北アルプスの山小屋に12シーズン勤務、『黒部源流山小屋暮らし』の著者、やまとけいこさんに聞く山小屋仕事の魅力

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学生時代から山や沢を歩き、渓流釣りもたしなむイラストレーターのやまとけいこさん。黒部源流の自然に魅せられ、北アルプスの最奥部にある薬師沢小屋で12シーズン、山小屋従業員生活を続け、この春、山と溪谷社から『黒部源流山小屋暮らし』を上梓した。
本の中でも紹介されている山での生活、山小屋従業員の仕事について、やまとさんに話を聞いた。電波も通じない山小屋で働くというのはどんなことなのか、3回にわたって紹介する。

やまとけいこ さん

1974年生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学卒業。高校生の時、北アルプスに登り、山に魅了される。大学ではワンダーフォーゲル部で各地の山を縦走。社会人山岳会では沢登りに目覚め、29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。黒部源流の自然が好きで薬師沢小屋生活は12シーズンに上る。

2019年3月、山と溪谷社から『黒部源流山小屋暮らし』を上梓。

 

やまとさんご自身について。山小屋で働いたきっかけは?

美大を出たので、大学卒業後は、絵を描いて仕事にしていければいいなと思っていましたが、そんなに簡単なことではありませんでした。美術造形の仕事を見つけて、なんとか「創ること」を仕事をにすることができ、そこで働きながら、人間関係もできてきて「夏に山にこもっても、秋に戻ってきて仕事がある」という状態を作りました。その間、社会人山岳会で、沢登りをしたり、渓流釣りをしたりしました。

社会人山岳会で沢の魅力を知った


振り返ると、高校生の時に上高地に行って「日本にこんなところがあったんだ」と感激し、北アルプスの蝶ヶ岳に登ったのが、山に目覚めるきっかけでした。大学ではワンダーフォーゲル部に所属して、本格的に山登りを始めました。沢登り、岩登りなどいろいろ体験したら、沢の方が面白かった。沢って野生の匂いがするんです。大学卒業後の山歩きは、渓流釣りと沢登りが中心でした。

オフシーズンには世界各地を訪ねている


自分が歩いた中で、一番印象に強かったのが薬師沢小屋でした。目の前の沢でイワナが泳いでいて、「あそこで働きたい」というのが強くありました。29歳の時、薬師沢小屋と同じ経営である太郎平小屋で、山小屋従業員という仕事をスタートしました。

山小屋で働かなかったりした夏もありましたが、ある時から小屋の全期間で薬師沢小屋に入ることになって、薬師沢小屋の山小屋従業員として、昨年までトータルで12シーズン、6月下旬の小屋開けから10月半ばの小屋閉めまで働いています。

 

北アルプスでも最も山深いところにある薬師沢小屋

黒部川の源流、薬師岳から流れてくる薬師沢との合流点に位置していて、登山口の折立から丸一日歩いて、もしくは2日目にやっと辿り着く、北アルプスの最奥部にあります。

収容人数は60人。従業員3人、ハイシーズンにもう2人が短期で加わるような規模の山小屋です。

谷あいなので、基本的に水は豊富ですが、携帯電話の電波は全く届きません。ほかの山小屋ではこういう場所で衛星携帯電話などを設置するところもありますが、それもありません。街の生活とは完全に切り離されています。

薬師沢小屋はこんな場所にある小屋です!


外との連絡ができるのは、系列の小屋間(太郎平小屋、高天原山荘、スゴ乗越小屋)の連絡をするための無線と、遭難対策用に警察・消防ともつながっている無線の2つだけです。

電波の通じる太郎平小屋では、登山者から天気や登山道の様子を聞いてくる電話がしょっちゅうかかってきます。薬師沢小屋にはそれがありません。小屋の予約なども太郎平小屋で受けたものが、無線で連絡されます。お客さんがいないときは、沢の音だけが聞こえるという山小屋です。

 

眼の前にはイワナが泳ぐ沢 ~山小屋暮らしの良いところ~

そんな山小屋での生活の良いところは、なんと言っても大自然の真っ只中で暮らせる、ということでしょうか。

働きに来ているので、いつでも遊びにいけるわけではありませんが、住んでいる家の庭先が北アルプス、黒部源流なんて、本当に贅沢だと思います。

イワナの泳ぐ沢がすぐ近くに (C)やまとけいこ


街の会社勤めで、空調管理された中で仕事をしていると、外がどんな天気でどんな気温なのかを気にしなくても生活できるでしょう。薬師沢ではすべてが天候に左右されますが、風景が一日一日、季節に合わせて変化していくことを感じることができ、「山小屋で働いたら山に行けないのでは、飽きてしまうのでは」という心配は吹き飛びました。稜線の山小屋と違って、植生が豊かなことで、特にそう感じられるのかもしれません。

電波が届きませんが、私にはこれが本当に気楽でいいです。メールを見なくてもいいし、電話もかかってこないし。煩わしさがありません。

やまとさんが暮らす「私のお部屋」 (C)やまとけいこ


それから、山小屋の仲間ができるということも良いところです。

私自身、元々は閉じこもって絵を描いていたいタイプでしたが、小屋の生活の中で積み上げてきたのかな、楽しいことも、たいへんなことも一緒に乗り越えて、寝食を共にする仲間というのはかけがえのないものです。

遭難事故が起こって、出動要請や救助対応などのたいへんなことがあると、仲間のありがたさが身にしみます。

薬師沢小屋の従業員仲間たちと


気が合うから仲が良くなるんじゃなく、一緒にいるから仲が良くなる、という面もあります。「同じ釜のメシを食った仲」という言葉のとおりです。

閉鎖的な環境の中での人間関係はたいへんな部分もありますが、家族じゃないけど、家族のような、そういう仲間ができるのが、山小屋従業員暮らしの素晴らしいところだと思います。

 

山小屋生活のツライところは・・・?

山小屋の仕事って、「接客業」という基本があって、その内容は、調理と掃除と外作業、と言ってもよいと思います。

その中で、夏のハイシーズンの週末などに、お客さんが集中するときがあり、それはそれはたいへんです。

薬師沢小屋は、太郎平から下って来る人、高天原から上がってくる人、雲ノ平から下ってくる人が、一箇所に集まって、ここからまた各方面に散っていく、交差点みたいな場所です。人がひっきりなしに行き交います。忙しいときは、朝から晩まで小屋の中にいて、気がついたら3日も外に出ていないな、とか(笑)。

ハイシーズンの一日のスケジュール (C)やまとけいこ


本にも書きましたが、5連休となったある年のシルバーウィークなどは、お客さんがここぞとばかりに来てしまい、食事も寝床も本当にたいへんでした。ただ、肉体的にたいへんなことというのは、ハイシーズンのほんの数日のこと。過ぎてしまえば忘れてしまうもので、楽しかったことばかりが思い出されます。

それから、山小屋独特の辛さというのが遭難事故です。

毎年来ていた方が突然帰らぬ人になったり、前日楽しそうにお酒を飲んで笑っていたお客さんが翌日には冷たくなっていたり。仕方がないこと、と思うこともありますが、やはりやるせない気持ちになります。もしあの時、とか考えることはきりがなく、ただ現実を受け止めるだけです。それを受け止める間もなく、次々と日常がやってくるので、もうどうしようもないですね。あっという間に過去に過ぎ去っていきます。

大自然の真っ只中で暮らす (C)やまとけいこ


一方で、どこの社会でも同じだと思いますが本当に辛いのは、「対人間」でうまく行かなかった時でしょう。お客さんとの対応、従業員同士の関係、対人間で躓いてしまうと辛いです。山小屋の場合は、環境的に逃げ場がありません。薬師沢小屋の場合は外とのつながりもありませんので、自分で解決するしかないのです。

私の場合は、辛い時こそが、自分の成長の可能性があるときなんだ、と言い聞かせて、なんとか頑張るようにしました。喉元を過ぎても忘れないよう、その時に与えられた課題は、腑に落ちるところまできちんと向き合います。これは経験いかんに関わらず、常に向き合うことかもしれません。

出版を記念したトークイベントで。やまとさん(左)と担当編集


経験から言えることは、大切なのは、相手のことを考えているかどうか、でしょうか。

家族であっても、相手のことを思いやったり、気遣ったりといった気持ちをおざなりにしてしまうと、やはりぶつかってしまうと思うのです。家族でないならなおさら。仕事と生活が一つになっている山小屋生活ならなおさら、です。

相手のことを考えて、気遣って、ということをきちんとやっていると、自然と仕事もきちんとできてくることを実感しています。

***

やまとさんの山小屋従業員生活、いかがでしたか? 第2回は、山小屋生活での失敗談、山小屋での人間関係について、ほかをエピソードを交えて紹介していきます。

 

『黒部源流山小屋暮らし』

北アルプスの中でも、黒部川源流の岸辺という特殊な環境にある薬師沢小屋。電波も届かない山奥で、どのような暮らしがあり、どのような出来事が起こるのか。
薬師沢小屋で働いて12年になるイラストレーターのやまとけいこさんが、小屋開けから小屋閉めまでのリアルな山小屋ライフを、楽しい文章とイラストで紹介。

著者:やまとけいこ
発売日:2019年3月16日
価格:本体価格1,300円(税別)
体裁:四六判192ページ
ISBNコード:9784635330749
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2819330740.html

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プロフィール

やまとけいこ

1974年愛知県生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学油絵学科卒業。29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。シーズンオフは美術の仕事やイラストレーターとしての仕事をして過ごし、世界各地へ旅している。
イラストレーターとして『山と溪谷』などの雑誌で活動するほか、アウトドアブランド「Foxfire」のTシャツイラストも手がける。美術造形の仕事では、各地の美術館、博物館のほか、飲食施設等にも制作物が展示されている。著書に『蝸牛登山画帖』『黒部源流山小屋暮らし』(山と溪谷社)。

「山小屋で働く」ということ

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