錦繍の大雪山・高原沼巡りコース。紅葉に包まれて想った「自分ごと」としての捉え方

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この秋、北海道の屋根、大雪山の「大雪山高原沼巡り登山コース」で、紅葉の最盛期に実施されるマイカー規制期間中に、仕事のお手伝いをさせてもらう機会がありました。若い頃から憧れて、何度か通ったこの山域で、錦繍の素晴らしい景色に包まれながら、充実した管理体制や登山道整備の様子に目を見張らされました。

鏡のように静かな沼に周囲の紅葉が映る。北海道大雪山/大雪山高原沼巡り登山コースの滝見沼にて

 

9月下旬から10月上旬にかけて、大雪山の層雲峡など上川町の区域を管轄する環境省上川自然保護官事務所で、仕事を手伝わせていただく機会がありました。

ちょうど紅葉の最盛期を迎えた「大雪山高原温泉沼巡り登山コース」でのパトロールほか、色々な仕事を経験させてもらいましたが、北の大地を包むように果てしなく広がる青空と、湖畔に立っているだけで身も心も錦繍に染まってしまいそうな、静かで深い森に抱かれて、至福の時間を過ごすことができたことに感謝しています。

はるか頭上に見上げる稜線や、遠くトムラウシ方面の空を眺めていると、遠い昔、山岳会の先輩と二人で、夢のような沢旅をさせてもらった思い出が、鮮やかに蘇って来ました。

今から40年ほど前の夏、クワウンナイ川周辺の沢を何本か遡下降した後に、黒岳まで縦走したときの思い出です。沢の源頭の広大なお花畑では、足の踏み場もないほどに咲き競うチングルマの群落に圧倒され、花を踏まないでは足を前に出せないような状況に、ただ呆然と立ちすくみ、一歩も歩けなくなってしまいましたっけ。

その先輩も2001年10月2日、東北の吾妻連峰塩ノ川に単独で出かけたまま、還らぬ人となってしまいましたが、そのことが、私が山の事故について深く考え始める契機ともなりました。

大雪山高原沼から緑岳(松浦岳)方面を望む


今回、学んだことは、ヒグマの管理体制や、近自然工法による荒れた登山道の修復方法など多々ありましたが、なかでも、ここ「大雪山高原沼巡りり登山コース」で定められている入山ルールは、とても参考になりました。

コースを歩く人は、まず、ヒグマ情報センターで入林受付をし、映像などによるレクチャーを受けてから山に入ります。地点ごとに下山時刻が設けられており、食事ができる場所の設定や、火器使用の禁止などのルールも明確に定められ、適切に管理運営されています。

ヒグマ情報センターでは、登山者・ハイカーの入山/下山をしっかり管理している


特ににぎわうマイカー規制時期は、大雪山国立公園パークボランティアの皆さんらが、各池畔ごとに立ち、細やかなアドバイスもしてくれます。

全国的に「登山者のマナー」や「山での常識的なふるまい」が希薄になってしまっている現状が見られ、「入山口でのわかりやすい説明や指導が必要なのではないか」といった声も、登山関係者から聞かれる昨今ですが、その先進例を見られたような気がしました。

今年から開始されたという映像によるレクチャーは、内容の統一化という意味でも理想的で、英文の説明文もあり、とても素晴らしいと感じました。また、映像には、この6月、7月のヒグマ目撃情報ほか、新鮮な内容も適宜取り入れられており、さらに「植生保護」や「外来種持ち込みの問題」、「排泄物の処理」など、内容的にも多岐に渡っています。

ヒグマの管理体制が長年に渡って完璧に行われていることが、「大雪山ではヒグマと人間との事故が起きていない」という実績に結びついていることも実感できました。映像のなかでも、「クマについて100%安全はない」「出会わないことが大切」という、自己責任の考えかたが強調されていましたし、センター内の展示パネルからも、オウンリスクの大切さが伝わって来ました。

今年は、目撃数200件、近距離での目撃が4件と、例年より多いことや、秋の木の実の実りも良くない点なども説明されており、より慎重な行動の必要性が来訪者にも伝わると思いました。火器の使用や、カップラーメンなども含めた調理の禁止など、ヒグマ対策のうえでの方針が徹底されている点も、前述のとおりです。

沼巡りを満喫してセンターに戻って来る利用者の方々が、口々に「このコースなら周る価値がある」「道も良くなって素晴らしい」といった感想とともに、「登山道整備のために、木材やカスガイなどの資材を購入します」と記された募金箱に、満足そうな笑顔で、次々と千円札や100円玉を入れていかれる姿も、いいなあと感じました。

実際にコースを歩いた方々が、本当に心地よく感じられ、ルート整備への感謝の気持ちを込めて募金していかれるという、自然な受益者負担の心の芽生えは、本当に素晴らしいなと思います。

自然とのバランスを考えた「近自然工法」により整備された登山道


また、「近自然工法」による登山道整備がなされた箇所は、自然との調和や歩きやすさなども行き届き、真心のこもった作業の成果を感じました。とくに、大雪山・山守隊の方々が実施している整備の理念には感動しました。

★荒廃した登山道を「近自然工法」で再生へと導く「大雪山・山守隊」

「崩れた道をただ歩きやすく直すのではなく、その整備をきっかけとして生態系の復元を目指す」という考え方、そして、なぜ崩れたのか、どういう原因が重なっているのか、周りの植物が育つにはどうしたら良いか、どうしたら自然の成長と人間の利用のバランスが取れるのか、といった考え方やこの工法が、全国の登山道に普及したらと感じました。

緑沼付近には試験的に携帯トイレブースも設けられた


また、この期間、携帯トイレブースの使用も試験的に試みられましたが、入山者の10人に1人の方が携帯トイレを購入し、実際に使われた人も多かったようです。全国的に携帯トイレの普及は、まだまだこれからという現状ではありますが、山の事故と同様に、し尿のことも、登山者が自分の問題として考えることが、さらに進んだらいいなと思います。「他人ごと」ではなく、「自分ごと」としての捉え方ですね。

★大雪山国立公園連絡協議会

 

プロフィール

久保田 賢次

元『山と溪谷』編集長、ヤマケイ登山総合研究所所長。山と渓谷社在職中は雑誌、書籍、登山教室、登山白書など、さまざまな業務に従事。
現在は筑波大学山岳科学学位プログラム終了。日本山岳救助機構研究主幹、AUTHENTIC JAPAN(ココヘリ)アドバイザー、全国山の日協議会理事なども務め、各方面で安全確実登山の啓発や、登山の魅力を伝える活動を行っている。

どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるか――

山岳遭難事故の発生件数は減る様子を見せない。「どうしたら事故に遭うリスクを軽減できるか」、さまざまな角度から安全登山を見てきた久保田賢次氏は、自身の反省、山で出会った危なげな人やエピソード、登山界の世相やトピックを題材に、遭難防止について呼びかける。

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