トレッキングポールはどこに突く? 正しい姿勢で歩くためのポールの持ち方/使い方

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トレッキングポールを使う登山者は多いと思う。バランス保持はもちろん、脚への負担を減らすためにも有効なポールの使い方をご存じだろうか。今回は正しい姿勢で歩くための、下山中のトレッキングポールの使い方を解説する。

 

「登りよりは下りが苦手」という声をよく耳にしますが、「苦手」と一口に言っても人それぞれです。例えば、膝が痛くなる人、下山で踏ん張りが利かなくなる人、転びやすい人、怖くて急斜面が苦手な人、足運びが慎重になって歩行ペースが遅くなる人など、「苦手」にも色々なものが存在します。

表面的には苦手な部分が違っていても、下山ではスピードの制御がしにくいので、足の負担が強まり、滑ったり転びやすくなったりすることが共通の背景となっています。

そんな状況に対応するために、最も効果があり、また多く使用されている登山装備がトレッキングポール(ストック)です。

トレッキングポール(以下、ポール)は、私が登山を始めた20年前は今ほど登山者の間に浸透していませんでした。また、1本のみで使う人が多かったと記憶していますが、今ではダブル(2本)で使う人が増えて、広く普及しています。

私自身は、もともと必要な時だけポールを使っていましたが、使い方を真剣に考えるきっかけになった出来事ありました。それは、数年前に北アルプス水晶岳で2本のポールを持ちながらフラフラと登ってくる登山者に出会ったときのことです。

疲れも影響していたのかもしれませんが、岩だらけの稜線でポールに頼りきった姿勢で登っていて、しかもバランスが保持出来ていない状況でした。

岩を掴みながら下る(北アルプス・水晶岳にて/写真はイメージ)


その姿に率直に驚くと同時に、それ以来、色々な登山者の方のポールの使い方を観察するようになり、ポールを正しく安全に使う方法を考えるようになりました。

岩場でもポールをザックに収納せずに使い続ける登山者を時折見かけます。岩場以外でも、急斜面や段差が険しい道などで、ポールを使っていてもバランスが上手くとれずに下っている登山者を見かけることもあります。

本来は手を使って安全確保をするべき場面でポール使っていたり、バランスを上手く保持できていなかったりして、ポールの使い方に問題があるのです。

バランスを保って安全に下るための使い方や注意点が、今まで以上に的確に伝えられるポイントがあるはずだと考え、重心や姿勢を考慮しながら試行錯誤して歩きました。そうして導き出した答えが「ポールを持たない時と同じように姿勢を重要視すること」、そして「ポールを突く位置に注意すること」の2つでした。

 

ポール使用時の姿勢チェック

段差が連続する場所でポールを持って(1本でも2本でも可)下ってみましょう。ポールを長めに調節して一段下に突いて下る方法と、ポールを短めに調節して支持脚(後ろ足)の横に着いて下る方法を試してください。

ポールを前に着いた場合に左写真のように前屈み姿勢になる場合は、頭部が前方に出た分だけ、重心が着地足側にズレています。前回記事でも触れたとおり、姿勢が崩れれば支持脚(後ろ足)で体重を支えることが難しくなり、着地時の衝撃が大きくなってしまいます。

つまり、前方にポールを突くということは、支持脚の役割を無視して、着地衝撃を抑えようとしている状態と言えます。

★前回記事:着地と姿勢を変えると膝の負担が変わる。姿勢を直して膝痛対策

ポールを前に突くと、前屈み姿勢になりやすく重心が支持脚からズレてしまう。NG/腕を前に出せば自然と前屈みになる(写真左)、GOOD/体のすぐ近くに突くと重心が安定する(写真右)


ポールを前に着くことで、腕の力で着地時の衝撃を緩和出来ますが、それと引き換えに、支持脚の力で動きを制御しにくい歩行姿勢になっているのです。また、ポールを使う際に常に前屈み姿勢で歩いていると、この姿勢での脚の動かし方や筋肉の使い方、関節の可動域などが体に定着してしまいます。

すると、いざ岩場でポールを使わずに歩こうとしても、自分自身の体だけでバランスを保持できず、上手く下ることが出来ないという状況が生れてしまいます。

従来、ポールの下山時の使い方としては、「調節して長さは長め、前(一段下)に突く」方法が推奨されてきました。登山経験が豊富な登山者であれば、姿勢を維持して歩くことに慣れているので、この使い方でも姿勢の崩れが起こりにくいのだと思います。

しかし、初心者や体幹部の筋力が弱い方は、登山時の疲労も重なって姿勢が崩れやすいことを考えると、下山時にポールを前に突くのはリスクを含んでいると言えます。


では、その反対に右写真のように、段差を下る際に支持脚(後ろ足)の近くを突くとどう変わるでしょう? 試してみると分かりますが、ポールを後ろに突くと前に屈んだ姿勢にはならず、胸を張った姿勢を維持しやすくなります。また、支持脚の近くにポールを突くことで、支持脚の上に重心が集まりやすくなります。

まずは滑りやすい急斜面や、段差が多い場所などで、ポールを支持脚(後ろ足)の踵付近に付いてみてください。ポールの付く位置が変わると、着地衝撃が変わることを実感できます。

この際に注意することは、ポールのグリップを握るのではなく、グリップ上部を上から抑えて持ち、肘がほぼ伸びる程度にポールの長さを短く調整することです。また、このような持ち方はT字グリップのポールの方が適しています。

いずれにしても大切なのは、ポールを使っても使っていなくても、変わらない姿勢で歩けるようにすることです。

 

正しく転べるように歩く

転倒や滑落は下山中に起りやすくなります。出来る限り転ばないで歩けるが理想ですが、絶対に転ばない登山者は存在しません。そのため、柔道の受け身と同じように、安全に転べる姿勢で歩くことが大切です。

下山中に「尻餅をつく」ように後ろに転ぶのは、ザックで背中が守られ、滑落に繋がりにくいため安全な転び方です。逆に、前屈み姿勢で歩いていると「前のめり転倒」して顔や頭部を怪我したり、勢いがついて滑落に繋がったりする危険性が高くなります。

雪山登山では滑落を防ぐために、斜面に対して横や斜めに登り・下りをする(トラバースする)際には、山側の手でピッケルを持ちます。また、斜面に正対して下る場合は自分よりもやや後ろ側(山側)にピッケルを刺して歩くのが基本となっています。

同じように、ポールを使って下る際は、ポールを前に着かずに自分の体の横かやや後ろに着くことで重心が前方にズレることを防ぎ、前方に転ばない姿勢を保つことが出来ます。

斜面に対してジグザクと斜めに下る道の場合は、常に山側に重心を置くために、ストラップに手を通さずにポールを一本で持ち、状況に応じて左右持ちかえて、常に山側の手でポールを持ちましょう。

平地で行うポール・ウォーキングとは異なり、登山では腕を大きく動かしてしまうと姿勢を崩してしまう原因になります。登りであっても体幹部から肘が離れないよう、脇を締めた状態でポールを使うことが大切です。

無雪期の樹林帯の中であっても、登山道を外れて落ちると重大事故に繋がるような急斜面は至るところに存在します。このようなポイントを押さえてポールを使い、姿勢とバランスを崩さず、安全な歩行を実現してください。

なお、2019年11月は「山の歩き方講習会」を六甲・岐阜でも開催します。詳しくはホームページをご覧ください。

 

プロフィール

野中径隆(のなか みちたか)

Nature Guide LIS代表。大学3年の夏に「登山の授業」で山の魅力に取りつかれ、以来、登山ガイドの道へ進む。「初心者の方が安心して登山できる」環境づくりを目標に積極的にWeb上で情報を発信するほか、テレビ出演、雑誌、ラジオなど各種メディアでも活躍中。
日本山岳ガイド協会・認定登山ガイド、かながわ山岳ガイド協会所属。
⇒ Nature Guide LISホームページ

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日頃、あまり客観視することのない「歩き方」。しかし山での身体のトラブルや疲労の多くは、歩き方の密接に結びついている。 あるき方を頭で理解して見つめ直せば、疲れにくい・トラブルを防ぐ歩行技術に近づいていく。本連載では、写真・動画と一緒に、歩き方を論理的に解説。

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