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信仰として山を登る「登拝」が日本では古代から行われていた。 日本人の山との付き合い方

登山者のための神社学
たしなみ 2017年12月28日

「日本百名山、富士山、山ガール」などのブームもあって、近年の日本では多くの人が登山を楽しんでいる。しかし、「登拝」という形で、日本では古代から信仰登山が行われてきた。

 

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」との趣旨で、近年では8月11日が「山の日」という祝日となった。

かつて登山といえば、大学や社会人の山岳部・山岳会を中心とした活動が中心であり、その後は1990年代には〝日本百名山〟といったTV番組をきっかけに中高年の登山ブームが起こり、2009年頃には〝山ガール〟という言葉とともに若い女性の登山が増加。2003年から2008年までは600万人前後と沈んでいた登山人口だったが、2009年に1,230万人と倍増した。

2010年も1,000万人を超え、その後も富士山の世界文化遺産登録をきっかけに増加傾向にあったが、2011年の東北震災、2013年の御嶽山噴火の影響から減少し、現在は800万人程度と考えられている。

いずれにしろ、古来から自然環境に恵まれていた日本にとって、これほどまでに登山客が増えてきた時代はなかったと思う。

ではいつごろから、人は楽しむために山に入ってくるようになったのであろうか? 

明治時代(1868年~1912年)、1874年にガウランド、アトキンソン、サトウ(佐藤 愛之助 アーネストサトウ イギリス外交官)の3人の外国人パーティが、ピッケルとナーゲル(靴底に鋲を打った登山靴)を用いた、いわゆる近代登山を日本で初めて六甲山で行った。

ガウランドは1881年に槍ヶ岳と前穂高岳に登山して「日本アルプス」を命名した人物で、サトウは富士山に最初期に登った外国人としても知られる。その後に日本においての近代登山が花開いたと言える。

 

 

しかし古来から日本国内においては、当たり前のように人々は山の恩恵を受け、ともに暮らす術を持っていた。近代登山におけるピークハントや景観を楽しむといった、レジャーとしての登山というカルチャーが存在しなかっただけである。

古来から日本人の精神性の中には、山に限らず自然そのものに対する畏怖や畏れ、または自然の摂理そのものに神や仏を見立てた自然崇拝がひろく横たわっていた。自然そのものである御山を楽しむ観点や頂上を制覇するといった考え方はなく、その恩恵をいただきながら共に暮らし、ときには大自然そのものである神様や仏様にご挨拶にいく目的で山に立ち入ってきた。

里山で暮らす人、そのもの山の中で暮らす狩猟民族、行者・山伏と言われた修験道の修行者たち・・・。つまり、近代登山の考え方においては前人未到と言われた様々な山も、登山者たちが初登頂したその頂にはすでに、古代から祀られる神様や仏様が鎮座されていた。

先に説明した近代登山としては、1881年にガウラントが槍ヶ岳に登頂したが、その60年ほど前1828年には播隆上人による槍ヶ岳開山が行われていた。神や仏は、その存在を意識し祀る人がいなくては存在しないので、近代登山が始まるずっと前から日本各地の山々には、神や仏に出会うために、または拝むために山を登る修行者たちの存在があった。

それは山を楽しむ登山ではなく、個人的な信仰として神や仏を拝むために山を登る「登拝」という言葉として今日までその概念は残っている。

 

Japanese people and mountains 

In Japan, 11th August became a national holiday called “Mountain Day” in 2016. It  is a day for people “to enjoy mountains and appreciate the blessings given by them”. Mountain climbing and hiking in Japan had long been things enjoyed by hardly anyone but university students and grown-ups who belonged to mountaineering or Alpine clubs. Then in the 1990s mountain climbing all of sudden became a trendy activity among people in their 40s and 50s, as a TV show called “Japan’s 100 Best Mountains” steered people’s interests towards mountains. 2009 was another epic point where the mountain climbing population dramatically increased, as many females encountered the “Yama-girl (mountain girl)” concept that featured widely on various media and penetrated through to commercial markets. 

The annual mountain climbing population was as low as 6 million people between 2003 and 2008, but the sudden surge in 2009 brought it up to 12.3 million, more than a double from the previous year. The following year, 2010, also recorded a mountain climber population of over 10 million, and the growing trend seemed to continue, particularly as Mt. Fuji approached registration as a World Heritage site. However, The Great East Japan Earthquake in 2011 and the volcano eruption of Mt. Ontake in 2013 killed the momentum and currently, as of 2017, the annual mountain climbing population has settled at around 8 million. 

Anyhow, Japan was always blessed with a rich natural environment, from ancient times to today, and there has never been any century like this one where millions of people go up mountains. 

Can you guess when people first started going into the mountains as a leisure activity in Japan? 

The beginning was back in 1874 during the Meiji era, when a party of three foreigners, William Gowland, William Atkinson and Sir Earnest Satow (the British Minister in Japan) did Western-style mountaineering (Alpinism) on Mt. Rokko using pickle and nagel. This is sometimes considered to be the very first time that the so-called “modern mountaineering” took place in Japan. Gowland climbed Mt. Yarigatake and Mt. Mae-Hotakatake and gave the name “Nihon Alps” to those mountains in the area. Sir Earnest Satow is known as one of the very first foreigners to have climbed Mt. Fuji. Western-style modern mountaineering then spread as a practice after these three gentlemen marked its introduction to Japan. 

As a totally different approach, if you look at how people on this archipelago lived their lives through history, you notice that people were always quite mindful and conscious of what mountains gave to them, and had accumulated wisdom to co-exist with or live within the natural world. They simply didn’t have the same perspectives as the western mountaineering culture, the concept of conquering the peaks or being leisurely entertained by the view of the landscape from the top. 

For as long as we can remember, people in Japan always had the sense of awe and reverence towards the whole of nature, not limited to mountains. The animism which finds divinity, deities and sacred beings in the natural providences is the broad bedding under the way we lead our daily lives on these islands. We did not have the concept of overriding or conquering the nature, or consider climbing to be a leisurely activity. To our people, mountains were something that personified the magnificence of nature. 

Our interactions with mountains were more about humbly accepting the tangible and nontangible blessings they shower us with, while mindfully attempting to harmoniously co-exist with them. People occasionally went into the mountains to meet and pay respect to the divine sacred existence or the Buddhist gods, and therefore to the mountain and to nature itself. These were people living at the foot of mountains, the hunter tribes who were literally living inside the mountains, and the Gyoja and Yamabushi people, disciples of Shugendo, Japanese mountain asceticism-shamanism incorporating Shinto and Buddhism concepts. 

The modern mountaineers saw mountains in Japan as untrodden when they started peak hunting there. But those peaks that they hunted actually already had the long-worshipped deities including Buddha enshrined at the top. 

In 1881, Gowland climbed Mt. Yarigatake, but 60 years prior to that in 1828 a Buddhist monk named Banryu-shonin had already climbed the mountain to the top and founded a temple at the foot of it. Without people cherishing and giving them meanings and forms, no deities or Buddhist gods would exist. In Japan, way before the modern western-style mountain climbing was introduced to its people, there were spiritual disciples climbing up the steep cliffs of various mountains around the nation. They were there with their beliefs that the mountain itself was the very deity/Buddhist god figure, and that climbing was a journey for them to go to see these primordial existences. 

That’s why we have a unique verb in the Japanese language, “to Tohai” which is used for the action of mountain climbing, but the characters used revealling the hidden intention behind the action, “to make an ascent of a mountain to enshrine sacred nature”. The word is still around, and so too is the intended action, quietly still in this world. 

 

歴史・文化 日本の山
教えてくれた人

中村 真

1972年、東京生まれ。雑誌『ecoloco』や書籍『JINJABOOK』などを発行する出版社の代表を務める。現在、イマジン(株)代表として、五感に響く出版・イベント・広告などのプランニングや、社会貢献プログラムなど様々なメディア活動を展開中。
2013年より広島県尾道市に「尾道自由大学」を開校し、校長に就任。学生時代より世界を旅し、外から見ることで日本の魅力に改めて気付き、温泉と神社を巡る日本一周を3度実行。
著書に『JINJA BOOK』、『JINJA TRAVEL BOOK』、『JINJA TRAVEL BOOK2』『日本の神さまと上手に暮らす法』など。

 ⇒IMAJIN

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