沢でも岩場でも抜群の安定感があるウォーターシューズ スポルティバ/TXキャニオン|高橋庄太郎の山MONO語りVol.95

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

高橋庄太郎の山MONO語り

山岳・アウトドアライター、高橋庄太郎さんが、最新山道具を使ってレポートする連載。さまざまな角度からアウトドアグッズを確認し、その使用感と特徴を余すことなくレポート! 今回のアイテムは、スポルティバの「TXキャニオン」です。

文・写真=高橋庄太郎

現代の登山用シューズは用途に応じて、さまざまな方向へ進化している。そんななか、今回取り上げるのはイタリアの人気メーカー、スポルティバとしては初となるウォーターシューズ「TXキャニオン」である。沢登りやキャニオニングなど、広い意味で“水に強い”モデルだという触れ込みだ。一方で日本には昔から沢登りを中心に使われている、いわゆる“沢靴”という分野があるが、このTXキャニオン、やはり沢靴とは異なるシューズなのである。

興味深いのは、TXキャニオンはスポルティバ内での分類としては「アプローチ」シューズに入れられていることだ。

メーカーとしては新機軸すぎて、ほかに入れるべきジャンルがなかったのかもしれないが、ディテールを見ていくと、たしかにアプローチシューズ的な要素が色濃く投じられているようなのであった。

では、そんなアプローチシューズ的な部分も含め、まずは全体をチェックしていきたい。

 

まずはディテールを確認

アッパーの素材は、アリアプレーンというもので、TPU、TPEフォーム、リサイクルポリエステルの3層構造。柔らかな質感で耐摩耗性が高い。

その上には細かな孔が空き、通気性を高めるとともに、内部に入った水が染み出るようになっている。

さらに内側サイドのランドカバーには大きめの排水孔が2つ設けられている。

土踏まずの部分に位置し、ここからはアッパー表面の孔以上によく水が抜ける。

以下の写真の黄色い部分の孔は、上の写真の排水孔をシューズ内部から見た様子だ。

足裏に当たる青い部分は極薄のフォーム材。クッション性はそれほどないが、水を含まない。TXキャニオンはインソール(フットベッド)も省いたシンプルな構造で、水はけを重視しているのである。

アウトソールは、濡れた岩の上でも滑りにくいヴィブラムのIdoroGripだ。

不規則な六角形を並べたソールのパターンは、これも水はけのよさを重視したものらしい。

シューレースは少し幅が広いループに通す仕組みだ。実際に足を入れてみるとわかるが、スムーズにフィット感を高めることができ、歩行中に岩などにシューレースが引っかかる心配も少ない。

タンの部分は内側にクッション性を張り合わせたメッシュ素材。通気性が高く、乾燥も早い。そしてこの部分は足首を覆うアッパーと連結し、足首を巻くように覆う“スパイラルカラー”となっている。そのためにシューズ内部に小石や砂などの異物が入り込みにくいのが長所だ。

そして、シューレースの上から足首をさらに覆うカバーストラップもつけられ、3枚の面ファスナーで構成されている。

沢靴のように水中でも使うシューズは、水流のためにシューレースが緩んでほどけやすいものである。その点、カバーストラップがあればシューレースがほどにくく、たとえほどけてもシューズが足から脱げ落ちて外れはしない。このカバーストラップはフィット感を高めるための仕組みではないのである。

以下はスパイラルカラーとカバーストラップで3重に保護された足首の部分だ。

スパイラルカバーの部分のアッパーは張りがあって硬い素材だ。だから歩行中に岩にぶつかっても衝撃が分散し、痛みにくい。

このアッパーはアキレス腱の部分が低く抑えられており、前後方向の足首の動きを妨げない。

アウトソールはかなり上のほうまで延長され、丸みを帯びている。かかと部分からエッジをなくすことで岩に挟まりにくくしたという工夫だ。かかとの部分でのグリップ力も期待でき、こんな部分でも歩行力を高めようとしている。このようにTXキャニオンは日本でポピュラーな“沢靴”とはやはり異なる個性を持っているのだった。

下の写真の黄色い部分はミッドソールだが、一般的な登山靴のようにかかとのところがかなり高くなり、つま先にかけて前傾しているのがわかる。これが沢靴であれば、ミッドソールはもっと平坦なシンプルな造りだ。考え方によっては裸足感覚が残されているのが沢靴ともいえる。

つまり、素足感覚を大事にしているのが沢靴のよさであれば、TXキャニオンのよさは普段はいている登山靴の延長線上にある履き心地だ。これが日本的な発想の沢靴であれば、アウトソールをフェルトにしたかもしれないが、TXキャニオンは登山靴方向の履き心地を実現するためにヴィブラムのIdoroGripを採用していると考えられる。

いやはや、なんとも個性的なシューズだ。ウォーターシューズとして設計されてはいるが、沢登りのときは水の中で歩く時間だけではなく、陸地で使用する時間もかなり長い。TXキャニオンも実際には“水陸両用”で、「水中にも強い登山靴」と考えるとよさそうなのであった。

 

北海道・知床岬の旅で4日間のテスト

こんなTXキャニオンを、僕は北海道・知床岬でテストした。

知床岬の先端付近は登山道すらない無人地帯だ。潮の干満に合わせて海岸を歩く区間が長いが、山中の沢のようにへつらねばならない岩場も点在する。また、今回は内陸部に入って沢筋から稜線へ上がり、ヤブを漕いで進む区間も長い計画としていた。

海岸といっても、断崖のような岩場では何度も高巻きしなければならない。

人が歩いた形跡が残る場所を利用して進むことはできるが、当然ながら整備されているわけではなく、登山道がつけられているような山に比べれば、段違いに険しい。

そんな高巻きの際、TXキャニオンのグリップ力は十分だった。小さな岩の突起につま先をかけるだけで、しっかりと体重を乗せられる。

僕は同じ場所をトレッキング系やライトアルパイン系のシューズでも歩いたことがあるが、TXキャニオンはまったく引けを取らない。むしろ大半のトレッキングシューズでは太刀打ちできないほどの足さばきのよさを感じさせられた。

特殊な素材を使い、カバーストラップなどのパーツ類もついているのに、TXキャニオンは片足470gである。その軽さも高巻きの際の足さばきのよさにつながっているようだ。

そんな点を踏まえると、スポルティバ内でTXキャニオンがアプローチシューズのカテゴリーに入れられているのも大いに理解できる。

岩場でのへつりのようにアウトソールのサイド部分を多用する歩き方の場合も、TXキャニオンはその実力を発揮してくれた。

この場所も以前に何度も通過しているが、これまでに使ってきたシューズ以上に安定感が高かったのだ。

その理由のひとつは、TXキャニオンのアウトソールの先端へ平面的に設けられた“クライミングゾーン”。

ウォーターシューズながらも岩稜帯向きのシューズと同様の特徴を持ち、岩場でのグリップ力が高められているのである。

もうひとつの理由は、わずかに湾曲したアウトソールの形状だろう。

中央が少しくぼみ、両サイドが出っ張っていてエッジが鋭角になっている。だから、細かな岩の凹凸にアウトソールのエッジが引っかかりやすいのだ。

岩場のへつりでの履き心地はたしかにすばらしかった。このときはテント泊装備を背負っていたが、硬いアウトソールはその重さにも負けず、どこかが岩に引っかかっているだけで、十分な安定感をもたらしてくれたのだった。

ただ、ライトアルパイン系シューズやアプローチシューズのように岩場で使いやすいシューズの多くは狭い場所でもつま先がかかるように先端がとがっているものだが、TXキャニオンのつま先はかなり丸みを帯びている。今回はとくに不都合は感じなかったが、実際はもう少し尖っているほうが急峻な岩場では使いやすいだろう。

おそらくTXキャニオンのシューズ先端があまり尖っていないのは3㎜厚のネオプレン製のソックスを合わせて使うことを前提に設計されているからだ。つま先部分が狭いシューズにそんなソックスを合わせると、内部で生地が余ってしまい、履き心地が極端に悪くなってしまうに違いない。

ちなみに、僕が今回メインで合わせて履いているソックスはネオプレン製ではなく、化繊で織られたローゲージのニットタイプである。このソックスは登山用ではなく、ワークウェアのショップで見つけたものだ。かなり分厚くて硬く、少々ゴワつく素材だが、通気性が高く、水はけもよくて気に入っている。水に濡れたまま履いていると薄くつぶれ、ネオプレンほどのフィット感は得られないのが問題だが、ネオプレンを履いていると陸上では暑すぎるようなときでも、このソックスならば夏でも涼しく歩けるため、僕はよく沢靴のようなものと合わせて使っているのだ。

もちろんシューズの使用設定どおり、3㎜厚のネオプレンソックスも併せて使ってみた。

ネオプレンのソックスを履いたときのフィット感のよさは、さすがローゲージのニットソックス以上だ。ただ、夏の晴れた日に陸上で履いていると足元の暑さと蒸れがひどく、今回は結局、このローゲージのワークソックス履いている時間がもっとも長かった。しかし気温や水温が低いときは、やはりネオプレンソックスのほうがよいはずである。

後述する内陸部のヤブ漕ぎの際や、一部の海岸歩きでは、一般的なウール製の登山用ソックスも試してみた。

これもTXキャニオンと合わせたときの履き心地は悪くない。だが、いったん水に濡れるとなかなか乾かないのが難点だ。水濡れを考えればあまり適していない気がする。

ウォーターシューズであるTXキャニオンだが、ここまでは陸上の話がメインだった。だがルート上には多くの沢があり、その流れをさかのぼれば内陸部の深山へつながっていく。

こんな場所でこそ、TXキャニオンの真価が発揮されるはずだ。

アウトソールのグリップ力は、上々だった。そもそもTXキャニオンが得意とするのは水のなかなので、当然といえば当然だ。分厚い苔が生えている場所でなければ、岩の上では滑りにくく、表面がつるっとした岩の上ではさすがに恐る恐る足を置いたが、それでもほとんど滑らなかったのには感心した。

とはいえ、表面が少しヌルついている水中の倒木の上ではさすがに少し滑り、その点はフェルトのアウトソールの沢靴にはかなわない。だが、その代わりにヴィブラムのIdoroGripは岩場でも使いやすく、摩耗も少ないというメリットを持っているわけである。

ネオプレンのソックスを履いていない足は、沢の水に長時間浸かっていると、さすがに冷える。

しかし水中から足を出せば、すぐに冷たい水が抜けていくのがいい。

以下はサイドの排水孔から流れ出す水の様子だ。とはいえ、履いたままでこのような写真を撮影するのは難しく、これはTXキャニオンを足から外し、内部に水を入れて流し出したときのカットである。

ともあれ、これだけすみやかに水が流れ出すのだから、この排水孔がいかに機能的に働いていることがわかるだろう。

ソックスに吸い込まれた水分も、歩いているうちにアッパー表面の小孔から染み出してくる。

シューズ全体として、TXキャニオンの排水機能は申し分なかった。

沢沿いに標高を上げていくと、いつしか水流は途絶え、稜線に至る。

こうなるとTXキャニオンはウォーターシューズではなく、完全に登山靴として活躍してもらわねばならない。

知床の稜線は背丈よりも高いハイマツで覆われている。

登山道は当然なく、同行している仲間の頭がまったく見えなくなるほどのヤブ漕ぎの連続だ。二度と行きたくないほどの重労働なのである。

正直なところ、ヤブ漕ぎに必死すぎて、自分が履いているシューズがどんなものなのか考えることすらしなくなっていた。しかし、そんなひどいヤブ漕ぎの最中でもシューズの存在を意識しなくてよいほどTXキャニオンはまったく支障なく使えたともいえる。

こんな場所で問題ないのだから、柔らかな土や落ち葉の上でも履きやすいのは言うまでもない。

最後に、丸4日間、ハードに使い続けた結果の傷み具合を見ていただこう。

アッパーはランドカバーとの接合部分が一部割れてしまった。それも初日である。残念ながら、このアッパーはそれほど耐久性が高いわけではないようだ。

しかし4日目になっても、その裂け目はさほど拡大していない。内側に張られたライナーが強いためにそれ以上に傷みが広がらないようで、履き心地自体は最後まで維持され、最後まで大きな問題にはならなかったのは幸いだ。ただ見た目は少し気になる

やすりのようにザラついた岩が多いのが知床の海岸だが、アウトソールの摩耗は少なかった。

知床の海岸や山では他のシューズを履いているとアウトソールがあっという間にすり減っていく。これだけハードな場所でもこの程度の摩耗なら、TXキャニオンのアウトソールはかなり長期間使えるはずだ。あとは先ほどのアッパーがどれだけ破れずにキープできるか、である。

 

まとめ:沢はもちろん、陸上でも活躍するシューズ

陸上でもガンガン履いてみたTXキャニオン。結論を言えば、“ウォーター”という名目ながら水の中だけで使うのではなく、陸上でも十分すぎる力を発揮するシューズであった。

日本の“沢靴”にはフェルトのソールではなく、TXキャニオンのように水辺で滑りにくいヴィブラムのソールを使っているものもあるが、履き心地はやはり登山靴は異なる。しかしこのTXキャニオンならば、普段はいている登山靴の延長線上の感覚で履くことができ、普段はあまり沢に入らない人でも違和感なく使えそうである。

また、日本では今回のような岩場あり、高巻きあり、沢あり、ヤブありといった特殊な状況で使うことはあまりないかもしれないが、北海道や東北の山域でよく見受けられるような一般的な登山道でも沢などで渡渉が必要なコースでは、これ一足で済ませられて便利である。防水性の代わりに通気性を重視した登山靴として使うこともできるだろう。

TXキャニオンは使い方によってはじつに重宝する存在だ。個人的には、ひさびさに使っていてワクワクさせられるシューズであった。今回はテスト用のサンプルだったが、十分に購入する価値があり、僕はこれから手元に一足置いておこうと考えている。

 

今回のPICK UP

スポルティバ/TXキャニオン

価格:23,100円(税込)

メーカーサイトへ >>

プロフィール

高橋 庄太郎

宮城県仙台市出身。山岳・アウトドアライター。 山、海、川を旅し、山岳・アウトドア専門誌で執筆。特に好きなのは、ソロで行う長距離&長期間の山の縦走、海や川のカヤック・ツーリングなど。こだわりは「できるだけ日帰りではなく、一泊だけでもテントで眠る」。『テント泊登山の基本テクニック』(山と溪谷社)、『トレッキング実践学』(peacs)ほか著書多数。
Facebook  Instagram

高橋庄太郎の山MONO語り

山岳・アウトドアライター、高橋庄太郎さんが、最新山道具を使ってレポートする連載。さまざまな角度からアウトドアグッズを確認し、その使用感と特徴を余すことなくレポート!

編集部おすすめ記事