古くから親しまれる丹沢・大山。夏の限定期間のみ開かれる登拝門の扉
昔も今も多くの人に親しまれる丹沢・大山。都心から西を望むと、丹沢山塊の左側に堂々と三角形の山容が目立つ。ケーブルカーを利用することができ、初心者や子供連れでも楽しめる人気の山だ。そんな大山に、夏のある時期だけ開かれる扉がある--。
写真・文=三宅 岳
神奈川県西部に位置する丹沢・大山(おおやま)は標高1264m、日本三百名山にも選ばれている信仰の山だ。落語・大山詣りでも知られるように、江戸時代、職人衆は同職で講を作り、または地域一帯で講を作り、大山山麓に暮らす先導師を頼りに大山へ登った。また別名、阿夫利山(雨降り山)とも呼ばれ、農民にとっては雨乞いの山であり、相模湾に舟を浮かべる漁師にとっては、位置を確かめるための山でもあった。こうした人々も大山を目指したのである。
そのため、大山を目指す街道が網目の如くに張り巡らされ、年間20万人もの人々が登拝した時もあったという。まだ江戸の人口が100万人だった頃の話だから驚きの数だ。
当時、大山山頂に登拝できたのは夏の一時期に限られ、それ以外の時期は登ることを許されていなかった。現在ではいつでも登ることができるが、今でも大山では7月27日から8月17日までの期間が、特別な夏山の季節として位置づけられている。
ところで、阿夫利神社下社の脇の登山道入口にある登拝門、普段は片側が閉まっているのだが、何も気にすることなく通り過ぎてしまうことだろう。実はこの片側の門扉、夏山の初日に解錠され、上記時期だけ開かれることはあまり知られていない。日本橋小伝馬町のお花講(大山講のひとつ)がこの開扉の役を担っており、江戸時代からこの伝統が続いている。かつての登拝の名残がここにあるのだ。
そんな夏山の時期、大山へ登ってきた。ケーブルカーを利用すれば多少は楽なところだが、ここは山屋の意地とばかりに、あえて急な石段が続く男坂を選択してみた。
男坂をひたすら登り、女坂と合流してまもなく見えるのが「ルーメソ」で人気の茶屋処さくらや。さらに階段をひと登りで阿夫利神社下社の境内に到着する。気温が高く遠景は霞んでいるが、開けた場所は気分爽快だ。
本殿に向かい安全祈願をして、夏山の時期だけの特別な御朱印をいただく。そしてぜひ立ち寄りたいのが、この本殿下にふつふつと湧く御神泉だ。龍の口から湧き出る清らかな水は、何とも冷たく麗しく爽やか。そのまま下社奥を半周して外に出られるのだが、ひんやりとしてかなりのクールダウン効果が得られる。ここでひと息つき、登拝門へ向かう。
扉が開かれた登拝門の先には厳しい石段が待ち構えている。一段一段ゆっくりと登る。ここから1丁目、2丁目と数え、16丁目で尾根からの「かごや道」と合流。さらに登って25丁目でヤビツ峠からの道をあわせると、まもなく山頂だ。今回はたまらず山頂の売店で、スポーツドリンクをごくり。
奥の院に参拝したら、「見晴らし」経由で下山。途中、不動尻・七沢方面への道を分け、高度を下げていく。しっかりとした道で樹木が多く、ほとんどが日陰というのがありがたい。やがて東屋とベンチの並ぶ見晴らしに着き、ひと息。ここで大山を振り返ってから、下社へのトラバース道に入る。この道は巨樹や奇樹が多く、楽しい道だ。二重滝を過ぎればしばらくで、茶屋処さくらやの近くに飛び出す。
さくらやには、かき氷のほかフラッペやところてんなど、夏メニューがたくさんあるのが嬉しい。しっかり休憩をはさんだ後、女坂から大山寺を経て一気に下山した。
今回は男坂から登り女坂を下山したが、大山の夏は暑いので、通常はケーブルカーを利用するのがおすすめ。また暑い時間を避け、普段よりも多めに飲料を持参するなど、熱中症対策をして無理なく楽しんでもらいたい。
※本記事は、2022年に取材・掲載したものです。
MAP&DATA
モデルコース:大山ケーブル駅~阿夫利神社下社~大山~見晴台~阿夫利神社下社~大山ケーブル駅
コースタイム:約4時間半(男坂から登り、女坂下山の場合。ケーブルカー利用の場合は約3時間15分)
プロフィール
三宅 岳さん(山岳写真家)
みやけ・がく/1964年生まれ。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。
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