回りしてたため約10時間かかっていた。

そして、いよいよドルポ最大の聖地シェー山に到着。私にとっては3度目になるが、先ほど山頂に見えた旗が気になって仕方がなかった。

大回りしたため10時間もかかってしまったが、なんとかシェーゴンパに到着

プロフィール

稲葉 香(いなば かおり)

登山家、写真家。ネパール・ヒマラヤなど広く踏査、登山、撮影をしている。特に河口慧海の歩いた道の調査はワイフワークとなっている。
大阪千早赤阪村にドルポBCを設営し、山岳図書を集積している。ヒマラヤ関連のイベントを開催するなど、その活動は多岐に渡る。
ドルポ越冬122日間の記録などが評価され、2020年植村直己冒険賞を受賞。その記録を記した著書『西ネパール・ヒマラヤ 最奥の地を歩く;ムスタン、ドルポ、フムラへの旅』(彩流社)がある。

オフィシャルサイト「未知踏進」

大昔にヒマラヤを越えた僧侶、河口慧海の足跡をたどる

2020年に第25回植村直己冒険賞を受賞した稲葉香さん。河口慧海の足跡ルートをたどるために2007年にネパール登山隊に参加して以来、幾度となくネパールの地を訪れた。本連載では、2016年に行った遠征を綴っている。

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