小屋泊経験も登山経験もゼロで山小屋へ!? 山小屋バイトの実態を執筆したライター・吉玉サキさんに聞く山小屋の「イメージと現実」

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北アルプスの山小屋で約10年間働いた経験を持つフリーライターの吉玉サキさん。なんと登山経験ゼロのまま山小屋で働きはじめたそう。そんな吉玉さんに、登山者からは見えない山小屋の裏話を聞いた。第1回目は、山小屋で働くきっかけや、山小屋仕事の実態について。

吉玉サキ さん

北アルプスの山小屋で約10年間働いたのち、2018年からライターに転身。webメディア“cakes”で山小屋エッセイ「小屋ガール通信」を連載中。2019年6月に、同連載の書籍化である『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)を上梓。イラストレーターの夫と都内でふたり暮らしの30代。

 

私は社会不適格者? 山小屋アルバイトのきっかけ


―― まずは、山小屋で働き始めたきっかけを教えてください。

吉玉さん:きっかけは、会社を辞めてしまって落ち込んでるときに、幼なじみに勧められたことです。

学校を出てから東京の小さな広告代理店に就職したのですが、営業がつらくて心身の調子を崩してしまい、半年も経たずに会社を辞めてしまいました。そんな自分が情けなくて、「私みたいな社会不適合者にできる仕事なんてない」と落ち込んでいました。

そんなとき、山小屋で働いてた幼なじみが下山してきたんです。私は登山をしたことがなくて、山小屋がどんなところか想像できませんでした。でも、幼なじみの話を聞いて、山小屋に興味を持ちました。

 

―― 山小屋のどんなところに興味を持ったのでしょう?

吉玉さん:幼なじみが、「山には山の社会がある」って言ったんです。それを聞いて、もしかして自分にも適応できる社会があるのかも、と思いました。

それで、山小屋に履歴書を出しました。登山の経験はなくて、山小屋のアルバイトで入山するときに、初めて本格的な登山を経験しました。

 


―― 初めての登山や山小屋はどうでしたか?

吉玉さん:驚きの連続でした。電気は発電機だし、水は沢から汲み上げているし、接客も下界のサービス業とは違うし。山小屋って、山奥の温泉旅館とかペンションのようなイメージだったので、全然違ってビックリしました。

 

―― 仕事にはすぐに慣れましたか?

吉玉さん:慣れました。山小屋の仕事は、調理、配膳、接客、掃除がメインです。誰にでもできるかは分からないけど、私には向いていたみたいです。

チームで仕事にあたるので個人の力量をそれほど問われないし、新人は言われたことをこなせばいい。ただし、役職がつくといろいろと責任も増えるのですが、それはどの仕事でも同じですよね。

 

―― 山小屋の仕事を10年も続けた理由は?

吉玉さん:会社勤めで挫折したので、「私にもできる!」と思えたのが嬉しくて、そのまま続けてたら10年経ってました(笑)

ただ、私みたいに、下界の仕事に適応できなくて山小屋に来た人のほうが少数です。今は、「下界でも働けるけど自ら山小屋を選択する人」がほとんどですね。

 

景色を見る余裕もない! 繁忙期の山小屋、そしてアルバイトの現実は?

 

―― 自然の中で働くと、自然に癒されるものでしょうか?

吉玉さん:それ、よく聞かれるんですけど、まったく癒されません! 山小屋の繁忙期は本当に忙しく、外の景色を見られない日もあります。少なくとも私は、働いていて癒しを感じることはありませんでした。

でも、お客様が自然や山に癒されるのはとても嬉しいです。そういう時間を提供するのが仕事なので。

 

―― そうなんですね。イメージと違いました。

吉玉さん:山小屋で働いていたというと、「自然に癒やされる」「寝食をともにする仲間との友情が……」といったキラキラした体験談を求められることが多いのですが、従業員はもっとドライです。「まぁ、仕事だからね~」という感覚でやっています。

山小屋は、お客様にとっては非日常だけど、私たちにとっては日常です。今は携帯の電波も入るし、小屋によってはWi-Fiもあります。社会から隔絶された世界ではなく、下界と地続きです。決して「桃源郷」ではないんです。

私は、そういう山小屋のリアルが好きです。長時間労働や人間関係のストレスなど、生々しいところも含めて好きですね。

 

―― 山小屋の仕事はどのくらい忙しいのでしょうか?

吉玉さん:繁忙期の早番だと、深夜の3時に仕事開始です。起床時間は決まってなくて、始業時間の3分前に起きてもOKです。

一日のタイムスケジュールは、お客様の人数によって違います。一度に食堂に入れる人数が限られているので、お客様の食事を複数回に分けるんです。ご存知の方もいるかもしれませんが、これを「回戦」と呼びます。1回戦の日と3回戦の日では、忙しさがまったく違います。また、食事の時刻も、日の出・日の入りの時刻に合わせて変えています。

 


吉玉さん:お客様の朝食が終わると、従業員の食事は7時くらいから。掃除、ミーティング、布団干しなどを終えると、10時の「お茶」です。これは休憩ではなく、みんな揃ってのティータイム。10時と3時がお茶の時間です。そういう慣習なんです。すごくいいですよね。

その後は、ランチ営業をしながら夕食の仕込みをします。ランチ営業も、日によってはすごく大変です。ツアーが立ち寄るときは何十人分をいっぺんに出さないといけないですから。その間も、宿泊のお客様が続々と到着するので、受付やお部屋へのご案内があります。忙しいので、従業員の昼食は交代制です。

 

―― 休憩はないのでしょうか?

吉玉さん:あります。午後になって夕食の仕込みがひととおり終わると、交替で休憩をとります。

そして、夕方の17時から17時半にはお客様の夕食が始まるので、その1時間前から準備を開始します。スタッフの夕食は、うまくいけば19時頃。そして21時には消灯です。繁忙期の週末などは、スタッフの食事が21時近くなって、食べてすぐ就寝ということもありました。

 

山小屋仕事のいいところは・・・「シンプル」であること


―― 吉玉さんにとって、山小屋の仕事の魅力とはなんでしょうか?

吉玉さん:シンプルであること、でしょうか。仕事と暮らしが直結しているところ。山小屋の暮らしは実にシンプルです。朝起きて、くたくたになるまで働いて、寝る。そこが好きです。

それに、仕事内容も単純明快です。お腹が空いてる方にご飯を作って出すとか、寒さをしのいでぐっすり眠れるように、暖かくて清潔な寝床を用意しておくとか。それって、ダイレクトにお客様の役に立つことなので、仕事していて「あれ? 私、なんのためにこんなことしてるんだろう?」と虚しくなることがないです。集客のための過剰な営業努力とか、接待とかないですし。

安全登山のために必要な最低限のことを提供して、対価をいただく。とてもシンプルな仕組みだと思いませんか。

 

―― なるほど。下界の仕事との違いはありますか?

吉玉さん:山小屋もサービス業ですが、接客も街とは違います。必要以上にへりくだることがないですね。

たとえば、山小屋には数種類のジュースを置いてありますが、取り扱ってない銘柄を指定されて、「○○ないんですか?」と聞かれることがあります。そういうとき、山小屋だと軽く「すみません、置いてないんですよ~」って言います。下界のお店だと、すごく大げさに「申し訳ございません!」って言ったりしますよね。でも、別にそこまでの罪ではないと思うんです。

お客様も山小屋側も、人間同士のコミュニケーションですから。お互い笑顔で意思を疎通できたら、それで十分だと思います。

 

―― 他に、山小屋で働いてよかったことはありますか?

吉玉さん:健康的になったことです。規則正しい生活だし、通勤時間はゼロだし、頭より体を動かす仕事だし。あと、友達がたくさんできたことと、夫と出会ったことです。

 

 

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吉玉サキさんの体験談、いかがでしたか? 山が好きで山小屋の従業員になる人も大勢います。一方で、山に登っていたわけでも山が好きだったわけでもなく、山小屋で働くことになって、働き続けるという人もいるのですね。

次回は気になる山小屋の人間関係、恋愛事情について聞いていきます。

 

『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社刊)

著者:吉玉サキ
発売日:2019年6月21日
価格:本体価格1,400円(税別)
体裁:四六判232ページ
ISBNコード:9784582838077

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プロフィール

吉玉サキ

北アルプスの山小屋で約10年間働いたのち、2018年からライターに転身。webメディア“cakes”で山小屋エッセイ「小屋ガール通信」を連載中。2019年6月に、同連載の書籍化である『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)を上梓。イラストレーターの夫と都内でふたり暮らしの30代。

■webメディア“cakes”
吉玉サキさんの連載「小屋ガール通信」(有料コンテンツ)
https://cakes.mu/series/4149

「山小屋で働く」ということ

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