記録的な大雨が発生! 2019年5月18日の屋久島豪雨で330人が孤立も、ガイドたちの献身的な行動で全員無事に下山

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2019年5月18日、鹿児島県屋久島では、記録的な大雨により300人以上の登山者が山中に取り残される事態が発生した。 屋久島では、この事件を教訓の1つとして、地元ガイドを中心により高い安全登山への取組みを行っているという。これほどの豪雨がどうして起きたのか? 未然に登山者の孤立を防ぐ手立てはなかったのか? 大矢氏がこの疑問に回答する。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。周期的な天気の変化の中で、晴れれば新緑の中で風薫る爽やかなシーズンになりました。標高の高い山ではまだ残雪が残る季節で、寒気が入ると冬山のような厳しい様相を見せることがあります。

一方で5月前半を過ぎると沖縄・奄美地方では早くも梅雨前線が停滞するようになって梅雨入りします。本当に日本は南北で気候が全く違うことを実感します。この梅雨前線が沖縄付近に停滞していた時期、2019年5月18日の屋久島では、50年に一度の豪雨が起きて330人が下山できなくなり、救出のために自衛隊が出動する事態になりました。幸い現地の屋久島ガイドの人たちの献身的な行動や、県警、消防、役場、自衛隊などの救助活動によって全員が無事に救出されましたが、当時は大きなニュースになりましたので覚えておられる方も多いと思います。

昨年9月に出版しました拙著「山岳気象遭難の真実」をお読みになられた屋久島ガイドの方から、当時の気象状況の検証のご要望を頂きましたので、今回のコラム記事で取り上げたいと思います。「山岳気象遭難の真実」でも書きましたが、雨が非常に多い屋久島で、なぜ更に上を行く豪雨になったのか、本当に豪雨は予想できなかったのかに焦点を当てて解説いたします。

当時の気象状況や気象庁が発信した情報を検証した結果を最初に簡潔に述べると、「ある程度は豪雨の予想はできた」のではないかと思います。ほかにも様々な見解があると思いますが、筆者が山岳防災気象予報士として、解析と検証を実施したことによる見解として参考にしていただけますと誠に幸いです。

図1.黒味岳からの宮之浦岳(右)と永田岳(出典:ヤマケイオンライン)

 

2019年5月18日、屋久島豪雨の概要と状況

当時の報道や記録などに基づいて、屋久島豪雨で起きたことをまとめると以下のようになります。

2019年5月18日の屋久島では記録的な豪雨に見舞われ、気象庁の観測地点の尾之間(おのあいだ)では1976年以降の観測史上1位となる100mmの1時間降水量を記録、屋久島町の観測地点では5/18~20の3日間で480mmの総降水量を記録した。この豪雨によって縄文杉に向かう県道が土砂崩れによって通行不能となり、荒川登山口やヤクスギランド、また路上途中のバス車内に300名以上の登山者が下山できず閉じ込められてしまった。

屋久島町には災害復旧対策本部が設置され、広域消防・鹿児島県警のほか、自衛隊・海上保安庁への応援も要請。翌19日の朝から本格的な救助活動が始まり、その日の夕方までに全員が里まで下山した。


気象レーダーを確認すると、5/18は12時頃から雨が強くなり、15時頃から屋久島付近は発達した雨雲が停滞して局地的な豪雨となっています(図2)。

図2. 2019年5月18日15時の気象レーダー画像(出典:気象庁)


当時の屋久島には、大雨警報が出た時にはツアーを中止にするという取決めがありましたが、気象庁から大雨警報が出たのは、既に豪雨が始まっている15時25分でした。大雨のピークは18~19時頃で、19日未明にようやく雨が弱まっています。鹿児島気象台の解析では、屋久島では3日間の合計で1000mmを超える大雨になった所もありました(図3)。これは24時間で200mmという気象庁の予想を遥かに上回る豪雨でした。

図3. 2019年5月18日~20日の解析雨量積算値(出典:鹿児島地方気象台)


図3で屋久島の南東側で特に積算雨量が多いのは、大雨を降らせた湿った空気が南東側から入って宮之浦岳(1936m)などの山にぶつかって積乱雲を発達させたためです。同じ理由で大隅半島の南東側でもかなりの大雨になっています。大隅半島には肝属(きもつけ)山地があるためです。

 

現地ガイドの献身的な行動で全員無事下山

この気象庁でも予想できなかった前例のない豪雨の中、全員が無事に下山できた要因として、現地の地形や屋久島を知り尽くした屋久島ガイドたちの冷静な判断と献身的な行動があったことに、もっとスポットライトを当ててもよいと思います。

遭難事故が悲惨なものになるか、その前に踏みとどまるかは、現場の判断が大きく左右します。「お客様を何としてでも無事に帰す」という強い使命感がなければできないことと思います。当時の屋久島ガイドたちの行動は、「山歩みち 屋久島 5・18 豪雨災害を考える」に詳しくまとめられていますので、一読をお勧めいたします。

図4. 増水して濁流となった「水ポチャの滝」。ガイドたちがロープで安全確保して登山者を通過させた(出典:山歩みち 屋久島 5・18 豪雨災害を考える)

 

地上天気図だけでは豪雨の予想は気象専門家でも困難

2019年5月18日15時の地上天気図を図5に示します。オホーツク海高気圧が南下して、日本の東で1030hPaまで発達しています。西日本は日本の東の高気圧と、日本の南海上の梅雨前線や東シナ海の低気圧との間で等圧線の間隔が非常に狭くなっています。そのため、高気圧の南側を回って熱帯の暖かく湿った空気が入ることはこの天気図から読み取ることができます。

図5. 2019年5月18日15時の地上天気図に加筆(出典:気象庁)


気象予報士でなくてもある程度気象の知識がある方なら、西日本の天気は良くなくて太平洋側を中心に雨が降ることを予想できると思います。しかし、屋久島でここまでの豪雨になる予想までは無理です。

気象予報士が豪雨の予想のためによく使う相当温位(暖かく湿った空気を示す値)を図6に示しますが、相当温位が最も高いエリアは屋久島から西にずれています。相当温位図でも屋久島の豪雨の予想は難しかったと思います。

ちなみに、暖かく湿った空気と冷たくて乾いた空気の境目が梅雨前線です。2019年の梅雨入りは、沖縄:5/16頃、奄美:5/14頃ですので、図5の停滞前線は紛れもなく梅雨前線です。

図6. 2019年5月18日15時の925hPa相当温位と風(気象庁GSMデータを使って筆者解析)

 

日本の東で発達した高気圧が屋久島に大量の水蒸気を運んだ

では、屋久島でいったい何が起きたのでしょうか。その答えを探るためには、雨の“原料”である水蒸気の流れを知る必要があります。図7に可降水量と925hPaの風を、気象庁のGSM(全球予報モデル)データを使って解析した結果を示します。可降水量は、地上から上空にある水蒸気がすべて雨になった時の降水量になります。

図7. 2019年5月18日15時の可降水量と925hPaの風(気象庁GSMデータを使って筆者解析)


日本の東海上の高気圧を回り込んで可降水量60mmの大量の水蒸気が、風速20m/sの強い南東の風に乗って屋久島を含む九州南部に入っていることが分かります。豪雨の一番の原因は、日本に東で発達した高気圧が運んだ熱帯からの大量の水蒸気にあったということができます。

一方、東シナ海の低気圧を回る南西の風が、高気圧の南側を回り込んだ風と九州の南で、ぶつかっていることも分かります。これが後で出てくる短期予報解説資料にある「下層風の収束」です。「収束」とは違う方向の風同士がぶつかり合ったり、風が山の斜面にぶつかったりすることを意味します。下層の風が何かにぶつかると、下の方は地面や海があって行き場がないため、空気は上の方に行くしかありません。それによって発生した上昇気流が積乱雲を発達させます。これも屋久島豪雨の原因の一つと思われます。

難しいのは、実際には極めて局地的な範囲で豪雨になっていますが(図2)、かなり直前にならないと豪雨の場所をピンポイントで予想できないということです。近年の気候変動によって多発する豪雨災害を受けて、気象庁や研究機関など盛んに研究が進んでいますので、将来的にはもっと精度良く豪雨の予想ができるようになってくると思います。

 

ガイドの判断を分けた気象情報の活用――、山では警報が出てからでは遅い

当日にツアーを中止したガイドさんもいます。その行動を分けたのは何だったのでしょうか。警報は「重大な災害が起こるおそれのあるときに警戒を呼びかけて行う予報」です。下界と違って、いったん入山してしまうと下山までに時間がかかるため、警報が出てからでは対処できないことがあることを念頭に置く必要があります。そして近年の気候変動を頭に置いて、可能な限り事前に気象情報を入手して、お客様のために安全サイドの判断をすることが大切なことと思います。

そのための気象情報としてまず、警報に先立って、気象庁は早期注意情報(警報級の可能性)があります。今回の屋久島豪雨では、前日の5/17の15:30の時点で以下のように「大雨警報を発表する可能性が高い」と発表しています。

鹿児島県警報級の可能性(明日まで)
発表時刻:2019-05-17 15:30
種子島・屋久島地方では、18日までの期間内に、大雨警報を発表する可能性が高い。

現在ではもう少し見やすくなって、図8のように気象庁のWebサイトで発表しています。「気象庁ホーム>防災情報>気象警報・注意報」の順にクリックして、出てきた地図でお住まいの場所をクリックすると、現在発表されている警報・注意報と早期注意情報(警報級の可能性)を見ることができます。

図8. 2022年4月23日夜の早期注意情報(警報級の可能性)の例


また、もう少し詳しく知ることができる気象情報として、「全般気象情報」「地方気象情報」「府県気象情報」も非常に有効です。「気象庁ホーム>防災情報>気象情報」の順にクリックして、地図で黄色になっている都道府県で府県気象情報が発表されています。今回の屋久島豪雨での、5/17の16時10分に発表された大雨に関する鹿児島県(奄美地方を除く)気象情報を表1に示します。ご存知ない方も多いので、是非ともご活用をお願いいたします。

発表時刻 2019-05-17 16:10
標題 大雨に関する鹿児島県(奄美地方を除く)気象情報
見出し文 大隅地方と種子島・屋久島地方では、局地的に雷を伴い18日明け方から非常に激しい雨が降り、19日にかけて大雨となるおそれがあります。土砂災害に警戒してください。
本文 九州南部では、東からの湿った空気の流れ込みが19日にかけて継続し、大気の状態が不安定となる見込みです。
大隅地方と種子島・屋久島地方では、局地的に雷を伴い18日明け方から非常に激しい雨、薩摩地方では18日明け方から激しい雨が降り、19日にかけて大雨となるおそれがあります。
<雨の予想>
17日18時から18日18時までの予想降水量(多い所)
1時間降水雨量
薩摩地方 40ミリ
大隅地方 50ミリ
種子島・屋久島地方 50ミリ
24時間降水雨量
薩摩地方 100ミリ
大隅地方 150ミリ
種子島・屋久島地方 200ミリ
19日にかけて雨量は、さらに増える見込みです。
<防災事項>
警戒事項:土砂災害
注意事項:低地の浸水、河川の増水、落雷や突風
桜島では、土石流に注意してください。
今後、気象台が発表する警報、注意報、気象情報等に留意してください。
次の府県気象情報は、18日06時頃に発表する予定です。

表1. 2019年5月17日16時10分発表の大雨に関する鹿児島県(奄美地方を除く)気象情報

 

『気象情報』より早い気象庁の『短期予報解説資料』も活用しよう

実は、もっと早く警報のリスクを知る方法があります。気象庁は予報業者向けに有料で『短期予報解説資料』を発表しています。元々は業者向けの有料資料であり気象庁も一般公開しないため、ご存知ない方がほとんどと思います。しかし、この資料は、Sunny Spotの専門天気図日本気象の専門天気図で、かなり前から無料公開されていますので、誰でも見ることができます。

難しい専門用語は読み飛ばして『主要じょう乱解析図』と必要な個所を読むだけで、一般の方でも十分に役に立ちます。今回の屋久島豪雨での例を図9に示します。前日の17日15時40分発表の資料で土砂災害についても警戒を促していました。九州南部は屋久島や種子島も含んでいます。このような使える情報をできるだけ活用することが、未然に遭難を防ぐ第一歩と思います。

2019年5月17日15時40分発表の短期予報解説資料の抜粋 

2.主要じょう乱の予想根拠と解説上の留意点

①19日にかけて、1 項①の高気圧は北日本から東日本への張り出しを強める。また、1 項②のトラフが東進し、18 日朝から18 日夜にかけて西日本を東進する。トラフの接近に伴い、東シナ海には低気圧が発生し、高気圧との間で南東風が強まり、九州を中心とした西日本への下層暖湿気の流入が強まる。
九州では南東斜面を中心に非常に激しい雨が降る見込み。降水による冷気が地表で蓄積すると南東斜面だけではなく、平野部でも対流雲が発達するおそれがある。トラフの動きが遅いため、総降水量が多くなり大雨となる見込み。
また、九州南部から奄美地方にかけて、下層風の収束により、局地的に対流雲が発達し、非常に激しい雨となる所がある。18 日から19 日にかけて、九州南部を中心に、土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水に警戒・注意、落雷や突風、短時間強雨に注意。
 

図9. 2019年5月17日15時40分の短期予報解説資料(出典:気象庁)


この屋久島豪雨での出来事を、「一歩間違えれば、より深刻な大惨事になっていた」と鑑みて、屋久島ガイドの方たちはこれまで様々な検証をされてきて、現在も安全登山のための取組みを継続されています。その真摯な姿勢には本当に頭が下がります。

無事に下山できたからよしとするのではなく、安全登山のための取組みを続けていくことが全ての登山者の方にも大切なことではないでしょうか。

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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