急斜面・段差も、膝に優しく、バランスを崩さず下りられる - シングルポールの使い方

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「新・三種の神器」と言われるほど、多くのユーザーが使っているトレッキングポール。さまざまな効果が期待できる道具だが、今ひとつ使い方がわからない、効果を実感できないという人は、ぜひ今回の記事を確認して山で試してみてほしい。

 

前回記事「トレッキングポールはどこに突く?」で、ポールを後方(後ろ足の踵近く)に突く方法をご紹介しましたが、実際に試してみて頂けたでしょうか?

★前回記事:トレッキングポールはどこに突く? 正しい姿勢で歩くための持ち方/使い方

このようなポールを一本で使う方法は講習会の時でも反響は大きく、質問の多い内容です。そこで今回は、前回の記事では説明し切れなかった点に加え、ポールを使わない時でも注意したい、「腰がひけない」歩き方について解説します。

 

腰が引けずに姿勢を保てる人は、ポールを前に突いても問題ない

まず最初に断っておきたいのが、ポールを前方(一段下)に突いて下りることやポールを二本使うことがNG行為だとは考えていないことです。

例えばトレイルランニングのレースではポールを2本使用している選手が多いですが、これは山道を駆け下ることが出来るバランス能力がある場合は、ポールを前方に突いたとしても悪影響が出るほど姿勢を崩すことないからです。長時間走れる体力がある人は、姿勢を維持する筋力が高いためと考えられます。

逆に、下山で尻餅をつくことが多い、段差でドスンと衝撃の大きな着地になりがちな人は、腰が引けてしまう形で姿勢が崩れているために、前方に突くことの悪影響が大きくなります。

ポールを後方に突くと歩行スピードを制御しやすく、安定して下山できますが、もちろんペースは遅くなります。反対に、ポールを前方に突くとスムーズに素早く下山できますので、特に下山時にトラブルがない人は前方に突いても何ら問題はありません。

 

ポールが使いにくい、後ろに突きにくい場合は――

「ポールを使っても上手く使いこなせない」という声を時折耳にします。このような人は、ポールを使いながら前述の姿勢や重心の異変を自覚しているものの、具体的な対処法が分からない状態なのではないでしょうか? バランス能力に自信がなく、下りが苦手なケースやポールを使うのが苦手という場合は、まずはポール1本で使うことをオススメします。

特に両手にポールを持って歩くと、足を置く場所だけではなく、ポールを突く場所を見極めることに注意を割く必要があり、ポールがあることでかえって時間のかかる歩行になりがちです。1本でポールを使うことで早く慣れることが可能です。

ポールを突く場所を目で確認する必要がなく、既に自分自身が足を置いている場所のすぐ近くであれば、ポールを突く場所よりも、足を置く場所だけに集中して歩くことが可能になります。

また、稀に「後ろ足の踵付近だとポールを突きづらい」という人がいます。これは「巻き肩」などにより、肩や肩甲骨周辺の筋肉が硬くて上手く動かすことが出来ないことも原因の1つのようです。

上半身の体が硬いと重心を上手く調整しにくくなり。巻き肩の場合は、前屈み姿勢に繋がり、後ろ側の支持脚で体重を支えにくくなります。こうしたケースでは無理に後方に突く必要はありませんが、ポールを後ろに突くことには前屈み姿勢を抑制する効果がありますので、ポールを後方に突けることを目標に、肩周りの柔軟性の向上を目指しましょう。

肩周りが柔らかいと上半身も上手く使って重心移動が出来る

 

シングルポールだと斜面に正対せずに、斜めに下りやすくなる

段差の大きい箇所を下る際に、横向きになった経験があるのではないかと思います。多くの方が無意識で行っているこの「横向き」の下り方、なぜ、楽に下ることができるのでしょうか?

下山時は足を踏み出した際に、支持脚の後ろ足で体重を支え続けることで、衝撃を抑えた着地を行うことが出来ます。ところが、前足が着地した瞬間に体重を支える支持脚が切り替わります。すると、今度は前足が支持脚になるために素早く重心を前方に移す必要があります。ここで重心が後ろ足側に残り過ぎていると、スリップする原因となります。

登りよりも下りの方が、脚の動きが早くなり、左右の脚での交互の重心移動を素早く行う必要があるため、この切り替えが上手く出来ないと、バランスを崩したりスリップしたりする原因となってしまうのです。

「大きな段差」では、無意識に体を横に向けて下っているのですが、実はこの動作こそが、足を大きく動かして下る局面では、重心移動を上手く行うコツなのです。

以下の画像および動画で、その違いについて確認してみましょう。

【横向きの場合】
山足から谷足への重心移動時に、体全体の水平方向への移動が最小限で済み、最も安定して段差を下れる。山足の踵が浮かず真上から体重を乗せてゆっくり動けるため、ソフトに着地できる。また着地時に谷足(左足)に真上から加重出来るためスリップしにくい
 

【正面向きの場合】
同じ高さの段差のため、垂直方向への移動距離は変わりませんが、水平方向への移動が大きくなるぶん、歩行ペースを速くできるが、着地衝撃が大きくなったり、スリップしやすくなったりして重心移動が難しくなる
 

【斜め向きの場合】
正面向きよりは水平方向への移動が少なくて済み、横向きよりは早く歩くことが可能。両者の歩き方のメリットを活かし、段差や急斜面が連続する場面で効果的な下り方となる
 


このように、急斜面や大きな段差、滑りやすい、バランスを崩しやすい局面では、体を斜めや横にして(正対せずに)歩くことで、安定した行動ができます。

そして、その斜めに下る動きをしやすくなるのが、ポールを片手で持つ方法です。もちろん、後側の足の側に突いて下ることで、かなり大きな段差の時は「横向き」になりやすくもなります。

反対に、両手にポールを持つ場合は、左右のポールの長さが同じであることの影響もあり、斜面に対して正面向きで下るのが自然な動きになります。ポールを両手に持って斜め向きで下ると、どうしても谷側のポールに力が集中してしまい、山側のポールと山側の足に重心が残りにくくなります。

【両手にポールを持つ場合】
左右のポールが同じ長さのため「斜め向き」で歩こうとすると必然的に谷側のポールに力が入ってしまい、山側の脚に体重が残しにくく、歩きにくくなる。
【ポールを山側の片手だけで持つ場合】
山側の脚に体重が残しやすくなるため、柔らかい着地が出来る。歩行スピードを制御しやすい。「斜め向き」で下りやすくなるので、段差や急斜面でバランスを崩したり、スリップを防ぎやすい
 


下山では自分の体が重力によって自然に前方に進むため、適度にブレーキをかけながら、左右に踏み出す足に常に重心移動をし続ける必要があります。

的確に素早く重心移動が必要な 下山の体の使い方は、傾斜地でこのような動きを行うスポーツがほかにないため、ウォーキングやランニング、他のスポーツでの運動理論で説明が難しいです。

今後も、転倒や滑落事故を防ぐことが出来る、安定した下山に役立つ情報をお届けしていきます。なお「山の歩き方講習会」を定期的に開催しています。詳しくはホームページをご覧ください。

 

プロフィール

野中径隆(のなか みちたか)

Nature Guide LIS代表。大学3年の夏に「登山の授業」で山の魅力に取りつかれ、以来、登山ガイドの道へ進む。「初心者の方が安心して登山できる」環境づくりを目標に積極的にWeb上で情報を発信するほか、テレビ出演、雑誌、ラジオなど各種メディアでも活躍中。
日本山岳ガイド協会・認定登山ガイド、かながわ山岳ガイド協会所属。
⇒ Nature Guide LISホームページ

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日頃、あまり客観視することのない「歩き方」。しかし山での身体のトラブルや疲労の多くは、歩き方の密接に結びついている。 あるき方を頭で理解して見つめ直せば、疲れにくい・トラブルを防ぐ歩行技術に近づいていく。本連載では、写真・動画と一緒に、歩き方を論理的に解説。

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