質問:先日、奥多摩の山で危うく下山できなくなりそうになりました。
コースタイムなどの計算から夕方4時頃には下山予定でしたが、仲間の一人が膝を痛めたために、ゆっくりとしか歩けなくなり時間がかかったからです。杉林の中の沢沿いの道は暗くなるのも早く、ヘッドランプを出して歩く暗さに・・・。ついこの間までは、6時、7時まで明るかった印象だったので焦りました。先日の台風の影響で道も荒れていて、ライトの灯りでは道なのか判断つかない箇所もありました。やっと林道に出てホッ。もし、本当に下山する道がわからなくなってしまった場合はどうすれば良いのでしょう。
無事に下山できて良かったですね。まず、ヘッドランプを全員が持っていたこと、この意味は大きいです。以前、秋に警視庁山岳救助隊が奥多摩駅前でヘッドランプの携帯有無を登山者に尋ねたところ、持っている人は半数に満たなくて「これじゃあ、下山遅れがそのまま遭難になるのも無理がない」と心配していたのを思い出します。
ただ、ヘッドランプを持っていたとしても、ライトの灯りでは周囲の状況を正確に把握できない場合も多いです。荒廃した登山道、落ち葉が積もっているところ、沢を渡った対岸の道などは特にわかりづらく、日没が早い秋は道迷いの可能性は高まります。さらに近郊の山だと、クルマのクラクションが聞こえたり、街の灯りが木の間越しにチラチラ見えたりすると「えーい、とりあえず、この斜面をおりちゃえ!」と、無理な下山をしてしまいがちで、本当に事故になった例もあります。
まずは落ち着いて、確実だった場所まで戻り、改めてルートを捜しましょう。どうしても安全な道が見つからなかったら、朝を待つしかありません。これは、“ビバーク”するということです。
まず、全員が安定して一晩過ごせる所を捜します。上からの落石の可能性がなく、転落しないような場所があると良いです。また、できるだけ風当たりが少ない場所を選びます。「今日は、ここで泊まり、ビバーク」と決めたら、着られる衣類を全部身に着けて一番外側にレインウェアを着ます。現在のレインウェアは防水透湿素材のタイプが一般的なので、単なる雨具としてだけではなく、防風衣としてもヤッケとしても使えるので、これは心強いです。
手持ちの食料は全部出して全員で管理します。コンロがあればお湯も沸かせるし、グッと過ごしやすくなるでしょう。携帯電話が通じる場合は、家族に「今夜は下山できない。でも元気だから大丈夫」と伝えましょう。
救助要請は・・・。疲労困憊していたり、ケガをしている人がいたりしない限り、翌日の朝まで待った方がよいでしょう。まずは落ち着いて、今すぐ救助が必要なのかを考えます。
横になれる状況があれば横になりましょう。この時、ツェルトがあると無いとでは大違いです。両端を木や岩角に固定すれば、ポールがなくても生活空間は確保できます(そもそも「ツェルト」とはドイツ語でテントを意味する「Zeltsack」の略)。床に敷けるレジャーシートがあれば更に良いでしょう。
また、非常事にはコンロをツェルトの下で使うこともありますが、換気ややけどなど火の扱いには十分に気をつけて使用しましょう。暖かくなり、みんなの顔にも安堵感が漂うはずです。飲み物を温めて飲み、体を暖めれば寝つきも良くなるでしょう。
さぁ、辺りが明るくなりました・・・。待ちに待った朝です。さぁ、道捜し。確実に覚えている場所まで戻れば「オイ! これ、道じゃないか。なんで判らなかったんだろう?」となることが多いです。そして、忘れてならないのは家族への電話。「ごめん、ごめん、もう大丈夫」。心配をかけた家族に必ず連絡をしましょう。
山田 哲哉
1954 年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。著書に、登山技術全書「縦走登山」(山と溪谷社)ほか、「奥秩父、山、谷、峠そして人」(東京新聞出版局)など多数。
⇒山岳ガイド「風の谷」