登山者の最大の身体トラブル「膝痛」。その原因は、大腿四頭筋の負荷軽減で改善できる!

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登山中の身体のトラブルで、最も多いものの1つが「膝痛」。この原因は膝そのものにあるわけではなく、筋肉疲労に原因があるケースが多い。そのメカニズムを知れば、歩き方でも改善できることがわかってくる。

 

登山者の多くが悩む膝のトラブル、以前の記事では「膝を捻じる動き」について解説しましたが、今回は、登山者であれば誰でも起こりえる「大腿四頭筋の筋肉疲労」が原因となる膝痛について解説していきます。

★膝関節を捻じって歩いていませんか? 歩行癖を直して膝痛対策

 

関節の中が痛むのか、外が痛むのか?

膝痛にも色々なタイプがありますが、膝関節の痛みの中で関節内部にトラブルがある場合は全体の2割ほどだといわれています。関節内部に異常がある場合は、日常生活で膝を動かす場合にも影響があるはずなので、登り始めるとすぐに痛みが出る可能性が高いでしょう。この場合、専門医に相談して治療する必要があります。

その反対に全体の8割ほどといわれる関節外部の筋肉に起因する痛みは、下山時の、筋肉疲労がピークに達する頃(行程の後半)に痛みが出ます。もちろん、筋肉疲労により炎症が強く残っている場合は、登山後の数日間痛みが続く場合もあります。

なかでも膝関節の動きを司る太もも前側の筋肉(大腿四頭筋)は、下半身の中で最も大きく強い筋肉であるため、登りでも下りでも下半身の動きの中心を担っています。

大腿四頭筋が疲労することで筋肉の柔軟性がなくなり、硬くなることで筋肉とつながっている膝のお皿(膝蓋骨)の周囲に痛みが起こるというメカニズムです。登山で起こる膝痛は、膝の捻じれ以上に、大腿四頭筋の筋肉疲労が原因になっているケースの方が多いと感じています。

そのため、大腿四頭筋を筋力トレーニングで鍛えることで膝痛を予防できる可能性があり、特に登山初心者や久しぶりに登山をする人にはオススメです。

ただし、筋力を鍛えれば全ての膝痛を防げるとは限りません。その理由の1つが、筋力トレーニングで筋肉量を増やすことが出来ても、筋肉の持久力をつけることが難しいためです。

下半身の動きの中心を担っている大腿四頭筋 画像提供:ピクスタ


実際、ジムなどで定期的な運動をしている人でも、長時間トレーニングすることは簡単ではありません。2~3時間程度の登山では全く問題がなくても、長時間歩き続けると後半になって急に動きが悪くなる場合があります。登山のためのトレーニングは「定期的に登山をすること」と言われるのもこのためで、持久力をつけるためにはやはり、長時間登り下りをするのが一番です。

もう1つの理由としては、大腿四頭筋を筋力強化しても、ほかの関節と筋肉が上手く使えない場合、依然として膝痛が起こりやすい状態が続いてしまうことです。このことは、膝痛を予防する上で最も大切な視点ではないかと考えています。

 

大腿四頭筋ばかりに依存しない登り方・下り方を!

現代人の生活では足関節(そくかんせつ・足首)や股関節を使う機会が減り、この2つの関節周辺の筋力が衰えてしまいがちです。歩行時は足関節、膝関節、股関節、3つの関節が連動します。

しかし、体が硬い人ほど、足関節・股関節の可動域が狭くなりがちで、その分だけ、この2つの関節の周囲の筋肉を使わずに、膝関節だけに依存して歩くようになってしまいます。このことが最終的に大腿四頭筋にばかり負担が集中し、膝痛が起こりやすい状態を招いてしまうのです。

このような場合は、むしろ大腿四頭筋以外が上手く使えるようにする必要があります。下山時の足首関節と股関節を使った歩き方については既に解説しましたので、もう一度ご確認ください。

★膝が笑わない・痛めない~下りでの重心移動のポイント

★大きな段差が楽になる! 股関節を使った重心移動のポイント

段差の続く山道を歩く場合でも、下半身全体の筋力を上手に使えている人と、大腿四頭筋に負荷が集中する人では、全く体の使い方が異なっています。

大腿四頭筋に依存しないためには、前に踏み出した足の着地時に衝撃吸収するのではなく、後ろ足の3つの関節を縮めて体を下に移動させる必要があり、そのためには足関節と股関節の柔軟性が重要となります。後ろ足の動きが少ない分だけ、前足でドスンと衝撃の大きな着地をすることになります。またこれが原因で、前足での着地時に膝を曲げることで着地衝撃を吸収する動きも、大腿四頭筋に大きな負担をかけます。

そうした着地を繰り返すと、大腿四頭筋への負担が続き、膝痛にならなかったとしても、膝関節での踏ん張りが利かなくなる「膝が笑う」状態に繋がります。

同じように歩いているように見えても、下半身全体の筋力を上手に使えている人と、大腿四頭筋に負荷が集中する人では、全く体の使い方が異なっていると言えます。このような体の使い方の違いは膝を捻じる動きと同じように、人それぞれが持っている「癖」に由来するものです。

そのため、自分自身の歩き方の癖を自覚し、無意識で行っている「歩く」という運動を意識的に変化させて、癖を修正することで膝痛を防ぐことが出来るのです。

前傾姿勢が強すぎて前足の着地時に負荷がかかる姿勢(左)、対して背筋が伸びて重心が身体の中心にある(右)。右側の姿勢のほうが後ろ足に体重が乗っている分着地衝撃が少ない 

 

癖が変われば筋肉への負担が変わる

トレイルランニングのトップ選手などは膝痛を起こすことなく、大腿四頭筋に筋肉痛を起こすことなく大きな標高差でも駆け下ることが出来ます。これは、太もも裏側やお尻の筋肉(ハムストリングや殿筋群)などの下半身全体を使って、効率よくスピードを制御しながら走れていることを示しています。

癖を修正して、足関節と股関節の機能を十分に使えるようになることは簡単ではなく、時間もかかるでしょう。それでも、トレッキングポールやサポートタイツを利用すること以上に、抜本的に大腿四頭筋への負担を軽減させることが可能です。

特に、猫背や巻き肩など背中が曲がり前傾姿勢になりやすい人ほど、重心が前方に移りやすくなり、その分後ろ足が上手く使えず、前足の着地時の衝撃が大きくなります。その衝撃を少しでも抑えようとすると、自然と腰が引けてしまう歩き方になって尻餅をつく形で転びやすい姿勢になります。このような歩行姿勢を修正するためには、場合によっては日常生活の姿勢から見直す必要があります。

長時間歩き続ける登山では、下半身全体を上手に使えることが重要です。姿勢の癖と歩行動作は大きく影響しあっていてますので、次回はこの点を詳細に解説する予定です。

 

プロフィール

野中径隆(のなか みちたか)

Nature Guide LIS代表。大学3年の夏に「登山の授業」で山の魅力に取りつかれ、以来、登山ガイドの道へ進む。「初心者の方が安心して登山できる」環境づくりを目標に積極的にWeb上で情報を発信するほか、テレビ出演、雑誌、ラジオなど各種メディアでも活躍中。
日本山岳ガイド協会・認定登山ガイド、かながわ山岳ガイド協会所属。
⇒ Nature Guide LISホームページ

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日頃、あまり客観視することのない「歩き方」。しかし山での身体のトラブルや疲労の多くは、歩き方の密接に結びついている。 あるき方を頭で理解して見つめ直せば、疲れにくい・トラブルを防ぐ歩行技術に近づいていく。本連載では、写真・動画と一緒に、歩き方を論理的に解説。

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