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第1回:51年に及ぶ登山記録のはじめと終わりから

奈良男日記 〜一万日連続登山に挑んだ男の山と人生の記録〜
ガイド・記録 2018年07月03日

定年退職した翌日から、一日も欠かさず山へ登り続けて一万日を目指した、東浦奈良男さん。達成目前の連続9738日で倒れ、2011年12月に死去した奈良男さんの51年にも及ぶ日記から、その生き様を紐解いていく。

 

「山即人生」を貫いた人。その「最初の山行」と「最終盤の山行」

東浦奈良男さん。大正14(1925)年、大阪に生まれ、太平洋戦争が終結した昭和20(1945)年に母親の故郷である三重県度会郡小俣町(現伊勢市小俣町)へ移り住んだ。やがて、かづさんという伴侶を得て3人の子どもに恵まれ、印刷工として働きながら家族を養った。そして、定年で退職した翌日から1日1山を登る連続登山を始める。

目指したのは、1万日。

登った山は自宅から通える標高1000mに満たない低山が中心だったが、何があろうと毎日どこかの山頂に立ち、必ず家に帰った。自宅から歩くことが多いので、1日の歩行時間が10時間を超えることはザラだった。しかし、27年後、体が衰弱して歩けなくなり、約半年後に他界した。

連続登山記録、9738日。享年86歳。1万日達成まで1年を切っていた。

ぼくが奈良男さんに出会ったのは、8014日目の雨の日だった。緑色のビニールを張った菅笠を被り、作業着の上に傘から剥いだ赤い布を羽織って、長靴を履いて登っていた。平地でも山でも変わらぬ一定の速さで黙々と歩くその姿を見ていて、ぼくの中に、「どうして、こんなことをするのだろう」という素朴な疑問が湧いた。

その不可解さは強烈で、亡くなるまでの約5年間、東京から通って取材を続けた。そのことについては、『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』(小社刊)に詳しくまとめている。

抱いた疑問を紐解いていくために大きな助けとなったのが、奈良男さんが欠かさず付けていた42冊の日記を読ませてくれたことだ。そこには、奈良男さんが何を考えながら山へ向かい、山で何を得てきたか、更には、社会や人生、先祖や家族に至るすべてに対する彼の思いが詰まっていた。

「山即人生」を貫いた人。

この企画では、膨大な量の日記から、奈良男さんの人間性を強く表している部分を選び、紹介していく。

奈良男さんは連続登山をはじめる24年前から、週末、必ず山へ登っていた。その頃は、地元の山だけでなく、アルプスへも通っている。

初回は、2日分の日記を紹介したい。ひとつは、日記に綴られた最初の山行、北アルプスの乗鞍岳での様子。もうひとつは、それから51年後、体が衰弱していく中で、辛うじて長文を書けた最終盤の山行だ。

 

昭和35(1960)年8月21日の日記より

 

乗鞍岳 のぼる
同行・かづ・つなえ 快晴

馴れそめの、そもそもの山登りである。あの平湯峠の白山の神々しい姿がなかりせば、これほど病みつきにもなるまい。台風・案内所の違言・急行先更(「変更」の誤りか)すべてが、平湯峠の荘厳な一瞬に結びついたのである。荒々しい歩調で頂上を踏んだ……。四囲ただ黒々とした山岳の起伏、今では眼底深く沈んで、ぼうばくとしている。だが、小使(小遣い)を山へ集中せしめられた記念日となった。後続のバスほこり浴びる。急行車二度のりかえ。

雲海の山に打たれて生を決す
雲海の山あるかぎり金惜しむ
常の一歩がすべてを決定する

本→足→脚→扇→○

 

平成23(2011)年6月18日の日記より

大仏山

最高のベッド、山の砂と草、秋の川海へ海へと流れけり。人来たり、人去る、秋の山ベンチ、マウンテンバイク、音なく山暮るる。五十年好きにさせない風暴る。秋天を叩きては去るヘリコプター。歩道這う毛虫を待って通りけり。おいくつと聞かるる程に老いる春。さあ下山、彼方のわが家見おろつ。余り苗、その他大勢ひしめくや、田植すみ早くも水にしわがより、草茂り眠りこみたいばかりなり。マウンテンバイク通らず山下る。何を食べ、蟻の早さがうらやまし。日向ぼこ、起きれば既に日かげかな。寝ころびの最高、草と砂あれば。

寄ってくる蚊の元気さの羨やまし

 

奈良男さんと話していた時、昭和35年の乗鞍岳が初めての登山だったと言っていた。冒頭に書かれている同行者は、奥さんのかづさんと長女のつなえさんだ。この時見た雲海の彼方に浮かぶ白山の話をするとき、奈良男さんは眩しそうな表情で情景を噛みしめるようにゆっくりと話した。この約2ヶ月後には上高地へ行き、どんどん登山に魅せられていく。

欄外に記された「本→足→脚→扇→○」は、足の運び方だ。脚の付け根を意識して、扇状に振り出すとよいという意味。奈良男さんは、常に疲れない体の使い方を模索していた。そのことが、既に、最初の日記で考えられていることが分かる。

そして、51年後の日記で登った大仏山とは、奈良男さんの自宅裏にある標高53メートルの小山だ。散策路やスポーツ施設が整備され、地元の人々が憩う公園になっている。

このころ、奈良男さんは衰弱が激しく、体調が戻るまで何とか記録を繋げようと向かった山だった。普通なら10分もあれば登れてしまう丘陵だが、奈良男さんは2時間も3時間もかけて這うように登った。日記も意識が途切れ途切れなのか、詩のような描写になっている。連続登山記録が途絶えたのは、この日から一週間後の事だった。

一体、何が奈良男さんをここまで山へ突き動かしたのか。そして、山に何を見出していったのか。その真実を51年間分の日記から少しずつ紐解いていく。

注:日記の引用部は誤字脱字も含めて採録しますが、句読点を補い、意味の通じにくい部分は( )で最低限の説明を加えています。

関連情報

写真展『淋しさのかたまり~一万日連続登山に懸けた父の肖像~』

開催期間: 7月13日(金)~7月20日(金)
※7月13日(金)20:00~21:00 吉田智彦さんによるトークイベントを開催(定員20名)。

会場: ego – Art and Entertainment Gallery
〒103-0023 東京都中央区日本橋本町4-7-5

入場料: 1,000円(ワンドリンク付き)

※詳しくはギャラリーWebサイト、 もしくは、イベントWebサイトまで

 

『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』
著者 吉田 智彦
発売日 2013.06.14発売
基準価格 本体1,200円+税

amazonで購入 楽天で購入

教えてくれた人

吉田 智彦(よしだ ともひこ)

人物や旅、自然、伝統文化などを中心に執筆、撮影を行う。自然と人の関係性や旅の根源を求め、北米北極圏をカヤックで巡り、スペインやチベット、日本各地の信仰の道を歩く。埼玉県北部に伝わる小鹿野歌舞伎の撮影に10年以上通う。2012年からは保養キャンプに福島から参加した母子のポートレートを撮影し、2018年から『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で写真展を開催。福島の母子の思いと現地の実状を伝えている。
Webサイト: tomohikoyoshida.net
ブログ:https://note.mu/soul_writer

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