気象予報士の目を通して伝える、アフリカ大陸最高峰・キリマンジャロ登山を楽しむ基礎知識 ――導入編

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「山岳防災気象予報士」の大矢康裕氏が、長期予報や気候変動に関心を持つキッカケの1つとなったのが、1988年と2008年の2度、キリマンジャロに登頂して、氷河縮小を目の当たりしたことだった。気象予報士の目を通してのキリマンジャロ登山の様子を今回から数回に渡ってルポする。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。今回はアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ(5895m)について綴ってみたいと思います。

キリマンジャロと聞くと、文学好きの方ならヘミングウェイの小説「キリマンジャロの雪」、コーヒー好きの方なら「キリマンジャロ・コーヒー」などがあり、知らない人はいないほど有名な山だと思います。

麓のサバンナから仰ぎ見るキリマンジャロは本当に雄大としか言いようがなく、初めて見ると富士山の数倍のスケールに圧倒されると思います。事情があって私は1988年と2008年の2度にわたってキリマンジャロの最高点に辿り着くことができました。

登山家や山岳ガイドさんでもないかぎり、日本から2回もキリマンジャロに行って2回とも最高点に行った人は稀少と思います。キリマンジャロは七大陸の最高峰の中でも基礎知識と富士山を登る体力、そして事前のトレーニングがあれば、唯一、誰でも登れる山です。

多くの方に素顔のキリマンジャロの素晴らしさとその登頂のコツを知っていただきたく、私が2度の登頂を通じて学んだこと、そして実際に見てきたことを数回にわたってお伝えしたいと思います。まず今回は導入編です。

 

男も女も豪快な挨拶『ジャンボ!!』、そして慌てず急がず『ポレポレ』と歩く

キリマンジャロの朝は、陽気な現地ガイドやコック、ポーターの人たちと『ジャンボ!!』と挨拶を交わすところから始まります。日本で言うと「おはよう」なのですが、『ジャンボ!!』と言葉にするととても豪快で、朝から爽快な気分になれます。この挨拶には男女の違いはありません。何ともスケールが大きいアフリカの挨拶(スワヒリ語)です。

キリマンジャロ登山のためには、登山口で現地のガイドとポーターを雇うことが義務付けられています。登山ツアーであっても個人で登る場合も同じです。ポーターさんは荷物を頭の上に載せて運んでくれて、登山者はデイパックだけの身軽な格好で登ることができます。

重そうな荷物を絶妙なバランスで頭上に載せて歩くポーターさんを見ると、少し申し訳ない気持ちになりますが、彼らにとっては手慣れた仕事のようで、写真を撮りながらゆっくりと登っているといつの間にか追い越されてしまいます。そして、すれ違う時にも『ジャンボ!!』。日本で言えば『こんにちはー』みたいなものですね。

そして、『ポレポレ、ポレポレ』と声をかけてくれます。『ポレポレ』はスワヒリ語で「ゆっくり」という意味です。実はこれが理にかなった高山病対策であり、キリマンジャロ登頂を成功させる非常に重要なポイントでもあります。そして、アフリカでの時間はゆっくりと過ぎていきます。

ポーターたちは荷物を頭の上に載せて運ぶ。挨拶はもちろん『ジャンボ!!』 (写真=大矢/2007年12月) 

 

なぜ年末年始にキリマンジャロの登山ツアーが多いのか

キリマンジャロは、アフリカ大陸のケニアとタンザニアの国境付近の南緯3度、東経37度にあり、ほぼ赤道直下に位置しています。最高峰のキボ峰(5895m)はタンザニア側にあります。入国はケニアの首都ナイロビですが、メインルートであるマラングルートの登山道はタンザニア側にあるため、チャーターしたバスでいったんケニアから国境を越えてタンザニア側から登山口に入ります。

キリマンジャロは赤道近く、やや南半球側に位置する 出典:Google Earth


キリマンジャロ付近では雨季と乾季があり、一番雨が少ない時期は7月から9月の乾季になります。しかし、下の図を見ていただくとわかるように、南半球のこの時期は冬であり、夏となる年末年始と比べると気温が数度低いため、10月から2月の小雨季と呼ばれる時期の方がキリマンジャロ登山のための気象条件としては適しているのです。これが年末年始にキリマンジャロ登山ツアーが多い理由です。

キリマンジャロ周辺の気象/気象庁とAFRICAN WILDLIFE FOUNDATIONデータを基に大矢まとめ


私も2回とも年末年始の登山ツアーでした。1988年1月の最初の登山は、個人的に登山ツアー会社のツアーに参加しました。事前の高山病対策をほとんど行なわずに登ってしまったため、頂上付近で極端に足が重くなって記憶が所々飛んでしまいました。根性で座り込むことなしに、やっとの思いでたどり着いた最高点で、現地のガイドさんと固い握手を交わしたことだけは覚えています。同じツアーで最高点までたどり着けたのは、15人中で私を含めてわずか3人だけでした。

2度目の2008年1月はデンソー山岳部の50周年記念登山で登りましたが、最初の登山の経験を生かして事前の高山病対策が万全だったため、全く高山病の症状が出ることなしに最高点に登ることができました。

 

麓は草原が広がるサバナ気候と熱帯雨林気候、頂上は氷雪気候

キリマンジャロ登山が、気象予報士にとって興味深いのは、ほぼ全世界の気候を知ることができる貴重な体験になることだと思います。下図を参照してもらうとわかりますが、キリマンジャロの麓にはサバンナの大草原が広がっています。そして、登山口のマラングゲート(1860m)から登山道に入ると、最初の宿泊地のマンダラハット(2720m)付近までは熱帯雨林のジャングルが続きます。マンダラハットから少し登ると、温帯気候のエリアに入って、さっと熱帯雨林が切れて視界が開けます。

2日目の宿泊地ホロンボハット(3720m)まではジャイアントセネシオなどの人の背丈ぐらいの植物が目を楽しませてくれます。さらに上に登ると草も生えていない砂漠地帯となって寒帯気候のエリアになります。高度とともに気温が下がってきて、多くの人が未知の4000mラインを超えるとほとんどの人に高山病の症状が出始めます。

そして3日目の宿泊地キボハットから上は氷雪気候となり、昔に比べると少なくはなったものの山頂付近には今もなお『キリマンジャロの雪』として世界中の憧憬の的となっている氷河が残っています。

 

キリマンジャロと南極大陸最高峰ビンソンマシフとの気象条件の違い

キリマンジャロが七大陸の最高峰の中でも比較的容易なのは、ルートそのものに危険個所はないことが大きいですが、もう一つ大きな理由があります。それは酸素濃度の関係です。

キリマンジャロの標高5895mでは、気圧は約500hPaとなり、平地の1気圧=1013hPaのちょうど約半分になります。つまり酸素濃度も約半分になります。

ところが、南極大陸の最高峰ビンソンマシフ4892mでも同じ気圧の500hPaになります。つまり、同じ標高でも赤道付近の山は空気が濃く、北極や南極に近づくほど空気が薄くなるということです。

さらに、ビンソンマシフの場合は太陽の光が届きにくい南極にあるため、-40℃という極低温が難易度を高くしています。それに対して、赤道直下で真上から太陽の光の恵みを存分に受けるキリマンジャロ頂上の気温は、-10~-5℃程度です。そして、インド洋西部にサイクロン(日本の台風に相当)でも発生しないかぎり、強風が吹くことがないのも、比較すると容易になる理由です。

キリマンジャロ周辺は比較的強風が吹くことが少ない 出典:Windy.com


ここまで読んで、キリマンジャロに興味を持たれた方には是非とも登山をお勧めします。標高6000m近くある山での高山病は、対策なしに行くとひどい目に遭いますが、事前のトレーニングと現地での高山病対策をしっかりやれば誰でも登れる山です。

この後は体験記を通じて、そのコツを皆様にお伝えしていきたいと思います。また、気象予報士として、縮小しつつある『キリマンジャロの雪(氷河)』についても実際に見てきた状況をお話ししたいと思います。

 

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プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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