北アルプスでは滑落事故が多発。2022年夏山の山岳遭難を振り返る

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withコロナの動きが進んだこともあり、登山者が増加に転じた2022年の夏山シーズン。しかし、それに伴って増加したのが山岳遭難だ。このほどまとまった警察庁の夏山遭難の統計をひもときながら、『山と溪谷』で山岳遭難を定点観測するライターが北アルプスで発生したこの夏の遭難を振り返る。

文=野村 仁

滑落遭難が多発した北アルプス・穂高連峰
(写真=岡野朋之)

 

遭難増加、ほぼコロナ前の件数に

夏山シーズンが終わり、いくつかの県では夏山遭難が増加したという情報が公開されました。そして、9月13日には、警察庁から夏山遭難(7~8月期)についての全国統計が発表されました。その特徴は次のようでした。

  1. 夏山遭難は大幅に増加しました。発生件数は668件で前年比135件増、遭難者数786人で189人増。
  2. 増加した県は、山梨、長野、静岡、富山、岐阜、福島、栃木、少し変わったところで兵庫。富士山、北アルプス、南アルプス、尾瀬への夏山登山者が増えて、そのために遭難発生数も増加したと考えられます。
  3. 行動制限のない夏でしたが、山小屋や交通機関などでは感染対策が続いていて、入山抑制の要素は多くありました。そのなかで、ほぼコロナ前に近い遭難発生数となってしまいました。
  4. 死亡・行方不明者数が少なく、過去10年間で見ても最少レベルでした。「救命されない比率」を表わす死亡・行方不明者の割合は約5.7%で、山岳遭難としてはとても低くなりました。全体として危険度の低い遭難が多かったことを示しています。

遭難が多いのは問題ですが、そのなかで助かる遭難が多いのはよいことです。しかし、夏山遭難が増加したエリアのなかでも、北アルプスは重傷や死亡する深刻な遭難が全国一多いのが特徴です。今回は、そのような北アルプスの夏山遭難事例をいくつかチェックしてみましょう。

 

事例1 ジャンダルム 滑落 (重傷)

8月15日、56歳男性がジャンダルムの北東150mの稜線で足を踏み外し、約30m滑落しました。左足と胸を骨折し、左膝に裂傷を負いました。男性はすぐに119番通報し、岐阜県警山岳警備隊員らが現地に駆け付けましたが、悪天候でヘリが飛べないため、隊員らが付き添って男性を保護しながら、5日間、現地に待機しなくてはなりませんでした。19日、ようやく天候が回復し、岐阜県警ヘリで救助、搬送されました。

[解説]
穂高連峰最難ルートでの事故です。男性は奥穂高岳~西穂高岳を縦走して上高地まで、その日に下山する予定でした。天気は翌日から本格的に崩れることが、気象情報を見ていればわかります。出発時点ですでに、あまり天気はよくなかったかもしれません。いろいろなことがギリギリになっていました。難易度を下げて、前穂または涸沢経由で下山するのがおすすめでした。

馬の背からジャンダルムへは険しい岩稜が連なる
(写真=岡野朋之)

 

事例2 太郎山 病気 (死亡)

8月21日早朝、太郎山付近の登山道で、53歳男性が横向きに倒れているのを登山者が発見して、山小屋に通報しました。山小屋にいた山岳警備隊員と医師が現地に向かい、男性の死亡を確認しました。男性はレインウェア上下を着用し、めだった外傷は見られませんでした。死因はくも膜下出血と推定されました。

[解説]
登山中に突然死をもたらす病気は、心臓病と脳卒中があります。くも膜下出血による脳卒中は、脳の血管が破れて頭蓋骨内に出血するもので、比較的若い人にも起こるそうです。発見された前日の天候は雨だったと推定されます。悪天候、低温、脱水など、突然死のリスクをもたらす要素が登山には多くあるのですが、よく考え工夫して、それらを緩和させながら行動することが重要だと思います。

 

事例3 槍ヶ岳北鎌尾根 滑落 (軽傷)

8月20日9時前、槍ヶ岳北鎌尾根を登山中の23歳男性が、標高2400m付近で約20m滑落して腕に軽傷を負いました。通報の際、男性は元のルートに戻れないと話しました。天候の回復を待って、21日早朝、長野県警ヘリが男性を救助しました。警察によると、男性は登山経験3年ですが、どの程度のレベルの山に登ってきたかはわからないそうです。

[解説]
北鎌尾根はバリエーションルートです。ロッククライミングの技術レベルとしては穂高連峰の上級ルート並みですが、鎖、ハシゴのような構築物がなく、道標やペンキマークも少ないです。北鎌尾根、前穂北尾根のようなバリエーションルートに行くためには、ロープを使用してのロッククライミング技術と、岩場でのルートファインディング力が必要になります。「行けばなんとかなる」などと、絶対に甘く考えてはいけません。本事例の男性は軽傷で行動可能なはずなのに、「元のルートに戻れない」というところに、技術不足が示されているように思いました。

北鎌尾根は登攀ルート。鎖やハシゴはない
(写真=渡辺幸雄)

 

事例4 長谷川ピーク 滑落 (死亡)

8月25日昼ごろ、大キレットの長谷川ピーク付近で、53歳女性が滑落して行方不明になりました。同行していた息子(19歳)が山小屋を通じて通報しました。雨のためヘリによる捜索ができず、天候が回復した26日朝、岐阜県警ヘリが現場から約60m下の岩場に倒れた女性を発見し、その場で死亡が確認されました。

[解説]
長谷川ピークは穂高連峰の滑落多発場所のひとつです。この報道を見て、事故を目撃していた息子さんの気持ちを想像して胸が苦しくなりました。なにが事故の原因かは当事者しかわかりません。ただ、槍から北穂への縦走を2泊3日・予備日なしで計画し、雨の日も含めて全日行動するのは、やはりリスクが高いです。予備日を1日設けて、核心部を通過する日だけは悪天候を避けるようにしたほうが安全なことは間違いありません。

長谷川ピーク、飛騨泣きなど難所が連続する
大キレット(写真=岡野朋之)

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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