膝を前に・足首を柔軟に――、山を効率よく登れる「重心移動」のコツとは?

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ふだん何気なく行っている歩行運動を、理論的に考えて意識して身体を動かして、疲れにくく、トラブルを起こしにくい歩き方が身にけよう。今回はバランスよく歩くためのポイント、「重心移動」に焦点を当てる。


こんにちは、登山ガイドの野中径隆です。前回の記事では、上手く山を歩くためにはバランスを適切に保って歩くことが重要だと説明しました。

★前回記事:山を「上手く」歩くってどういうこと?

紹介した「片足立ちテスト」、試していただけましたか? このテストは詳しい知識がなくても、「段差をゆっくり片足立ちで動けるかどうか」を目安にすることで、実際に体の動きをセルフチェック出来る方法になります。今回の記事で理論的な理解を深めた上で、もう一度テストしてみると効果的です。

それでは今回のテーマ、上手にバランスを保って登るためのポイントとなる「重心移動」について解説していきます。まず、分かりやすいように2つの写真を並べてみました。

軸足にうまく乗れていない(上)と乗れている状態(下)の違い

どちらも同じ場所の同じ高さの段差を登っているシーンで、軸足の上に身体がうまく乗れていない写真(上)と乗れている写真(下)です。

この2つの写真をパッと見比べて、まず気づくのが上の写真の方が上半身が前傾している点です。しかし、一番注目してほしいのは、歩行に関わっている下半身の動きになります。

下半身の動きで注目したいのは膝の位置

とても重要な部分なので、理想的な重心移動について2点に分けて解説します。文章を読んでから、もう一度、下の比較写真を見て、体の動きを確認してみてください。

①踏み出した前足を接地したら、足首を出来る限り倒して、膝を前に出す
膝の位置の違いを確認して下さい。

②膝が前に動いた分だけ、身体重心の位置も軸足(前足)に近づいている
(身体重心)腰の位置の違いを確認して下さい

このように、下半身の動きが異なることで、身体重心が軸足に乗っているか乗っていないかの差に繋がっているのです。

写真・左では、かろうじて上半身を倒して頭部だけが軸足の上にありますが、身体重心が上手く軸足に乗っていないためバランスを保ちにくい状態です。逆に写真・右では軸足の上に腰から上の上半身を引き寄せられているので、バランスを保って立ち上がりやすい状態になっています。

このように軸足の上に身体重心が近づいた(乗った)状態で、後ろ足を踏み出すことで、片足立ちの状態でもバランスを崩しにくく、何より少ない筋力で体を持ち上げることが可能になります。

また、急勾配や大きな段差になるほど、軸足の進行方向側(つま先側)に重心を乗せる必要があります。目安として、膝がつま先よりも前に出ている状態が、前方に身体重心を移せるのでより効率的に動くことが出来ます。

ただし、足首を倒し、膝を前に出した歩き方は、脛の筋肉(前脛骨筋)への負荷が高まります。普段からランニングなどのトレーニングをしている人は問題ありませんが、山歩きしかしていない人は、この筋肉が鍛えられていない可能性があります。

少しずつ膝を前に出して歩ける時間を長く出来るように、体を徐々に馴らして筋力を上げていくことをオススメします。

もう一度、動画で動きをじっくり確認してみてください。

膝を前に出すためには足首の柔軟性が必要

上記の写真の比較では、足首の角度(前傾角度)は10度ほど異なります。10度程度ではパッと見て違いが分かりづらいですが、このわずかな差が効率的な重心移動にとっては大きな差につながっています。

今回は分かりやすくするため、「膝を前に出す」と説明していますが、重要なのは足首関節の柔軟性と、前頸骨筋の筋力を高めることにあります。足首の関節が固い人ほど、無意識に上半身の前傾だけで重心移動を行おうとする傾向があります。

現代の私たちの生活では、和式トイレの利用や和室(畳)での生活など、しゃがんで立ちあがる運動機会が少なくなり、足首関節を活用する機会が少なくなっていることが足首関節を上手く使いにくくする要因のひとつになっています。

また、登山中では荷物が重ければ重いほど、または疲れてくるほど姿勢が崩れて前傾してしまう可能性があります。背中が丸くなると肺が広がらず呼吸がしづらくなるうえに、視線が下がり足元だけを見て歩くことになります。結果的に、頭上の障害物を見落としやすくなる弊害もあります。

姿勢良く歩くことを意識することよりも、足首を上手に使って歩くことを目標にしてください。次に山を歩く際には、大きな段差や急登で踏み出した際にはぜひ、「膝が前に出せているか?」を確認しながら歩いてみてください。

分かりにくかったことやご質問がありましたら是非、メッセ―ジをお寄せ頂ければと思っています。次回は、下りでの重心移動、体の動かし方を解説する予定です。なお「山の歩き方講習会」を定期的に開催しています。詳しくはホームページをご覧ください。

プロフィール

野中径隆(のなか みちたか)

Nature Guide LIS代表。大学3年の夏に「登山の授業」で山の魅力に取りつかれ、以来、登山ガイドの道へ進む。「初心者の方が安心して登山できる」環境づくりを目標に積極的にWeb上で情報を発信するほか、テレビ出演、雑誌、ラジオなど各種メディアでも活躍中。
日本山岳ガイド協会・認定登山ガイド、かながわ山岳ガイド協会所属。
⇒ Nature Guide LISホームページ

理論がわかれば山の歩き方が変わる!

日頃、あまり客観視することのない「歩き方」。しかし山での身体のトラブルや疲労の多くは、歩き方の密接に結びついている。 あるき方を頭で理解して見つめ直せば、疲れにくい・トラブルを防ぐ歩行技術に近づいていく。本連載では、写真・動画と一緒に、歩き方を論理的に解説。

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