【動画あり】使い方を誤れば、カラビナは簡単に壊れる

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バリエーションルートや難易度の高い登山では、高い水準のロープ技術が求められる場合がある。危険がつきものの上級者向けの登山を、少しでも安全に行うことはできないだろうか。そこでロープワークのプロフェッショナル「特殊高所技術」山口氏から、安全登山のヒントを紹介してもらった。前回に引き続き、カラビナの強度について説明する。

カラビナのゲートが開いていれば、怪我をする前に破断する可能性がある

まずは、2つの動画を見てください。

実験その①:カラビナのゲートが空いている状態で荷重をかける

実験その②:カラビナを横方向に荷重をかける

前回の記事で、カラビナをはじめとした各種のクライミングギア(以下、ギア)の破断強度が、おおむね一人あたり12kN(1.2t)程度確保されているという話をしました。1.2tというと、今どきのコンパクトカー並みの重量です。ものすごく強度があるように感じられますが、これは「正しい方向にまっすぐ荷重をかけた場合の破断強度」です。裏を返すと誤った荷重のかけ方をすれば、ギアは簡単に壊れるということです。

カラビナに正しく荷重がかからない例 横方向に荷重がかかってしまう

カラビナのロックが外れている カラビナのマイナーアクシスその2

カラビナに正しく荷重がかからない例。どこが危険か分かるだろうか

 カラビナの破断強度は、おおむね24kNです。カラビナはだいたい、O(オーバル)型やD型のように長い形状をしています。24kNの破断強度を有するのは、カラビナの縦方向(長手方向やメジャーアクシスと言う)に引っ張った場合のみです。これ以外のゲートが空いている状態や横方向(短手方向やマイナーアクシスと言う)に引っ張った場合には24kNの破断強度はなく10kNから7kN、条件によってはそれ以下の破断強度にまで低下します。

 冒頭の実験では、

実験その①:カラビナのゲートが空いている状態で荷重をかける

 ↓

5kN(500kg)程度で破断

実験その②:カラビナを横方向に荷重をかける

7kN(700kg)程度で破断

という結果でした。「いや、私の体重は70kg(0.7kN)だから、5kNでも破断強度は十分じゃないの?」と思われる方は、前回の記事「テクノロジーが進歩しても、カラビナの強度が変わらないのはなぜ?」をぜひお読みください。

 前回、墜落時に人が衝撃荷重で死んでしまう荷重はおおむね12kNであるということ、約6kN以上で負傷するということを書きました。そうすると、カラビナが5kN程度の衝撃荷重で破断してしまうのはかなり困ります。人間の体は5kN程度の衝撃荷重ではほぼなんともないのに、カラビナはポッキリ折れているのですから。そうなってしまうと、人体は墜落時の支えを失って、地面まで墜落してしまいます。

ギアの破断強度だけでなく、弱点を把握することが大事

 カラビナは、ゲートが確実に閉じている状況では引っ張り荷重をゲートがある側と、その反対のストレート側の2方向で分散して受け持っています。しかしゲートが開いている状態では2方向に分散できず、ストレート側だけで荷重に対抗しないといけません。しかもゲート側が開いていると、カラビナ上部のカーブの付け根に大きな曲げの力がかかり、ここから折れてしまいます。
 

カラビナは2方向に荷重を分散させることで強度を出している カラビナのゲートが開いていると曲げの力が加わってしまう

カラビナのゲートが開いていると1方向で荷重を受け止めることになり、曲げの力が加わってしまう

 カラビナが横方向荷重に弱いのは、ゲートがあるせいです。ゲートのない側は一本のまっすぐな棒なのですが、ゲート部はゲート可動部のピンヒンジやキーロック部などの細かい構造を有しています。これらの構造は想定外の荷重方向に対して、それほど強くはありません。今回の実験では、ゲート部先端のキーロック構造の肉厚が薄くなっている箇所からアルミニウム合金が破断しているのが分かります。
折れたカラビナ 折れたカラビナの破断部その1

折れたカラビナの破断部その2 折れたカラビナの破断部その3

 このようにカラビナをはじめとしたギアは、弱点を突かれてしまうと簡単に壊れてしまうのです。また、今回お見せした実験動画のように、スリングなどの「伸びない素材」で墜落した場合、落下距離は1mに満たなくても、簡単に6kNを超える衝撃荷重が生じてしまいます。
 そのため、安全に墜落するためには

・ギアを破断強度だけで把握するのではなく、弱点が何なのかを良く把握すること
・大きな衝撃荷重を生じさせない、そして壊れないギアの使い方、墜落の仕方をすること


以上のことが大切です。

D型カラビナの長所 D型カラビナの短所

例えばD型のカラビナはゲート側に負担がかかりにくい構造をしている。しかし、幅広のスリングをゲートが開く側にかけると、うまく荷重がかからずメリットが活かせない場合があるので注意が必要

 ギアにはたいてい軽量なアルミニウム合金が使われています。一円玉もアルミニウム合金ですが、一円玉は柔らかい素材です。アルミのコッヘルも落としたら凹むくらい柔らかくできています。アルミニウムは軽くて柔らかく、加工がしやすい金属です。それをカラビナとして使えるように高強度にすべく、非常に高度かつ複雑な熱処理を加えて硬くしています。
今回の壊れたカラビナの破断面は、見ると分かるようにまるで割れた陶器のような状態です。また、壊れたカラビナを見ると、あまり伸びたり曲がったりはしていません。ポッキリと折れています。そうなんです、一般的に金属材料は高強度にすると、柔らかさやしなやかさを失って、硬くもろくなっていきます。それはカラビナをはじめとした軽量性と強度を追求したアルミニウム製のギア全てに共通しています。

 一方で最近、重量はあるが耐久性の高いスチール製のカラビナが見直されています。かなり前から、クライミングジムのリード壁に設置されているクイックドローのハンガー側は、スチール製で開け閉めができる鎖のような形状のスクリューリンクになっています。また、クライミングジムのみならず、自然の岩場でクイックドローを残置してのレッドポイント(2回目以上のトライで完登すること)狙いでは軽量性は不要なので、スチール製のカラビナを使う動きがでてきており、これに対応する製品もギアメーカーから販売されています。

ペツルのカラビナ「ジンスチール10個パック」

代表的なものは、Petzl社のジンスチール(出典:Petzl社公式WEBサイトより)。

 今回はカラビナが壊れる現象を見ていただきました。次回はロープなどの化学繊維のギアが壊れる事例を紹介します。今回紹介した動画の詳細版は、一般社団法人特殊高所技術協会のYoutubeページでご覧いただけます。また、特殊高所技術協会では、各種の実験の様子や結果をFacebookページで、動画にて公開しています。

https://www.facebook.com/pg/tkgs.or.jp/videos/?ref=page_internal

プロフィール

特殊高所技術 山口宇玄(やまぐち たかはる)

北海道中札内村出身。高校時代では札幌中央勤労者山岳会、大学時代に群馬山岳連盟桐生山岳会に在籍。就職後、川崎勤労者山岳会を経て、現在は京都の株式会社特殊高所技術にて技術部長を務める。一方で、一般社団法人 特殊高所技術協会の監事・講師として、技術者へのロープを使った高所作業の講習を実施している。

■株式会社 特殊高所技術
http://www.tokusyu-kousyo.co.jp/
■一般社団法人 特殊高所技術協会
http://www.tkgs.or.jp/
■ブログ:特殊高所技術の広場
http://blog.livedoor.jp/rope_access_eng/

安全登山のヒントをロープの達人がご紹介!

バリエーションルートや難易度の高い登山では、高い水準のロープ技術が求められる場合がある。危険がつきものの上級者向けの登山を、少しでも安全に行うことはできないか。ロープワークのプロフェッショナル「特殊高所技術」山口氏から、安全登山のヒントを紹介していただこうと思う。

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