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ついに北陸のヤブ山3座に登頂。そして残雪の頸城山塊へ。幾度もの計画変更とハードなスキー縦走の旅を振り返る

田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き」旅先インタビュー
ガイド・記録 2019年06月12日

日本3百名山ひと筆書きに挑戦中の田中陽希さん。右手指の骨折のために諦めた北陸のヤブの山3座に、半年ぶりに戻り、残雪期の3月に登頂を果たす! 次はスキー縦走で妙高山、火打山のある頸城山塊へと向かうのだが、4月上旬の季節外れの大雪によって計画変更を余儀なくされた。雪のコンディションに合わせ、次々とルートを変えて進んだ4月の山旅を振り返る。

POINT
  • ついに! 登り残してしまった北陸のヤブの山3座を登頂
  • 4月上旬の大雪で、計画を大きく変更
  • 日々変わる雪のコンディション。スキー縦走で疲労もピークに

 

昨夏に登れなかった北陸の3座へ。笈ヶ岳にも登頂を果たす!

登り残していたヤブ山3座のうち、最初に登るのは野伏ヶ岳です。6ヶ月越しの登山となりました。この旅で初めてのスキー登山で挑みました。3月ですが、4、5月くらいの積雪量、例年の5分の一程度とのことでした。 青空と真っ白な雪、最高のコンディションで、半年前に登った周囲の山々の雰囲気も違っていました。

ヤブの山は「真っ白いステージ」になっていた

この日は、気温が高く暖かかったため、山頂でのんびり2時間ほど過ごしました。下山はスキー滑走でしたが、灌木も出ていたので、2時間かけて慎重に下りました。 ヤブ山3座の1つ目を登って感じたことは、この旅では、計画通りにいかないことが多く、半年先のことはわからない。そんな中で、半年後の残雪期に戻ってくることを決断して、それをきちっと実行できた、という心地よい充実感でした。

白川村への移動の途中、長良川の源流を訪ねる。白川郷へ半年ぶりに戻ってきた

白川村に移動し、半年前と同じ宿に再び宿泊。「おかえりなさい」と迎えられたのが嬉しかったです。3月24日は雪で足止めとなりましたが、半年待ったんだから良いコンディションで登りたいと、気持ちの余裕もありました。

138座目となる猿ヶ馬場山は三百名山のひとつ。夏はルートのない山で、山頂がどこだか判らないくらいの笹の山です。雪が少なかったので、スキーはやめて、アイゼンとワカンで登りました。前日に降雪があったことで、霧氷が付いていました。コンディションが良く、雪で覆われ、展望のよい山頂でした。冬に登ってこそ、この山の良さ、山の表情がよく見えるのだと実感しました。

夏はヤブが深く、ルートがない猿ヶ馬場山。雪に覆われることで展望が開ける

翌3月26日、笈ヶ岳縦走へ出発しました。雪洞を使った2泊3日の計画です。ほかの2座とは違い、3日分の食料を持つので、今年一番の重装備となりました。白川郷から三方岩岳へ登り、稜線をつないで国見山へ。そこから笈ヶ岳を往復するルートです。

笈ヶ岳へは雪洞泊の縦走で挑んだ

半年ぶりとなる三方岩岳から、大笠山、笈ヶ岳が見えました。宿泊地の国見山はのっぺりとした山で、12時頃に到着。翌朝のご来光が見えるよう、3時間かけて東向きの立派な雪洞を掘りました。 この日は不安定な天気で、深夜、雪洞の上に落雷があり、後頭部をドンと叩かれたような衝撃に襲われました。

翌朝は北アルプスからのご来光を受けて出発しました。前夜の荒天でアラレが10cm近く積り、カチコチになっていました。雪庇、ナイフリッジに緊張しながら、2時間半で到達。4年ぶりの登頂を果たしました。

二百名山の時に、もっとも苦労したのが笈ヶ岳。今回も遠回りし、決して簡単ではなかった

前日より天候が崩れるのが早く、風も強かったため、山頂滞在はわずか10分ほどでしたが、二百名山のときにあれだけ苦労した頂に、今度は、一度断念して残雪期に戻ってくるという形で登頂することができて、感無量でした。「2度と登りたくない」なんて言ってごめんなさい、と山にお詫びをしました。

「笈ヶ岳さん、2度と登りたくないなんて言ってごめんなさい」。感無量の瞬間

雷雨の天気予報だったため、縦走を1日減らし、2日で切り上げることになりました。国見山の雪洞を撤収して、往路を戻り、三方岩岳から白川郷へ。緊張から解放され、疲れがどっと出ました。

終わってみると、この3座を残して先に進んできたことは正解だった、と感じることができました。

これで登り残した山はなくなり、白川村で5泊過ごした宿を出発しました。

富山へ向けて進むのですが、すでに登ったことのある人形山へ向かいました。笈ヶ岳の途中の三方岩岳のように、縦走や往復のルート上で2度通過したピークはいくつかありますが(編集部註:三方岩岳は、白山からの縦走で登頂している)、ひと筆書きの旅において、単独の山で、2回登った山は人形山が初めてです。

2度目の人形山、周囲の山も夏と冬では様子が違っていた。山頂で「人」のポーズ?

人形山は、昨夏、台風停滞後に登ったので展望が良くなく、このエリアでは心残りだった山のひとつでした。今回はNHKの撮影チームは同行せず、雪山を一人で満喫しました。山頂からは前回見られなかった展望が見られ、満足な山行になりました。山を超えて富山県側へ下山しました。

新元号が発表された4月1日は富山市内にいました。富山城を見たのちに、富山市内の街頭のスクリーンで「令和」の発表を見ました。

富山市内では富山城を見たのち、街頭のスクリーンで「令和」の発表を見る

翌日には「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」のスタート地点に立ち寄りました。ここに来たのは、10年ぶりですが、大会は深夜0時にスタートだったため、スタート地点の記憶はあまりありません。

TJARは、日本海から太平洋まで、日本アルプスを越えてつなぐ400km超の山岳レース。僕の記録は6日と23時間で、当時の自分にとっては、この日数、距離が最長の旅でした。

あれから10年――。当時は参加者が少ないマニアな大会だったのが、今はテレビでも放送され、知名度が上がりました。GPS機器が発達し、レースのリアルタイムな情報も、多くの人が発信し、多くの人がそれを見るようになり、隔世の感があります。

僕自身も、10年経つ間に、ひと筆書きチャレンジで日本縦断を2回歩いて、今は3回目。400kmという距離の捉え方も大きく変わったなと感じたのでした。

10年ぶりにTJARのスタート地点に立った

翌日、この旅初めて新潟県に入りました。これで足を踏み入れていないのは、東北5県と北海道になりました。

この旅で初めて新潟県へ

 

季節外れの雪。臨機応変な計画変更、ルート変更で、焦らずに一座一座と向き合う

4月4日、140座目となる、三百名山の青海黒姫山へ登りました。3日間の強い寒波で、日本海に近いこの山はずっと晴れず、降雪していた様子でした。雪崩のリスクが高まって、登れるのかの判断が難しくなっていました。この山では、4、5月には、例年、全層雪崩が起こっていると聞きました。実際に、行ってみると雪崩の痕(デブリ)が発生していました。コースの高低図だとなだらかに見えるのですが、かなり急勾配。慎重に登っていきましたが、「登りたい」と「登れる」の狭間の、紙一重のところを歩いていました。

雪が落ちた痕が見られるかなりの急勾配を進んでいく。山頂でヤマネチ!

実はこの青海黒姫山に登る前から、その後の計画を変更していて、次は頸城山塊ではなく、北へ進んで、米山に登ることに決めていました。

石灰岩質の青海黒姫山は、「ドリーネ」と呼ばれる空洞でボコボコとして見える

実際に山頂から見た妙高の山々は、1、2月よりも雪が多いんじゃないか、という厳冬期の様子。標高1000m付近では、一晩で1mも積もったという情報もあり、今日明日で融けるようには見えませんでした。

黒姫山から頸城山塊を見ると、厳冬期のような雪の量だった

頸城山塊を先延ばしにして米山に向かう途中、翡翠(ひすい)が取れるという糸魚川の翡翠海岸で「翡翠探し」をやってみました。特徴を聞いて、拾ってみましたが、結果全部ハズレ! でも、ワクワクする時間でした。

 

どれが翡翠かな?

4月6日は僕の番組の放送日、BS放送を観られる宿を予約したので、がんばって42km移動しました。

BS放送が部屋で見られる宿は実は少ない。一日42kmの長距離移動で番組を見ることができた!

141座目の米山(よねやま)は、「越後富士」とも呼ばれ、地元の人は親しみを込めて「よねやまさん」呼んでいる山です。白山を開山した泰澄大師が開いた信仰の山で、地元の方に伺った「米山」の山名の由来も面白いものでした。 山頂で感じたのは、新潟は、海・山・街が近い、ということ。山の上から、先々渡る予定の佐渡ヶ島が、思っていた以上に近くに見えました。

米山では山麓にはカタクリが咲いていたが、山頂では雪の中だった

米山から戻り、上越市を経由して妙高高原へ。妙高高原は、学生時代にクロスカントリースキーの合宿や大会で来ていた場所です。学生時代に戻った気分で、池の平でクロスカントリースキーをして休養日を過ごしました。

スキーに縁が深い陽希さん。日本で初めてスキーを教えたレルヒ少佐の記念館を訪れた

妙高・火打のスキー縦走には、3日間晴れる、という日を狙わなくてはならず、天気予報とにらめっこが続きました。

学生時代に戻った気分でクロスカントリースキー。休養日を使ってリフレッシュできた

3日の晴れ間までは、もう少し待たなくてはらないと判断したので、先に日帰りで行ける斑尾山に向かいました。妙高高原からは、ロードを片道10km歩き、許可をいただいて営業終了後のゲレンデを登り、斑尾山を目指しました。ロードの往復をスキーとブーツを担いでいくのは辛いので、ワカンで登ることにしました。

斑尾山へはワカンで。山の上からは、しっかり雪のついた頸城山塊が見えた

この日はポカポカの天気で、山頂で昼寝ができるほどでした。下山の時、大明神岳から北信五岳、北アルプスの大展望が得られました。数日間、天気が悪く、妙高山の姿が見えていなかったのですが、斑尾山に来て、雪がしっかり付いているな、というのがよく見えました。 翌日は、妙高山に向けて、池ノ峰付近まで下見に行きました。スキー縦走が初めてということと、雪の様子も変わっているためで、ここでも予定を変更し、笹ヶ峰から確実に登れそうなルートを取ることを決めました。

 

このエリアの核心へ。頸城山塊の山々を重装備のスキー縦走で登っていく

4月16日、頸城山塊のスキー縦走を開始しました。4日分、16,000kcalの食料を含む25kgの荷物で出発。スキーじゃないと潜ってしまうくらいの重量です。下見したルートから、高谷池ヒュッテの冬季小屋スペースで宿泊しました。

25kgの荷物で頸城山塊のスキー縦走をスタート

妙高山は頸城山塊で最も難易度が高い山です。この日のルートは、高谷池ヒュッテからの日帰り往復ですが、スキー縦走では最初の山なので、慎重に進みました。スキーはスピードが出る分、ケガの確率も高まります。妙高山は外輪山から一度下って、再び頂上へ向かう地形で、外輪山からの下りは特に慎重になりました。はたして外輪山から下れるのか、どこを下ったら良いのか、雪の状況は行ってみないとわからないことが多く、都度、細かい判断が必要でした。外輪山から中に下れば、雪崩に巻き込まれる可能性も高くなります。出発前に地元の方に話しても、この時期に登るの? と聞かれていて、身が引き締まる思いでした。

スキー縦走最初にして最難という妙高山に無事登頂した

最後の急登も厳しく、そのため達成感も大きく、山頂で歓喜の雄叫びを上げたのでした。一度下って外輪山に登り返し、高谷池ヒュッテに慎重に戻りました。

4月18日、火打山へは高谷池ヒュッテから登りました。天候の移り方を見て、この日に下山することにしたため、日の出とともに行動開始しました。火打山周辺では希少なライチョウ、それも初めて冬毛のライチョウを見ました。5年前にも火打山でライチョウを見ているので、山からのご褒美だと感じました。

2時間弱で登頂。山頂からは焼山、雨飾山が見えました。焼山は眼の前に見えるけど、縦走はせず、一度、下山します。火打山からは難所といわれる「胴抜けキレット」は見えませんでした。

火打山で「火」のポーズ。山頂からは焼山、雨飾山が間近に見えた

高谷池ヒュッテに戻ってから鍋倉谷を杉野沢橋へ下り、小谷温泉に向かって乙見山峠を越えました。林道では長野県側が急峻で、急激に気温が上がったこともあり、雪崩が起こっていました。冬眠から覚めて活動を始めたクマも見ました。4日の予定だった縦走を3日で切り上げ、なんとか小谷温泉に下山しました。

雪に埋もれた林道を進み、乙見山峠を超えて、小谷温泉へ

翌4月19日は休養日としたものの、その後の計画を、小谷温泉−雨飾山−焼山−小谷温泉への往復ではなく、焼山から黒姫山に向かって南下する、2泊3日の縦走ルートに変更することにししました。刻一刻と変化する山の状況、雪の状況に合わせて、適切に臨機応変に、ルートを変更していくしかありません。まるでアドベンチャーレースの「トランジション」のような慌ただしさで、準備に追われる一日となりました。

雨飾山、焼山のスキー縦走へ出発。笹平までは急な斜面を登っていく

小谷温泉から再び2泊3日のスキー縦走へ、20kgの荷物で出発しました。途中、大きな雪崩の痕が見られたため、黒沢出合からは尾根道を選択し、スキーで登っていきます。笹平までは直登。そこから荷物をデポして山頂を往復しました。雨飾山の山頂からは能登半島、富山湾、そして北アルプスの山並みが見えました。 スキー縦走しやすい尾根を東に進み、金山付近で雪洞泊。焼山に向けて準備しました。

雨飾山から雪をたっぷりかぶった北アルプスの山並みが見えた。金山付近で雪洞泊

次の焼山は三百名山のひとつで、初めて登る山です。活火山なのですが、2018年末に火山規制が解除されていて、この残雪期に登るチャンスが得られたのは奇跡的でした。 雪洞泊した金山からは2時間で焼山の山頂に立つことができました。山頂の東側には火口からの噴煙が見られ、火打山へ通じる稜線の難所「胴抜けキレット」が見えました。火打山からは見えなかったのですが、焼山から改めて見てみると、数百メートルは続くキレットで、この雪の中、とても火打山から縦走できるとは思えません。火打山から眼の前に見えていても繋げない稜線。その意味がわかりました。

焼山山頂付近から、数日前に登った火打山、妙高山方面を見渡す

真川に向かって南にスキーで下山して笹ヶ峰に抜け、この日は笹ヶ峰で野宿となりました。スキー縦走の緊張感、精神的なプレッシャーで、肉体的にも疲労が増していました。さらに、連日、硬いスキーブーツを履いているため、足の指に痛みも出ていました。

スキー縦走の最終日、疲労はピークに

2回目のスキー縦走の3日目は、疲れがたまっているなかで、笹ヶ峰から歩き出し、西側から黒姫山を目指しました。西登山口から登り、外輪山で昼ごはんを食べ、13時頃、4年ぶりの黒姫山山頂に立ちました。前回とは違うルート、縦走の最終日で、かなりヘロヘロの状態でしたが、天気に救われ、必死に登りました。

山頂では雪をかき分けて参道を作り、お参りした

雪に埋もれていた社を掘り起こし、雪をかき分けて参道を作り、お参りしました。戸隠方面に向かって南西の大橋登山口に下山して、スキー縦走が終わりました。

3日ぶりの風呂と布団で精神的にはリフレッシュできましたが、身体は十分に回復せず、疲労度がマックスの状態でした。高妻山、戸隠山もありましたが、体調や天候を優先し、翌日は、飯縄山に登ることにしました。

言うことを聞かない重い体を引きずるように飯綱山へ向かった

戸隠スキー場-瑪瑙山-飯縄山の往復ルートですが、この1週間の疲労で身体が言うことを聞いてくれません。ただ、この日も天候がよいのが救いでした。飯縄山に4年ぶりに登頂し、飯綱大権現にお参りしました。

山頂からの展望が良く、改めて、長野県はたくさんの山に囲まれている、と感じたのでした。

長野は山に囲まれていると感じた飯縄山の山頂

こうして頸城山塊のスキー縦走3日×2回を振り返ると、常に天気や雪の状態を考えて、ルートを選んでの繰り返し。想像以上の体力・気力が必要でしたが、同時に新たな挑戦ができ、達成することができました。

4月の雪で積雪量が増えたため、計画を変更して米山を先に登り、2週間ずらしました。柔軟に計画を変更したことで、残雪が落ち着くのを待って登れたと捉えることもできるでしょう。

身体的には、アドベンチャーレースをひとレース終わったくらいの疲労を感じていて、回復には1週間くらい要するだろうと感じていました。高妻山、戸隠山と、大きな山が控えていたのですが、このあと数日は天候が悪いため、戸隠の里で身体を休めることができる「恵みの雨」となりました。

*****

田中陽希さんの旅は、まだまだ残雪の残る上越・信越国境の山々へと続く!

 

取材日:2019年5月14日
写真提供:グレートトラバース事務局

 

関連リンク

人力10,000kmの山旅。日本3百名山ひと筆書きに挑戦中の田中陽希さんを応援しよう!
もっと知りたいという方は、ウェブサイトで。
グレートトラバース事務局ウェブサイト
http://www.greattraverse.com/

 

今回のレポートで登った山のまとめ

野伏ヶ岳 [3月20日]

猿が馬場山 [3月25日]

笈ヶ岳 [3月27日]

青海黒姫山 [4月4日]

米山 [4月8日]

斑尾山 [4月13日]

妙高山 [4月17日]

火打山 [4月18日]

雨飾山 [4月20日]

焼山 [4月21日]

黒姫山 [4月22日]

飯綱山 [4月23日]

教えてくれた人

田中 陽希

1983年、埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりチームイーストウインドに所属する。陸上と海上を人力のみで進む「日本百名山ひと筆書き」「日本2百名山ひと筆書き」を達成。イーストウインドの次期キャプテンとして期待される。
2018年1月1日から「日本3百名山ひと筆書き グレートトラバース3」に挑戦中!

http://www.greattraverse.com/

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