山小屋で働いてみたい人、必読! 『黒部源流山小屋暮らし』の著者、やまとけいこさんに聞く、山小屋従業員生活の魅力、第2弾
山登り、沢登りが大好きで「仕事をするならこの小屋で!」と黒部源流の薬師沢小屋に入り、12シーズンに渡って従業員生活を送る、山と旅のイラストレーターやまとけいこさん。山小屋従業員生活っていったい? というインタビュー第2弾では、山小屋生活での失敗談や、従業員同士の人間関係について、お話をうかがった。
やまとけいこ さん
1974年生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学卒業。高校生の時、北アルプスに登り、山に魅了される。大学ではワンダーフォーゲル部で各地の山を縦走。社会人山岳会では沢登りに目覚め、29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。黒部源流の自然が好きで薬師沢小屋生活は12シーズンに上る。
2019年3月、山と溪谷社から『黒部源流山小屋暮らし』を上梓。
「ネズミ算式」に増えてしまったネズミ! 山小屋生活での失敗談
薬師沢小屋での生活において、とても大切なのが、食材の管理です。
薬師沢小屋は、冷蔵庫を使っておらず、冷凍専門の「ストッカー」を使っているだけで、数回のヘリ輸送でシーズンをうまく乗り切らなくてはなりません。
野菜の保存方法も工夫しています。詳しくは本書に書きましたが、空輸された野菜を、濡れたり、湿気を持ったりしないようにして、冷暗所で保存しています。キャベツ、トマト、キュウリ、長ネギ、それぞれ、これまでの経験から保存方法が工夫されています。
そんな食材ですが、野生動物にとっても食料であることは間違いありません。
野ネズミとの攻防は常にあり、ネズミ捕りの仕掛けが欠かせなないのですが、ある年、食料を頑丈に守ればいいからと、ネズミ捕りを仕掛けなかったのですが、しばらくすると爆発的にネズミが増えてしまいました。
食材だけでなく、保存容器やダンボールにもネズミが齧る被害が出てしまい、ネズミ捕りナシの作戦は大失敗。ネズミ捕りを仕掛けざるを得ませんでした。
野生生物が食べること、生きることに必死なことを、まざまざと見せつけられたという体験でもありました。
あとは、なんと言っても、スタッフ大勢で「キノコ中毒」になったことでしょうか。
今では笑い話にできますが、あの日は本当にたいへんだった・・・。ここでは書きませんので、ぜひ本を読んでください。
「同じ釜の飯を食った仲」。山小屋での人間関係は?
薬師沢小屋の場合、かなり閉鎖的な環境で3~5人の従業員が共同生活をします。小さな小屋なので人間関係はとても大切です。
小さい小屋では特にオールマイティになんでもやらなくてはなりません。基本的にはすべてのことができるように努力します。
しかし、山小屋の仕事は、力仕事が多いのが現実です。小屋に入りたての頃は、なんでもやってみたくて、外作業を手伝ったりもしましたが、男性の力にはかないませんでした。
一方で、男性陣は、山小屋には女性がいたほうが良いと言います。男性・女性という分け方だけではないのですが、力持ちの人は力の必要な仕事に、力の弱い人は力をあまり使わない仕事に、機械に強い人は設備の仕事に、とか、お互いの得意不得意を知り、力を発揮する場所を見つけながら、苦手なことにも取り組みながら、山小屋がよりよく回るような関係を築いていくのがコツでしょうか。
お互いに距離が近いから、仲が良くなります。毎日一緒にいるので、いいところが見えてきます。
気が合うから仲が良くなるんじゃなく、いつも一緒にいて、多少の合う・合わないはあるにしても、お互い気遣いをするから仲良くなれるのだと思います。
寝食を共にしていても、そこが家族関係とは少し違うところかもしれません。
私は従業員の中でも年輩になってきましたし、最近の若いアルバイトの子たちは、娘や息子であってもおかしくない年齢なので、「プチお母さん気分」です。
ですので、小屋の従業員のみんながストレスを抱えないように、疲れていそうなら休ませたり、外に遊びに行かせたり、とても気を使います。相手の心配もするし、今日何食べたい? 今日ちょっと飲まない? みたいな会話もあります。
反対に、自分がカリカリしないように、疲れた時は疲れたと言って、休ませてもらうこともあります。
みんなが楽しく仕事できることが、仕事を上手に回すことに直結します。
私自身は、元々、閉じこもって絵を描いていたいタイプだったけど、自分の考え方、人への接し方は、12年の小屋の生活の経験によって積み上げてきたのかなぁと思います。
短期で、1シーズンで、だと、そこまでにはならなくて、山の環境、山小屋生活、接客業ということに慣れるので精一杯になってしまいます。
1シーズンでアルバイトが終わっても、楽しかった思い出があって、小屋が好きになってくれると、夏休みとか作って遊びに来てくれることもあります(そういう再会はとても嬉しいものです)。
一緒にご飯を食べて寝泊まりしてた仲間という関係は他の仕事では得られない関係だと思います。
山小屋にいるから見えてくるいろんな登山者
私にとっての山は、登りに行く山ではなく、生活の場としての山になりました。同じ場所にいるから見えてくるものがあります。
特にハイシーズンには、たくさんの登山者の方に接します。
ここは山小屋、その中でも最も山奥の小屋だというのに、たまに困ったリクエストをする人がいます。できないことは、できないのに。もちろん、できる範囲は対応したいんですが・・・。
山に来ると普段よりも人間らしさが表れるというのでしょうか。いろんな人がいるんだなあというのを感じます。
対自然だと、どうにもならないものがありますが、対人間だと、こちらの心持ち次第で変わる、お互いの気持ちで成り立つものだなと思います。
常連さんにも、いろんな方がいます。
小屋開けとともに来る人、夏に来る人とか、「そろそろあの人くるかな」なんて話をしているとホントに来る人とか――。
年配の登山者の方も多いので、父や母のようにも見えてしまいます。年配の常連さんで、毎年徐々に到着時間が遅くなって、「来年これるかな」って言ってる人もいます。
従業員歴が長くなったので、常連さんとの再会するのも楽しみのひとつになっています。
従業員さん、アルバイトさんも、いろんな人がきます。
毎年、富山のスキー部に所属する学生が短期バイトに来たりするのですが、スポーツ系の部活動の子たちは、しっかりしていて馴染むのも早い子が多いです。
山小屋に泊まったことのない人が、アルバイトで初めて山に登ってきて、いきなり山小屋の生活が始まる、ということもあります。初めは驚くことだらけ、うまくいかないこともありますが、次第に慣れてきます。
接客業としての経験値も上がってきて、いろんな登山者の方に対応できるようになっていきます。
楽しかった、と思ってくれたら、翌年も働きに来てくれるかなぁ。大変なだけで、疲れるだけで、下山を迎えたらかわいそうなので、そのあたりも気を使います。
私自身、最初はできないことが多いなかで、先輩たちに見守られて、ここまでできるようになったのですから、はじめの頃に経験したことを忘れずに、アルバイトさんとも接しています。
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やまとさんの山小屋従業員生活、いかがでしたか? 第3回は、山小屋の裏話、労働時間や、著書『黒部源流山小屋暮らし』について伺います。
『黒部源流山小屋暮らし』
北アルプスの中でも、黒部川源流の岸辺という特殊な環境にある薬師沢小屋。電波も届かない山奥で、どのような暮らしがあり、どのような出来事が起こるのか。
薬師沢小屋で働いて12年になるイラストレーターのやまとけいこさんが、小屋開けから小屋閉めまでのリアルな山小屋ライフを、楽しい文章とイラストで紹介。
著者:やまとけいこ
発売日:2019年3月16日
価格:本体価格1,300円(税別)
体裁:四六判192ページ
ISBNコード:9784635330749
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2819330740.html
プロフィール
やまとけいこ
1974年愛知県生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学油絵学科卒業。29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。シーズンオフは美術の仕事やイラストレーターとしての仕事をして過ごし、世界各地へ旅している。
イラストレーターとして『山と溪谷』などの雑誌で活動するほか、アウトドアブランド「Foxfire」のTシャツイラストも手がける。美術造形の仕事では、各地の美術館、博物館のほか、飲食施設等にも制作物が展示されている。著書に『蝸牛登山画帖』『黒部源流山小屋暮らし』(山と溪谷社)。