かつては「登拝」ではなく「遙拝」の山だった 〜富士山今昔物語〜

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今でこそ富士山は広く登山者に登られる山となっていますが、かつては山麓から仰ぎ見る山でした。
登るだけではわからない、富士山の歴史と文化を紹介します。

富士山の成り立ち

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複数の火山の噴火が現在の富士山を造り出した

富士山の始まりをどこに定義するのかは難しいが、今の富士山の美しい円錐形が出来上がったのは約1万年前の新富士火山の活動からだとされている。
富士山の美しい円錐形は、火山活動によって形成された。富士山は成層火山(噴火で噴出した堆積物でできた火山)であるが、一つの成層火山が成長したわけではなく、複数の火山の噴火によって出来上がったのだ。数十万年前に先小御嶽火山が誕生し、20万~10万年ほど前に小御岳火山が活動。10万年ほど前から古富士火山が爆発的な噴火を繰り返し、小御岳火山を隠すようにして成長していった。そして、約1万年前からの新富士火山の活動が活性化していき、段々と現在の姿に近づいていったのだ。

火の山として恐れられ、「遙拝」されていた山

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古代の人々は「遙拝」によって富士山が鎮まることを祈っていた

今でこそ火山活動が休止し、美しい姿を保っている富士山だが、古代は火の山として捉えられていた。864年から繰り返し起きた貞観大噴火は、文献記録に残る富士山噴火のなかでも最大規模と推測されている。かつて富士山北麓に存在した「せの湖」を分断し、西湖と精進湖を作り上げた。
また、青木ヶ原樹海はこの時の溶岩の上に長い時間をかけてできた森だ。樹海の歴史は約1200年と、全国規模で考えると比較的新しい森林なのだ。
人々は「富士山が鎮まりますように」と、山麓から祈りを捧げた。この遠くから拝む行為は「遙拝(ようはい)」と呼ばれている。
現在の富士山の世界遺産の構成要素である山宮浅間神社には、富士山を拝むための遙拝所が残っている。遙拝所は富士山の溶岩流の先端に位置し、富士山を拝む方向に祭壇が位置している。
古代の富士山は登る山ではなく、麓から崇め奉られる神が宿る山だったのだ。

初登頂は誰によるもの?

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聖徳太子は神馬に乗って富士山山頂に降り立ったと伝えられている

では、富士山の初登頂はいつ、誰によって成し遂げられたのか。これは現在でも定かではない。聖徳太子が神馬にまたがって空を飛び、富士山山頂に降り立ったという伝承があれば、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が、伊豆大島から海を渡って富士山に登り、修行をつんだ、という伝承もある。
いずれにしても富士山の高嶺は、その時代の賢者の権威を示す証として、多くの伝承を生み出した。

「遙拝」から「登拝」へ、修験者の山から庶民の山へ

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富士講は江戸時代に興隆を極めた

富士山の噴火活動が沈静化する平安時代後期になると、富士山は修験道の道場となった。はじめは修験者にのみ登られる山だったが、室町時代後半になると庶民も登拝するようになった。戦国時代に現れた長谷川角行(はせがわかくぎょう)が富士山信仰を教義としてまとめ、これが後の「富士講」へとつながった。
富士講が流行するまでの富士山への旅(江戸〜吉田〜富士山)は、運よく好天に恵まれたとしても1週間以上かかり、庶民が赴くには時間と費用がかかりすぎる問題があった。富士講は、「講」と呼ばれる組合で旅費を持ち寄り、代表者の登頂に皆の祈願を託す方式で先述の問題を解決し、広く庶民に親しまれることとなった。
江戸から見える富士山は、遠く眺める山から、登れる山への変化を遂げたのだ。

もっとも新しい噴火・宝永大噴火

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江戸まで火山灰を運んだ宝永大噴火

2021年現在、富士山でのもっとも新しい噴火は、江戸時代中期の1707年に起きた宝永大噴火だ。有史以来記録されている富士山の噴火のなかでも最大規模であり、噴煙の高さは上空20kmと推定されている。当時の記録では、噴煙の中に火柱が見え、大量の火山灰が江戸の町まで運ばれたと記されている。
この時の噴火によって出来上がったのが、現在御殿場ルートや富士宮ルートから訪れることができる宝永山だ。

今に受け継がれる富士登山

2008年ごろから「山ガール」の名称と並行して登山ブームが始まった。富士山も例外ではなく、多くの登山者が押し寄せている。また、富士山が2011年に世界文化遺産に認定されたこともあり、海外からの登山者も増加している。新型コロナウイルス感染症の影響でここ数年は減少傾向ではあるものの、2019年までは年間20万人以上が富士山を訪れていた。
現在でも登山者は山々から富士山を見つけては心を踊らせ、富士山頂から御来迎を眺めるために、修験道者かのごとく夜間に長蛇の列をなす。それは私たち日本人の心に、在りし日の富士山への畏敬の念が残っているからなのかもしれない。

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