テクノロジーが進歩しても、カラビナの強度が変わらないのはなぜ?
バリエーションルートや難易度の高い登山では、高い水準のロープ技術が求められる場合がある。危険がつきものの上級者向けの登山を、少しでも安全に行うことはできないか。ロープワークのプロフェッショナル「特殊高所技術」山口氏から、安全登山のヒントを紹介していただこうと思う。今回はカラビナの強度について。
カラビナの破断強度はなぜ24kN?
僕がはじめてカラビナを購入したのは1992年、高校1年生の時でした。岩登りをはじめるにあたって、札幌にある秀岳荘 北大店で、ハーネスやクライミングシューズ、エイト環、安全環つきカラビナ、そして何枚かのストレートゲートのカラビナを購入しました。当時はお金がなかったので、なるべく安いハーネス、カラビナを探し回ったのが懐かしいですね。その頃は「フリークライミング」は一般化していましたが「ボルダリング」というスタイルを知らなかったので、クライミングはハーネスとロープを使うのが大前提でした。
当時はまだ、学校教育での力の単位系がkg(キログラム)、kgf(重力キログラム)、t(トン)、tf(重力トン)だったので、カラビナに書かれた破断強度24kN(キロニュートン)の表記に正直「なにこれ? たった24kg?」と思ったものです。調べてみたところ、ひとまず1tがだいたい10kN(※1kgf=9.8N)だと分かったので、カラビナを手にして、「こんなに小さくて軽いのに2.4tもの強度があるんだ。すごいなあ、車を吊っても壊れないじゃない!」、「僕の体重が60kgだから、40人分の強度があるんだ。絶対壊れっこないよ」と感激していました。
しかし、これがとんでもない勘違いであることを僕が知るのは、それから15年後。特殊高所技術で働くようになってからのことでした…。
高強度=安全ではない
登山装備は常に軽量化が求められます。それはもちろんクライミングギアにも言えることです。
みなさんも軽いカラビナ、好きでしょう? いたずらに強度を高め、重量が重くなることを誰も望んでいません。むしろその逆、「必要とされる強度」ギリギリを保って、いろんな工夫をこらして軽量化をするのが一般的です。
そう、そこです。「必要とされる強度ってなんだ?」という話です。「強度があればあるほど、安全だからいいじゃない」という話ではないのです。
今から両極端な例えを出します。
1・破断強度が12tもあるが、重たくてかさばるカラビナ。これを使ってロープにぶら下がる。
→致命的な墜落があった場合、カラビナが破断強度に達するよりも前に、人間の体が壊滅的に壊れて死んでしまいます(必要以上にカラビナの強度がある)。
2・破断強度が100kgもないキーホルダー用のカラビナ。これを使ってロープにぶら下がる。
→静荷重ではギリギリ耐えられても、少し動きが加わるだけでカラビナが壊れてしまいます。
人間の強度がギアの強度を決めている
この2つの例は、どちらもカラビナの選び方を誤っています。大事なのは「必要とされる強度」であること。墜落による衝撃に対して、人が死ぬよりも前にカラビナが壊れないようにすることです。
では、次の疑問点は当然「人が墜落に耐えうる強度はどのくらい?」ですね。
細かいことは別の機会に置いといて、結論を先に言いますと、約6kN(600kg)以上で負傷し、約12kN(1.2t)で死に至ります。
なので、カラビナの強度は12kNの墜落衝撃荷重に耐えて、人が死ぬより先に壊れないように作らなければなりません。
あれ? カラビナの強度って12kNじゃなくて、24kNですね。2倍? そう2倍です。
トップロープや、リードクライミングで墜落したときに、一番上のトップロープ支点や、クイックドローに作用する力は、ロープが約180°折り返しているので、人間が受けている衝撃荷重の約2倍の力が作用します(若干の摩擦損失はあるが)。
なので、24kNぐらい必要だってことです。おおざっぱに話すと、そういうことです。
カラビナ以外の装備単体としては、1人あたり12kNではギリギリすぎる設計なので、マージンを含めおおむね15〜16kNの強度を確保するように作られていることが多いですね。
例えばスリングの破断強度は22kNが一般的ですが、タイオフやひばり結び(ガースヒッチ、輪ゴム結びとも言う)にすると、おおむね16kN程度の強度に低下するので、それでちょうどいいって話です。
クライミング用機材の強度は案外ギリギリ
このように24kNという一見すると、すごく丈夫に思えるカラビナの強度ですが、人間が衝撃荷重で死に至るまでを保証しているに過ぎないのです。ギリギリです。
「(墜落で)生きている可能性がある範囲まで担保し、即死に至ってしまう範囲については担保しない。」という思想なんですね。
なので、タイトルの「テクノロジーが進歩しても、カラビナの強度が変わらないのはなぜ?」という問いに対して、
人体の強度に合わせて設計しているから、テクノロジーが進歩してもカラビナの強度は変わらない
と答えることができます。テクノロジーの進歩によって変わっているのは、形状のバリエーションや軽さなのです。
それゆえ当然、機材は正しい使い方をしないと人が死に至るより先にギアが壊れて、地面まで墜落してしまうということも起きてしまいます。現在のクライミング用のギアは、実はかなりデリケートにできています。実際のところ、テクノロジーの進歩により、軽量化は実現できたが、逆にデリケートになっている面も存在します。
次回は、そんなデリケートなカラビナやロープの破断現象について書きたいと思います。それではまた後程。
プロフィール
特殊高所技術 山口宇玄(やまぐち たかはる)
北海道中札内村出身。高校時代では札幌中央勤労者山岳会、大学時代に群馬山岳連盟桐生山岳会に在籍。就職後、川崎勤労者山岳会を経て、現在は京都の株式会社特殊高所技術にて技術部長を務める。一方で、一般社団法人 特殊高所技術協会の監事・講師として、技術者へのロープを使った高所作業の講習を実施している。
■株式会社 特殊高所技術
http://www.tokusyu-kousyo.co.jp/
■一般社団法人 特殊高所技術協会
http://www.tkgs.or.jp/
■ブログ:特殊高所技術の広場
http://blog.livedoor.jp/rope_access_eng/
安全登山のヒントをロープの達人がご紹介!
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