キリマンジャロの雪――、氷河減少の原因は地球温暖化? ~キリマンジャロ登山を楽しむ基礎知識~

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赤道付近・熱帯地域に聳えながら、山頂部に氷河を抱くキリマンジャロ。その氷河は近年縮小傾向で、過去と比べると明らかに小さくなっている。その原因は「地球温暖化」のひとことでは説明できないことを、気象予報士の大矢氏は説明する。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。前回はアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ(5895m)登山を楽しむための導入編をお伝えしましたが、今回は世界中の憧れの的となっているキリマンジャロの雪についてお話ししたいと思います。

★前回記事:気象予報士の目を通して伝える、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロの気象

前回も述べたように、私は1988年1月と2008年1月の2度にわたってキリマンジャロの最高点に登って、頂上付近の氷河を見てきました。「百聞は一見に如かず」という言葉どおり、確かに20年の歳月を経て、キリマンジャロの氷河は半分から三分の一に減少しているのを目の当たりにして大きな衝撃を受けました。

2度目の登山の前の2006年、元アメリカ副大統領のアル・ゴア氏が出演した「不都合な真実」という地球温暖化を主題とした映画が大反響を呼んでいました。映画の中ではキリマンジャロの氷河縮小が地球温暖化の象徴として取り上げられていましたが、まさにその状況を目の当たりにしたのです。

キリマンジャロの頂上付近の氷河の1988年と2008年の比較 (大矢まとめ)

 

真実を知ろう!! 氷河減少の原因は一つではない

しかし、2度目のキリマンジャロ登山に成功した後に色々と調べてみると、どうもキリマンジャロ氷河の縮小の原因は、「地球温暖化」の一言でひとくくりにできるほど、単純ではないようです。

山の形から分かるように、キリマンジャロも富士山と同じく火山です。その火山活動の地熱によって氷河が解けている箇所があることが文献で指摘されています。

そして、キリマンジャロの山麓では樹林の伐採が進んでいて、樹林の保水力の低下とともに大気の乾燥化が進んでいるという事実があって、それがキリマンジャロの氷河の氷の昇華(ドライアイスのように解けずに蒸発する現象)による縮小を加速しているという文献もあります。その他にも原因があるようですが、現在は「大気の乾燥による昇華」が有力な説になっています。

私自身は2度目の登山で、氷が熱によって融けた痕跡、氷が昇華によって蒸発した痕跡の両方を見ているので、これらの複合要因がキリマンジャロの氷河縮小の原因であると考えています。氷河縮小の原因については、以前に私のホームページでまとめていますので、興味がある方は是非ご覧ください。

キリマンジャロの氷河縮小の原因 (大矢まとめ)

 

それでも降る時には降るのがキリマンジャロの雪

導入編で「年末年始は降水量も少なく気温も低くないためキリマンジャロ登山に最適」とのお話しをしましたが、それでもキリマンジャロの雪は降る時には降ります。

例えば、2006年年末にキリマンジャロ登山されたkenpuさんのブログでは、頂上へのアタックの日に猛吹雪となって20~30cm(ブログ写真から推定)の新雪もあって、富士山のお鉢に相当するギルマンズポイント(5685m)で引き返しています。

直近では2017年の年末から2018年の年始にかけてキリマンジャロ登山のガイドをされた沖本さんのブログでは、登頂の前々日から前日に積もった積雪を踏んでアタックする様子が良く分かります。年末年始はキリマンジャロで雪が降ることが少ない時期ですが、それでも積雪や雪が降る可能性は念頭に置いておかないといけないと思います。

しかし、文献で報告されているようにキリマンジャロ周辺で大気の乾燥が進んでいるのに、なぜ降水量が少ないはずの年末年始にキリマンジャロでこれほどの雪が降ることがあるのでしょうか。

 

その答えは海。雪や雨を降らせる湿った空気は海から来る

2017年の年末と同じように、キリマンジャロでかなりの雪が降っている2016年の年末について気象状況を解析してみました。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)が公開している世界の雨分布速報では、過去に遡って全世界の降水の様子を見ることができます。それによると、2016年12月30日の24時間降水量はキリマンジャロ周辺で20~30mmでした。降雪量に換算すると約10倍ですので、20~30cmの大雪となります。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)による世界の雨分布速報


この雪や雨を降らせる湿った空気は、いったいどこから来るのでしょうか。湿った空気の流れを解析してみますと、インド洋西部からキリマンジャロのあるアフリカ東部に向かって、熱帯の海上の非常に湿った空気が流れ込んでいることが分かります。

さらに地上天気図を解析しますと、アフリカ大陸では東部の沿岸以外は低気圧となっていて、海上の湿った空気を真空掃除機のように吸い込んでいることが推察できます。つまり、答えは海にあるのです。

可降水量(水蒸気量の量)と風の流れ (大矢解析)

地上天気図の等圧線 (大矢解析)

 

海を見ずして、山の天気は予想できない!!

四方を海に囲まれた九州の屋久島や北海道の利尻では、どちらから風が吹いても天気が良くないのは、海上の湿った空気の影響を全方位の風によって受けるためです。私は、海を見ずして山の天気は予想できないと考えております。

このような直接の海上からの湿った空気の影響のほかに、エルニーニョ・ラニーニャ現象、インド洋ダイポールなど、日本付近の山岳の気象に大きな影響を及ぼす要因があります。やはり、海は偉大です。

 

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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