このエントリーをはてなブックマークに追加

私がヒマラヤ最奥の聖地ドルポと「慧海ルート」を歩く理由

大昔にヒマラヤを越えた僧侶、河口慧海の足跡をたどる
ガイド・記録 2018年02月14日

今から100年以上も前に、仏典を求めて日本人として初めてチベットに潜入した僧侶、河口慧海。彼は鎖国状態だったチベットに入国するために、ヒマラヤ奥地の標高5,000m以上もある峠をいくつも越えた冒険家でもある。この連載では、当時の慧海の足跡を辿ってネパール・ヒマラヤを踏査する登山家・写真家の稲葉 香さんが歩いた「慧海ルート」踏査の記録を掲載する。

ネパール・ヒマラヤとチベットの国境付近

(写真/稲葉 香)

仏典を求めてインド〜ネパール〜チベットを旅した僧侶

2016年、河口慧海の生誕150年となる年に、私は西北ネパールを横断する「慧海ルート」を旅した。

河口慧海は、1900年に梵語の原典とチベット語訳の仏典を求めて日本人として初めてチベットに潜入した僧侶だ。鎖国状態だった当時のチベットに密入国するために、難病のリウマチを患いながらもヒマラヤの峠を越えた探検家でもある。

現代のように現地の情報はなく、まともな登山装備もなければリウマチの薬もない時代に、自らの思いを遂げるために標高5,000m以上の峠をいくつも越えるという、想像を絶する世界だ。神戸からインドへ渡り、ネパールからチベットへの入国路を探した結果、西北ネパールを縫うように横断した道、それを私は「慧海ルート」と呼ぶことにした。

平均高度4,000m。ヒマラヤ最奥の地を歩く

「慧海ルート」の大半は、チベットとの国境地点にある「ヒマラヤ最奥の聖地」ドルポ地方が占めている。ネパール・アンナプルナ(標高8,091m)の北西に位置するエリアで、四方を標高5,000m以上の峠で囲まれた平均高度およそ4,000mの場所だ。冬は完全に隔離されてしまう場所だが、そこには村が点在しており、今も人々が厳しい環境の中でたくましく生活している。

ドルポは、かつては西チベットに属しており、チベット文化が根付いている地域だ。ネパール領になってからも地理的に隔絶された場所だったため、カトマンズ政府と直接連絡が取れるようになったのは1963年だったという。しかも長い間、外国人の立ち入りを禁じていたので、古き良きチベットの伝統や文化が破壊されずに原型をとどめている。それが「ヒマラヤ最奥の聖地」と呼ばれるゆえんである。

ヒマラヤ最奥の聖地・ドルポの概念図

赤い四角で囲まれた部分がドルポ地方

私はこれまでドルポへ4回行き、「慧海ルート」を2度歩いた(そのうちの1度は全行程を踏破)。ドルポは1992年に外国人の立ち入りが解禁された。それによって徐々に近代化が進み、入域地点の近くまで飛行機や車でアクセスできるようになったが、そこからは徒歩で1週間ほど厳しい道のりが続き、やっとの思いでドルポに入ることができる。

河口慧海の足跡を追うようになったのは、2003年にチベット・カイラスを巡礼したのがはじまりだ。お寺の家柄でもなく、誰かの命令でもなく、自らの思いで計画し成し遂げる意思の強さと、彼の描いたルートが他の誰よりも面白い!

そんな河口慧海のハングリー精神とルートの魅力に取り憑かれて、いつのまにか彼の足跡を辿るようになっていた。極めつけは私と同じ難病のリウマチを患っていたことだ。今となっては、自分がリウマチになったのは河口慧海に出会うためだった気さえする。

一気に世界が広がった、西北ネパール登山隊への参加

大西 保さんと稲葉 香さん、2017年の西北ネパール登山隊遠征にて

大西 保さんと稲葉 香さん、2007年の西北ネパール登山隊遠征にて

今では、こうして自力で「慧海ルート」を歩けるようになったが、調べはじめた当時はドルポの情報が全くなく途方に暮れていた。

踏破を諦めかけていた頃に、縁あって河口慧海プロジェクトの隊長である大西 保氏と吉永 定雄氏、水谷 弘治氏と出会い、2007年の西北ネパール登山隊に参加させてもらった。それがきっかけでルートの核心部に入ることができ、一気に世界が広がったのだ。その後の遠征にも参加させてもらったことで今の自分がある。私をドルポに導いてくれた3人には、感謝してもしきれない。

今回の「慧海ルート」踏破には三つの目的があった。一つ目は大西氏たちと歩いた河口慧海の足跡を、自らの足でもう一度踏みしめること。二つ目は、ヒマラヤ最奥の地・ドルポの今を知ること。そして三つ目は、今は亡き大西氏、吉永氏、水谷氏に追悼の思いを示すことだ。

ヒマラヤ最奥の聖地・ドルポの概念図

オレンジのラインが、2016年に歩いたルート(緑ラインの車道も含む)。
前回までの遠征と合わせて、ネパール側を踏破した

2016年8月17日から10月24日のおよそ2カ月に渡った今回の踏査。ネパール・ジョムソン(2,720m)からチベットとの国境クン・ラ(5,411m)まで歩き、クン・ラからドルポを横断して再びジョムソンに戻るという、ゆうに500kmを超える行程となった。

この連載で、当時の「慧海ルート」のエピソードを書いていこうと思う。

海外 記録・ルポ
教えてくれた人

稲葉 香(いなば かおり)

登山家、写真家。ネパール・ヒマラヤなど広く踏査、登山、撮影をしている。特に河口慧海の歩いた道を調査。大阪千早赤阪村にドルポBCを設営し、山岳図書を集積している。ヒマラヤ関連のイベントを開催するなど、その活動は多岐に渡る。 http://www.dolpo-hair.info/dolpobc.html

同じテーマの記事
巨大なマニ壁のあるゲミ、そして、グランドキャニオンのようなダークマーを経て、ツァーランへ
今から100年以上も前に、標高5000m以上あるヒマラヤ奥地の峠をいくつもこえた僧侶、河口慧海。その足跡を辿って、稲葉 香さんらが歩いた2016年の記録。シャンボチェからスタートし、河口慧海が10ヶ月を過ごしたというツァーランに向けて歩く。
アッパームスタンにて。ガイドブックに載っていない天然の仏塔を訪れる
今から100年以上も前に、標高5000m以上あるヒマラヤ奥地の峠をいくつもこえた僧侶、河口慧海。その足跡を辿って、稲葉 香さんらが歩いた2016年の記録。今回はチレからシャンボチェまでの途中に立ち寄った、ガイドブックにも載っていない場所の話。
アッパームスタン入域、慧海が滞在した村ツァーランへの道
河口慧海の足跡を辿って、2年ぶりにアッパームスタンへと足を踏み入れた稲葉香さん。カリガンダキを北へ、かつてチベットとインドとの塩の交易路として栄えた道を歩く。今回は、カグベニからチレまでの道について。
はるか遠くに見える慧海が歩いた山。カリガンダキを越えて、ムスタンとドルポの県境へ
100年以上も前に日本人として初めてチベットへの入国を果たした僧侶、河口慧海。その足跡を辿って、稲葉香さんらが歩いた2016年の記録を追う。今回は、ドルポの入域地点、ジョムソンからドルポとムスタンの県境、カグベニまでの旅を紹介する。
記事一覧 ≫
最新の記事
記事一覧 ≫
こんにちは、ゲストさん
◆東京の天気予報[山域を変更]
明日

晴時々曇
明後日

晴時々曇
(日本気象協会提供:2019年11月13日 17時00分発表)
[ログイン]
ユーザ登録・ログインすることで、山頂天気予報を見たり、登山履歴を登録・整理・分析して、確認できます。
NEW 山梨県 一部山域の冬期登山は計画書提出を
山梨県 一部山域の冬期登山は計画書提出を 山梨県では12月から3月までの冬期期間、八ヶ岳、南ア、富士山の一部山域で登山計画書の提出を義務化する。詳しくはこちら
NEW 登山ガイドが語る。ゴアテックスを選ぶ理由
登山ガイドが語る。ゴアテックスを選ぶ理由 山行に合う本当に必要な装備だけを揃えるという登山ガイドの武田佐和子さんに、ゴアテックス製品を選ぶ理由を聞いた
NEW スカルパの登山靴を試す! 連載「山MONO語り」
スカルパの登山靴を試す! 連載「山MONO語り」 高橋庄太郎さんのギア連載。今月はスカルパ「ZGトレック」を平標山の山行でテスト。その履き心地とは?
NEW ザ・ノース・フェイスが開発! 新しい防水透湿素材
ザ・ノース・フェイスが開発! 新しい防水透湿素材 ザ・ノース・フェイスが開発した全く新しい防水透湿素材「FUTURE LIGHT」。開発ストーリーと搭載アイテムを公開!
NEW 小林千穂さんも体感! ヒザ、腰を守るサポーター
小林千穂さんも体感! ヒザ、腰を守るサポーター 「ザムスト」のサポーターを山岳ライターの小林千穂さんと読者が体感! 登山愛好者の膝、腰のサポートに!
NEW ガイドが試した こだわりのトレッキングハット
ガイドが試した こだわりのトレッキングハット 女性のためのトレッキングハット「アルピア」。視野の広さ、収納性など、女性登山ガイドの菅野由起子さんがチェック!
紅葉登山シーズンも中盤から終盤へ
紅葉登山シーズンも中盤から終盤へ 標高1000~2000近くまで降りてきた山の紅葉。低い山でじっくりと紅葉狩りを!
渋滞の心配なし! 駅から歩いてらくらく登山。
渋滞の心配なし! 駅から歩いてらくらく登山。 日没時間が早まる時期は、アクセス時間を減らして行動時間を長くするような登山にしたい。「電車で行ける・帰れる山」で時間を短...
登山+紅葉+寺社仏閣で心落ち着く秋を愉しむ
登山+紅葉+寺社仏閣で心落ち着く秋を愉しむ 日本の山には、山岳仏教の修験の場として栄えた場所が数多い。参道沿いやの艶やかな紅葉は、繊細で心が落ち着くような美しさがあ...
冬でも歩けるアルプス! 全国のアルプスファンへ
冬でも歩けるアルプス! 全国のアルプスファンへ 日本全国にはその数は50以上あるともいわれる「ご当地アルプス」。本場を彷彿とさせる!?
秋の贅沢、秘湯+紅葉の山旅へ
秋の贅沢、秘湯+紅葉の山旅へ 温泉で山歩きの疲れをほぐし、山の幸を堪能する。日本の秋を満喫する至高の組み合わせに誘うコース七選
山で便利・安心! 登山用アプリ&GPS
山で便利・安心! 登山用アプリ&GPS スマートフォンの普及で高価で手の届かなかったGPS機器が誰でも使える! 初心者向けのノウハウから裏技まで、登山アプリとス...