2022年夏山のコロナ感染予防を考える 〜体調不良時の対応〜

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国際山岳医で、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)としても活動する千島康稔さんが、2020年、2021年の2シーズンで得た知見から、登山における新型コロナウイルス対策を再考。建前や理想だけではなく、実践可能で効果的な感染予防策を短期連載で紹介する。

監修=千島康稔、
構成=ヤマケイオンライン編集部

新型コロナウイルス感染症の流行の波が全国に広がり、第7波のピークアウトが見えない状況で迎えた2022年の夏山シーズン。不安定な天気とコロナ禍により、登山者の数は平年より多いとはいえないが、北アルプスや八ヶ岳の山小屋では登山者から従業員へとウイルス感染が広がる例が相次いでいる。登山者が山での感染拡大を防ぐためにすべきことを考えてみよう。

 

高山病や熱中症と決めつけないことが大切

入山前、また登山中も、体調の変化がないか確認する習慣を身につけたい。いち早く自覚症状に気づくことができれば、山中で体調が悪化したり、山小屋などでほかの登山者やスタッフに感染を広げたり、といった事態を回避できる。自分自身の体調の観察について、気をつけるべきポイントはどんなところだろうか。

千島:現在感染の中心になっているオミクロン株は、その感染の初期症状が風邪の症状に似ているといわれていますが、実は、高山病や熱中症と共通する部分もあります。

頭痛、倦怠感(疲労感)、食欲不振(吐き気)、発熱などは、登山にともなう高山病や脱水を契機とした軽度の熱中症でも現われます。「高山病だ」と決めつけずに、なんらかの体調不良があるときは慎重に判断する必要があります。頭痛や吐き気だけでも、念のために体温を測ってみることも必要でしょう。この時注意したいのが、体温計の種類と測るタイミングです。今、各施設の入口の体温チェックで主流となっている非接触型体温計(赤外線体温計)は、顔など露出部分の皮膚温を測って体温を推測する方式です。これは、運動直後や逆に寒くて皮膚が冷たいときなどには、さまざまな誤差が生じやすいのです。

なにかしらの体調不良があって体温を測るのなら、きちんと腋窩体温計を使うことをおすすめします。また、測るタイミングも問題です。山小屋到着直後など、まだ汗をかいているような状態での測定は避けて、15分〜20分くらい日陰で休んで、落ち着いた状態で測定した方がよいでしょう。

非接触型温度計は便利だが、
腋窩体温計も併用したい


腋窩体温計は山小屋にも用意がありますが、感染のリスクを考えると、持参したものを使ってもらいたいと思います。

ただし、熱がないからといって、それで新型コロナウイルス感染が否定できるものでもありません。ある山小屋では、日帰り予定の登山者が体調不良になり、高山病か熱中症だろうと判断して宿泊してもらったところ、下山後に新型コロナウイルスの感染が確認されたということもありました。発熱に限らず、なんらかの症状があれば、感染の疑いがあることを前提に行動することが大切なのです。

 

感染が疑われるときの対処法

体調に変化があっても、行動を継続できる程度に元気ならば自力下山も考えられますし、症状によっては救助要請も必要でしょう。まずは、パーティ登山ならリーダーに相談しましょう。山小屋など、なんらかの施設にいるのなら、そこのスタッフにも申告しましょう。

山小屋は、隔離の方法や、同行パーティの扱いはどうするかなど、感染疑いの人が出た場合の対応方法をそれぞれあらかじめ考えています。山小屋のスタッフの指示に従いましょう。最終的には感染対策を講じた救助隊が出動し、ヘリで救助されることもあります。

感染疑いの登山者を収容するヘリ
(北アルプスにて、2020年夏撮影)


こうした事態に備えて、パーティ内では、誰がいつごろ何回目のワクチン接種をしたかなどの情報共有ができているといいですね。感染が疑わしいメンバーが出た場合は、ほかのメンバーとの接触は極力避けるようにすべきですが、その中でも、誰が一番感染リスクが低く、感染疑いのメンバーをケアできるかなど判断できるといいと思います。

登山のパーティというのは、ある意味で「命を預け合う仲間」だと思います。ワクチン接種の情報もさることながら、もしも自分で受け答えができないような状態で病院に運ばれたとき、治療するのに重要な情報となる「アレルギー歴」「飲んでいる薬」「持病の有無」(アレルギー、薬、病気の頭文字で“AKB”)などを共有しておくというのもひとつの考えです。個人情報の取り扱いには慎重にならざるを得ない時代ですが、「緊急時連絡先などの個人情報」もあわせてメモにまとめて、「ザックの天蓋の裏のポケットに入っている」、「ポシェットの中に入れてある」などの共通ルールを作っておくと、いざという時に役に立つと思います。私が主催する山岳医療の講習会では、「山には“AKB”を連れて行こう!」を合い言葉にしています。

パーティ内のメンバーがコロナ感染疑いで救助された後、残りのメンバーも行動には注意が必要です。登山という行動形態を考えると、残るメンバーも濃厚接触者になっている可能性が大きいので、それまで以上に周囲の登山者や山小屋のスタッフと距離を取り、あまり接触しないように努めましょう。また、そのあとも縦走する計画だったとしても、感染・発病の可能性を考え、なるべく早く安全に下山できるよう、計画の変更を検討しましょう。

 

今こそエスケープルートの設定を

山の中で体調不良になったときどうするか。山小屋にかけ込んで相談したり、救助要請をすることもあるでしょうが、その前に自分たちでできる対応を、あらかじめ考えておくことが大切です。

先日も「家を出るときはなんでもなかったのですが、登山口まで来たら体調が悪くなったので、登山を中止します」と山小屋にキャンセルの連絡をくださった方がいました。もしこの症状が出るのが半日遅れていたら、登山中にその行動計画の変更を迫られることになります。

登山経験が豊富な人にとっては「エスケープルート」という用語は当たり前かもしれませんが、初心者には聞き慣れない言葉でしょう。登山中に体調不良やなんらかのトラブルがあったときに、少しでも安全に早く下山できるルートを意味します。今は提出を義務づけられている登山計画書の中にもエスケープルートの項目が必ず含まれています。緊急下山ルート、緊急時の対処方法などは、いわば自分の登山ルートの中の非常口のようなものかもしれません。

北アルプスの山小屋、大天荘に滞在している際に登山者と話していると、「常念岳まで行こうと思うのですが、何時間くらいですか」とか「槍ヶ岳に行く道はどっち(方向)ですか」という質問をよく受けます。それ以外にも、今後の行動や登山ルートを相談するのに、無料のパンフレットの絵地図を持ってくる方も少なくありません。

簡易な絵地図ではなく、登山開始前にきちんとした登山地図などで、自分の登山ルート上の、それぞれのポイント(山頂や山小屋など)間の、標準的なコースタイムや、途中から分かれる登山道の概略について、あらかじめ把握しておくことが大切です。

歩くコースだけでなく、
周辺の登山道も含めて周辺山域を把握して
エスケープルートも決めておきたい


自分が歩くルートを「線」でとらえて「登山届」を出すのではなく、山を「面」として理解して計画し、作成した「登山計画書」を届として提出することが大切ですね。「登山届」「登山計画書」という言葉の、微妙なニュアンスの差かもしれません。

急速に新規感染者数が増加している今、いつだれが感染しても不思議ではありません。「あれだけしっかり対策をしていたのに、どこが悪かったんだろう」と感染した自分を責めている人も多くいます。万が一、感染してしまった人がいたとしても、誹謗することは避けたいですね。

今回シリーズで紹介した山での新型コロナウイルス感染防止に対するアイデア、もちろんこれでも完全に感染を予防できるものではありません。 正しい知識をもって、ほんのひと手間かけて対策をする。このことが、より安心で快適な登山につながればと思っています。

 

プロフィール

千島康稔さん

国際山岳医、日本登山医学会専門医、日本救急医学会救急科専門医、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。医療従事者と山の専門家という二つの視点から、安全登山の普及に取り組んでいる。

時季彩山学舎(ときのいろどりさんがくしゃ)Facebookページ
https://www.facebook.com/ti.sangakusha/

2022年夏山のコロナ感染予防を考える

国際山岳医で、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)としても活動する千島康稔さんが、2020年、2021年の2シーズンで得た知見から、登山における新型コロナウイルス対策を再考。建前や理想だけではなく、実践可能で効果的な感染予防策を短期連載で紹介する。

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