気象遭難、滑落…前年の事例から考える、春の雪山のリスク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

暖かい日が増えてきたが、春は気温差が大きく周期的に天気が変化する、気象などの判断が難しい季節でもある。2022年2〜3月の遭難事例から、春の登山で起きやすい事故のパターンをピックアップしてみた。

文・写真=野村 仁

3月の雪山(栂池平上部の斜面)

 

いよいよ春。山は冬と春とを行ったり来たり

3月になり、山に行きやすい季節となりました。雪山は厳冬期よりも晴天率が高く、寒気もゆるみ、日が長くなります。しかし、朝夕の積雪は固く氷化しますので、厳冬期以上にシビアなピッケル、アイゼンワークが求められる場面も多いです。一方で、都市近郊の低山歩きが楽しい季節ですが、早春の山は残雪、前年の落ち葉、雪解けで不安定化した岩場やガレ地のように、スリップのリスクも多くあります。春山では意外に滑落事故が多いですから注意してください。また、高山で悪天候になれば簡単に冬に逆戻りします。天候の予測を行なって、安全に春山を楽しみたいものです。

 

事例1 谷川連峰・一ノ倉岳 低体温症/道迷い?(死亡)

2月27日(日)午後7時10分ごろ、一ノ倉岳を登山中の男性2人(53歳・47歳)から「ホワイトアウトで身動きがとれない。体力的に下山が難しく、ビバークする」と、所属する山岳会の副会長に連絡がありました。その後、携帯電話が通じなくなり、副会長は群馬県警沼田署の水上交番へ連絡しました。沼田署は28日から捜索を開始し、3月1日7時40分ごろ、一ノ倉岳から南方約170mの斜面で遺体を発見しました。2人に外傷はなく、周辺に滑落や雪崩の形跡も見られませんでした。

谷川岳の遭難位置と推定ルート

谷川岳(トマの耳)からオキの耳、
一ノ倉岳、茂倉岳

[解説]
男性2人は27日未明の午前2時ごろに入山し、日帰りの予定でした。登山届も提出されていましたが、報道ではルート内容が明らかにされていません。西黒尾根から一ノ倉岳までの往復か、茂倉尾根を下降する計画だったと推定されます。夜間登山で西黒尾根を登り、明るくなってから主稜線を歩いて、早い時刻に下山するつもりだったでしょう。しかし、天候は急速に悪化していて、午前9~10時には悪天候になっていたと思われます。報道では午後7時に下山予定だったとありますが、大急ぎで退却して午前9~10時には下山したかったところです。ホワイトアウトで道迷いがあって遅くなったのかもしれません。悪天候の予想を誤ったのが遭難の原因といえます。

 

事例2 安達太良連峰・箕輪山 低体温症?(死亡)

3月1日(火)午後8時30分ごろ、箕輪山に登ったとみられる男性(72歳)の親族から、男性が帰宅しないと猪苗代署に届け出がありました。2日早朝から捜索したところ、12時20分ごろ、箕輪山山頂から西北西へ約400m下った斜面で、男性が死亡しているのが発見されました。男性は一人暮らしで2月27日から行方がわからなくなっており、車が箕輪スキー場の駐車場で見つかり、自宅には「箕輪山へ行く」と書き置きがありました。

箕輪山の遭難者発見地点

[解説]
男性は2月27日(日)に箕輪山に登って遭難した可能性が高く、さらに、ホワイトアウトで道に迷い、力尽きて倒れたものと推定されます。前事例の一ノ倉岳とよく似た状況です。箕輪山は安達太良連峰の最高峰で、スキー場のリフトを利用すれば短時間で登ることができるようです。安達太良山本峰よりもすいており、静かな雪山が楽しめる穴場といえるでしょう。滑落の危険性は少なく、最大のリスクは悪天候と道迷いです。風雪やホワイトアウトになったら、ナビゲーションしながら下山を続けるか、避難態勢をとって待機するかの二択になります。安全性が高いのは後者ですが、数日続くかもしれない悪天候を耐え続けるのは勇気がいります。事前に気象情報をよく検討して、悪天候を避けられるような登山行動をとりましょう。

 

事例3 能郷白山 滑落(軽傷)

3月25日(金)、能郷白山から下山していた男性2人(71歳・71歳)のうち、1人が沢に滑落して右足を負傷しました。同日夜、家族に「真っ暗で道がわからない。GPSを頼りに歩いている」などと連絡があり、その後連絡がつかなくなりました。翌朝、家族は岐阜県警に通報しました。男性2人は滑落した場所でビバーク後、26日朝から自力で下山を開始し、同日昼ごろ、救助隊と合流して救助されました。

能郷白山周辺

[解説]
下山中に沢に滑落したものの、軽傷で歩行可能だったため自力で下山できた事例です。夜間行動しようとした様子もありますが、早めにあきらめてビバークしたのは安全上適切だったと思います。仮に滑落者が歩けなかったとしても、体力が維持できていれば無事に救助されたことでしょう。能郷白山は3月でも本格的な雪山で、厳冬期よりも雪は締まって固くなっているため、ピッケル、アイゼンで滑落を防いで歩く必要があります。また、事故発生に備えて、家族などに計画を知らせておき、登山中は何度か連絡を入れるようにしましょう。

 

事例4 乗鞍岳 滑落(重傷)

3月27日(日)午前10時過ぎ、乗鞍岳の肩ノ小屋付近で、女性(36歳)がつまずいて約150m滑落し、頭や腰などを打ち、肋骨を折る重傷を負いました。女性はツアーに参加していて総勢16人で下山中でした。同日午後7時30分ごろ、松本署や地元遭対協の救助隊が救助して、松本市内の病院へ搬送されました。

乗鞍岳の滑落地点周辺(推定位置)

[解説]
雪山は至る所に滑落のリスクがあるといっても過言ではありません。そのために個々にピッケル、アイゼンの装備を持ち、滑落を防止しながら登り降りします。3月下旬の乗鞍岳は、気象条件としては穏やかで登りやすくなりますが、滑落リスクの点では厳冬期と変わりありません。ツアーであっても、歩行中の安全を100%保証してくれるわけではなく、自分の技術で滑落を防いで歩く必要があります。もし自分の技術に不安があって、その場所を登り降りするのに恐怖を感じる場合には、ツアーのスタッフにそのことをはっきりと伝えることが重要です。このことはガイド登山の場合でも同様です。

 

春の雪山登山(谷川岳西黒尾根)

 

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

編集部おすすめ記事