台風を予想して遭難を避けよう! その1:台風10号の実例で進路予報の見方を知ろう

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夏山登山の中で雷とともに気をつけなければならないのが「台風」。その動きや影響を予想・確認する方法を、先日日本列島に接近・上陸した台風10号を例に確認する。まだしばらく続く台風シーズンに向けて、登山計画の大きなヒントなるはずだ。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。台風10号が通過した後、一時的に晴れたものの台風一過とはいかずぐずついた天気が続きますが、皆様、お変わりないでしょうか。

お盆の後半に西日本に接近した大型の台風10号は、8月15日の11時過ぎに愛媛県佐田岬半島付近を通過、15時に広島県呉市付近に上陸してお盆の足に大きな影響を与えました。

各山小屋からの方の情報では、8月15日の富士山頂は風速20m/sを超える暴風が吹いて歩行困難、北アルプス五竜山荘でも小屋が壊れるかと思うぐらいの暴風だったそうです。気象衛星ひまわり8号で見ると、いかに大きな台風だったかが良く分かると思います。

台風10号の大きさ(出典:ひまわりリアルタイムWeb
 

台風10号上陸時の天気図(出典:気象庁


夏から秋にかけては日本付近に台風が接近しやすくなるシーズンです。台風は暴風、非常に激しい雨や大雨をもたらすため、無雪期のリスクとしては雷と同じように恐いものです。台風は季節を問わず一年中発生していますが、気象庁による1981~2010年の30年間平均で発生数が多いのは7~10月で、発生数・上陸数ともに8月が最も多いです。

月別の台風発生・接近・上陸数グラフと進路図(出典:気象庁


意外だと思いませんか? 台風と言えば秋というイメージを持っていらっしゃる方も多いと思います。確かに室戸台風(1934年)、伊勢湾台風(1959年)などの過去に大きな被害を与えた台風は9月が多いです。これは9月には秋雨前線が出現して大雨が降りやすくなること、台風が日本に接近する進路を取りやすいことが原因です。今年も8月19日の天気図で秋雨前線が登場するようになりましたので、たとえ台風や熱帯低気圧が日本から離れていても、秋雨前線の活動が活発になって大雨になることがありますので要注意です。

それに対して6~8月の夏の台風は、台風を流す上空の風が弱いため迷走することがよくあり、「迷走台風」と呼ばれています。8月下旬には再び台風が発生しそうな兆候がありますので、今回はこのような台風の進路をどのようにして把握したらよいかについて解説したいと思います。

 

気象庁の台風情報から台風の影響を読み取る

気象業務法によって一般の人向けの台風の進路予報や警報・注意報の発表は、気象庁以外の者がやってはいけないことになっています。従って台風の予報は気象庁の台風情報が基本となります。台風が発生していない時には何も表示されませんが、24時間以内に台風となる熱帯低気圧が発生した時に、その熱帯低気圧が表示されるようになります。

台風になってからは下図のように5日先までの進路予報が出ます。台風10号(クローサ)は8月7日の15時に発生しました。台風の大きさと強さは、それぞれ強風域(風速15m/s以上)の大きさと中心付近の最大風速によって決められています。

台風10号発生時の進路予想図と、台風の大きさ・強さの階級わけ(出典:気象庁


発生した時点では台風10号は「大型」で「並み」の台風、そして24時間以内に「強い」台風になる予報でした。黄色の円は風速15m/s以上の強風域で、台風が風速25m/s以上の暴風域を伴うと強風域の内側に赤い円で表示されますが、発生した時には台風10号には暴風域はありませんでした。

台風から日本に向かって5つの円が白い点線で書かれていますが、台風に近い方から24、48、72、96、120時間後の予報円です。各予報時間に台風の中心が予報円の中に入る確率は70%です。先の予報になるほど予報円の大きさが大きくなる理由は、台風の中心位置の予想が不確実になるためであって、決して台風が大きくなるわけではありません。そして、この時点では台風はどこに上陸するか分かりません。

台風10号が発生した時の進路予報で注目してほしいのは、赤色の実線で示された暴風警戒域です。この中に入ると、台風の暴風域に入る可能性があることを示しています。この時点(12日15時)で、すでに紀伊半島、静岡県沿岸部、伊豆半島などが暴風警戒域に入っています。

もう一つの注目点は大型の台風であるがために、強風域が非常に広いことです。このまま日本付近に強風域が移動したら、東北から紀伊半島までがすっぽりと入ってしまう大きさです。強風域の風速15m/sは真っ直ぐ歩けない強風であり、25m/sは吹き飛ばされるほどの暴風です。このため、強風域であっても登山などの屋外の行動は控えるべきと思います。

実はこの後、8月12日の15時には台風10号は「超大型」になっています。図の通り、進路予報を見ると、予報円の大きさが小さくなっていることが分かります。台風の進路予報が確実になってきたためです。

8月15日の6時の進路予報では更に予報円が小さくなって、台風の大きさは超大型から大型に変わっています。この時点になると進路はほぼ確定で、四国西部または山口県から広島県に上陸しそうだということが読み取れます。そして、8月15日は中部山岳も強風域に入ることも分かります。結果は冒頭に書きましたように中部山岳は大荒れの天気でした。

 

8月12日の予報円(左)と8月15日の予報円(右)。コースが確実になってきているのがわかる(出典:気象庁


今回の台風では大きな山岳遭難事故がなく良かったと思います。ただし、台風10号の接近にもかかわらず大分県玖珠町の大谷渓谷でキャンプをしていて18人が孤立する事態が発生したことは非常に残念です。幸い救出されたものの、一歩間違えると大惨事となりますし、救出に向かった消防や警察の方も命の危険を冒すことになるからです。日頃から気象情報を自ら取りに行って、事故に遭わないようにしましょう。

最後に台風10号の進路の答え合わせとして、気象庁の天気図の動画を示します。

8月6日からの台風10号の動きを確認(出典:気象庁


初めのうちは日本の南でほとんど動かなかった台風10号が8月12日頃から西日本に向かって動き出して、8月14日に北東に進路を変えると一気に加速して西日本を縦断、日本海から北海道に向かったことが分かります。

今回は北海道に来る前に温帯低気圧に変わっていますが、構造が台風でなくなっただけであり、中心付近の最大風速は20m/sという台風並みの強風を伴っていました。たとえ台風が温帯低気圧に変わっても、引続き暴風や大雨に警戒が必要なことが多いので、北海道や東北の山に登られる方は注意点として覚えておかれると良いと思います。

なお、Twitter「大矢康裕@山岳防災気象予報士」では最新の気象状況を提供しています。今後発生する台風についても、本記事を内容を補足していますので、ふだんの天気情報の確認にぜひご確認ください。

 

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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