エコな撥水技術は機能性と両立できない? パフォーマンスを保つメンテナンスの重要性

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ここ2〜3年で採用するアイテムが増えつつある「PFCフリー」の撥水加工をご存知でしょうか。普及が期待される環境に優しい技術である一方で、撥水性の脆弱性が指摘されている事実もあります。エコな撥水技術は機能性とトレードオフの関係なのか? パタゴニアのアンバサダーでもある国際山岳ガイドの加藤直之さんの考え方を紹介します。

文=吉澤英晃

 

環境や人体への影響を考慮したPFCフリーへの取り組み

レインウェアやハードシェルなど防水透湿性が要となるアウターウェアにとって、撥水性はそれらと並んで重視されている大切な機能です。撥水性が落ちたアウターウェアは表地に水が染みてしまい、それが膜のように働き肝心の透湿性が低下します。透湿性が発揮されないアウターウェアは体から発生する汗や水蒸気が外へ逃げていかず、内側に結露が発生。着ているミッドレイヤーやベースレイヤーが湿ってしまい、表地が濡れたアウターウェアも体温を奪う悪循環に陥ってしまいます。

かねてから、さまざまな製品の撥水加工には「PFC」と呼ばれるフッ素化合物が使われてきました。しかし、2000年代に入ってから一部のフッ素化合物による環境や人体への悪影響が指摘されるようになると、国際的に規制が強化。いまではフッ素化合物をまったく使わない「PFCフリー」の撥水加工を採用するアイテムも増えつつあります。

環境に優しい新たな方法として今後の普及が期待されているPFCフリーの撥水加工ですが、一方で従来の撥水加工と比べると撥水性が劣る点が各方面から指摘されています。そのため、雪山などシビアな環境を想定するハードウェアには、PFCフリーの撥水加工の採用を見送るメーカーも少なくありません。そういったPFCフリーの撥水性の脆弱性について現場で活躍するプロはどのように感じているのか。パタゴニアのアンバサダーでもある国際山岳ガイドの加藤直之さんに話を聞きました。

加藤直之

1972年生まれ、東京都出身。日本の学生時代にスノーボードから山の魅力を知り、20代のころにアラスカ大学フェアバンク校へ進学。現在は国際山岳ガイド・スノーボードガイドとして、国内のガイディングにとどまらす世界中を飛び回っている。日本バックカントリースキーガイド協会会長。パタゴニアスノーアンバサダー。

 

PFCフリーでもパフォーマンスは落ちない。大事なことはメンテナンス

 

大雪山でスノーボードガイディング中の一枚。加藤さんは国内の山々をガイディングしながら、冬はスノーボード・スキーガイドとして活躍。一年でも冬季の雪山を中心に活動を行っている(写真提供=加藤直之)

 

「結論から言うとまったく心配していません。まず、各繊維メーカーやアウトドアメーカーが我々の想像を絶するレベルで研究して、フィールドテストでもPFCフリーの撥水性に関して合格点が出ているというのがあります。

従来の撥水加工でも、その製品がもつ機能だけに頼って活動してきたという感覚が自分にはなくて、撥水加工がPFCフリーになったからパフォーマンスが落ちるといった考えは僕の中ではまったくないですね。

それから、地球環境への悪影響が懸念されるものであれば、それは撤廃して然るべき、という考えも根底にあります」

ただし、加藤さんはPFCフリーの撥水性に関して評価をしつつ、泥や油汚れについては注意が必要だと強調します。それは、泥や油で生地の表面が汚れると肝心の撥水性が低下してしまうからです。油汚れは普通に使っている分には関係ないと思うかもしれませんが、手で生地に触れるだけで表面には皮脂がつき、行動中に発生する汗も皮脂を含みます。従来の撥水加工は油を弾く撥油性も付加できたのですが、PFCフリーの撥水加工は撥油性が著しく低い、もしくは存在しないのが現状です。

「PFCフリーの撥水性は問題ないと感じていますが、泥や油でウェアが汚れると水分が浸透してきて、最終的には撥水性がゼロになったと勘違いされると思うんです。だから、こまめにメンテナンスをする。今まであまり大きな声で言われて来なかったと思いますが、洗濯を含めてこまめにメンテナンスをすることはすごく大切です」

 

加藤さんも愛用するパタゴニアのデュアル・アスペクト・ジャケット。PFCフリーの撥水加工を採用したハードシェル。パタゴニアはPFCフリー撥水加工の全商品への導入をめざしている

 

実は、レインウェアやハードシェルといった防水透湿性をもつアウターウェアは、使用後に毎回洗濯をして汚れを落とそうというのが現在のスタンダード。撥水性を保つために各メーカーがこまめな洗濯を推奨しています。それに従い加藤さんもアウターウェアのメンテナンスを欠かしません。

「環境が許せば洗濯はできるだけして、乾燥機にもかけています。ハードシェルに限って言うと、山に入っている期間がどうしても長いので、撥水加工はワンシーズンで2〜3回です」

 

環境問題に対して、個人でなにができるのか

PFCフリーの撥水加工に理解を示す加藤さんは、そもそもメーカーの環境に配慮する取り組みに共感していきたいと話します。その発端は、加藤さんが学生時代に留学したアラスカでの体験にありました。

「学生として5年間住んでいたアラスカで、極地にある氷河の後退や気温の変化など、いわゆる温暖化の影響を目の当たりにしました。そういう体験でかなり環境問題を意識するようになったというのはありますね。それが20代のころです。それから今現在は、環境が刻々と変化していく様子を実感できる山岳ガイドという立場にあるのも大きいと思います」。

 

アラスカ留学中にはデナリ(6194m)からの滑降に挑戦。以降、ヒマヤラの6000〜8000m峰にも足跡を残し、現在も世界各地でガイディングを行なっている(写真提供=加藤直之)

 

国際的な環境問題の中でとりわけ危機感を持って語られるものに「温暖化」があります。加藤さんがアラスカに留学してから早数十年。今年は世界各地で干ばつや大雨による洪水などが起こり、東京では観測史上最長となる9日連続で猛暑日を記録しました。異常気象という言葉が当たり前になってきた昨今、温暖化の問題が改善に向かっているとは言い難いでしょう。その点、加藤さんはどのように感じているのか聞いてみました。

「日本でいえば気候の概念が変わってきて、集中豪雨であったりとか、極端に暑かったり寒かったりなど、直に感じているところがあります。ただ、自分でどうアクションしたらいいのかという、歯がゆく思いながら動けていないというのが現実です」。

環境問題に危機意識を持ちつつ、加藤さんのように具体的にどんなアクションを起こせばいいのか分からないという方は多いのではないでしょうか。ただ、明確な答えを見出せないもどかしい状況であっても、できることとして加藤さんが共感したいと話すのが、冒頭で紹介したPFCフリーへの取り組みです。

「温暖化というものすごく大きな問題と比べれば、PFCが環境に及ぼす影響は小さいのかもしれません。でも、全体的に見れば水質汚染や環境への負荷につながっている。我々がPFCを使った製品の恩恵を受けてきた部分は当然あって、今後PFCを使わないというメーカーの取り組みは本当に大きな決断だと思いますが、PFCフリーの製品を選ぶことを通して我々個人が環境問題に貢献できる手段として、すごくいいのかなと思います」。

 

理念を重視するモノ選び。製品を活かすのは私たち次第

環境に配慮した取り組みが理解を得ている一方、撥水・撥油性の脆弱さが懸念されているPFCフリーの撥水加工。機能だけに注目すれば、誰もが撥水・撥油性の高い従来の撥水加工を施した防水透湿性ウェアのほうが優れていると感じるでしょう。しかし、そういった考えもある一方で、加藤さんはメンテナンスの重要性と同時に使い方の大切さも説きます。

「極端な話、たとえば3ヶ月も山の中に入ってまったく洗濯環境がなかったりすると、それはそれで諦めるしかないというのがあります。そういった環境で撥水性を保つのは難しいです。なので、最終的には使い方なのかなと。ハードシェルを着たまま四六時中行動していたらすぐに汚れてしまうので、その時々の天候に適したレイヤリングで行動して、ハードシェルは最終プロテクションとしてバックパックの中にしまっておく。本当に必要なときに使うようにしてレイヤリングを工夫すれば、山行に支障は出ないですからね」。

 

ヒマラヤの高峰チョ・オユー(8201m)に向かった長期遠征の様子。約3ヶ月間も山に籠ると体が油脂で固められて自分が撥水するようになるのだとか…(写真提供=加藤直之)

 

さらに、加藤さんはどのような視点で製品を選んでるのか、独自の考え方も話してくれました。

「企業理念みたいな、モノ作りの哲学というか、そういうものがしっかりしたブランドの製品じゃないとすんなり入ってこないという意識はありますね。機能としていいものを作っていても環境面に問題があるブランドのギアは買わない、など。

それから、いまの時代、実用性のない製品はあんまりないと思うんですよね。だから、手に取った製品を活かすのも殺すのもユーザー次第。繰り返しになりますが、ハードシェルを山行中に四六時中着て、一度もメンテナンスをしないで撥水性が落ちるって言われると、それはちょっと違うんじゃないかなと思います」。

アウターウェアを含めて、PFCフリーの撥水加工を採用した製品は今後増えていくことが期待されます。そのとき、撥水・撥油性の脆弱性が気になるかもしれませんが、加藤さんの言葉を借りれば、製品を活かすのは私たちユーザー次第。正しくメンテナンスして、使い倒してみてはいかがでしょう。それはきっと環境問題に貢献するワンアクションになるはずです。

 

■関連リンク

PFCフリーへの取り組み(パタゴニア公式HPへ)

製品のお手入れ方法(パタゴニア公式HPへ)

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