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高所の気象と医学の知識で高山病対策を! ~キリマンジャロ登山を楽しむための基礎知識~

山岳防災気象予報士・大矢康裕が教える山の天気のイロハ
基礎知識 2019年12月18日

アフリカ最高峰のキリマンジャロに登る際、事前に対策すべきことの1つに「高山病対策」が挙がる。高山病の原因と対策を、気象予報士の観点と実際の経験から説明するが、この方法はキリマンジャロ以外にも通用する内容となっている。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。連載2回目はアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ(5895m)の雪についてお伝えしましたが、3回目はいよいよキリマンジャロ登頂の成否を分ける高山病対策についてお話ししたいと思います。なお、この対策は、日本でも富士山などの高山に登る時には非常に有効と思いますので参考にしていただければと思います。

★前回記事:氷河減少の原因は地球温暖化? キリマンジャロ登山を楽しむ基礎知識

登山においては総合力が求められます。単なる気象情報だけでなく、それが人体にどんな影響を与え、どんなリスクが発生するのかという医学情報も、救助がすぐには来ない登山の世界では遭難事故を防ぐためにある程度知っておくべき大切な知識と思います。

キリマンジャロの標高4000m付近を登る(2008年1月1日 大矢撮影)

 

高い山に登るとなぜ高山病になるのか?

そもそも高山病とはどのようなものなのでしょうか。日本でも富士山などの高い山に登ると多くの人が頭痛、吐き気、めまいなどの症状が出ます。これが高山病です。

高山病のかかりやすさには個人差があり、さらに体調によっても大きく左右されます。富士山では問題なく過ごせる人でも、無防備の状態でキリマンジャロ登山やヒマラヤトレッキングなどに臨んで標高4000mを超えると、ほぼ例外なく高山病の症状が出ます。

標高が高くなるほど気圧が低くなって、空気の中に含まれる酸素の量(酸素濃度)が減るため、人体が低酸素の状態になることによって高山病は発症します。重症化すると脳浮腫や肺水腫になって死に至ることがあるので、キリマンジャロ登山では高山病対策は万全にしておく必要があります。

ところで、キリマンジャロの酸素濃度は、平地に対してどのぐらい違うのでしょうか。酸素濃度は気圧に比例しますので、気圧が低ければ、その分だけ酸素濃度も減ります。つまり平地では1気圧=1013hPa、富士山頂の気圧は約650hPaですので、酸素濃度は平地の約2/3になります。

標高5895mのキリマンジャロでは約500hPaですので、平地のちょうど半分の酸素濃度になります。なお、世界最高峰のエベレストに至っては、酸素濃度は平地の約1/3です。それを酸素ボンベ無しで登ることができるのは本当に限られた「超人」のみです。

なお、日本付近でキリマンジャロ標高の500hPとなると、年間平均気温は-22℃ぐらいですが、ほぼ赤道直下にあるキリマンジャロでは、前々回の導入編で書きましたように-5℃ぐらいです。天気が良ければ頂上でも昼間はプラスの気温になることがあり、赤道付近の山の特徴として風も弱めです。また、『1000m登るごとに気温が約6℃下がる』ことも基礎知識として覚えておかれると良いと思います。

高度に対する気圧、気温、風の関係 (大矢まとめ)

 

伏兵は『乾燥した大気』、身体からどんどん水分を奪う

キリマンジャロに限らず、高山病対策としては、

  • ①ローソクの火を消す時のように3秒間、強く息を吐いた後で吸う
  • ②積極的に水分を補給

というノウハウは広く知られていると思います。

高所での呼吸において、息を吐く方が重視されるのは、いったん肺の中の空気を空にしないと、肺の中に新鮮な空気を取り込めないためです。ただでさえ酸素濃度が低い条件では、肺活量を最大限に活用すべきです。「(息を)吐かないと吸えない――」、これは高所登山の鉄則です。富士山でも、これを心掛けると楽に登れますので、是非ご活用ください。

2つ目のノウハウの「水分の補給」ですが、実はこれが非常に大事なポイントです。以下に示した図はキリマンジャロの2019年元旦/現地時間12時の水蒸気量を解析した結果です。

2019年1月1日の水蒸気量の鉛直分布(大矢解析)


「混合比」という言葉は一般的ではないかもしれませんが、1kgの空気中に含まれる水蒸気量(kg)を表しています。キリマンジャロの山麓では0.012kg/kgですので、1kgの空気の中に含まれる水蒸気は12gです。一方、キリマンジャロ山頂の500hPaでは2.5gとなり、山麓の約1/5になります。

さらに同じ体積当たりの空気中に含まれる水蒸気量で比較すると、キリマンジャロ山頂では空気密度は半分になりますので、水蒸気量も半分になって平地の1/10の水蒸気量になります。

平地の1/10の水蒸気量と言ってもピンとこないかもしれませんが、相対湿度にするとわかりやすく、例えば下界で普段は60%の相対湿度が1/10の6%になったようなものです。

相対湿度が10%を切る状況では、洗濯物が1時間もしないうちにバリバリに乾燥します。私はこうした相対湿度を、学生時代のオーストラリア一人旅――、砂漠の中にあるエアーズロック周辺のロッジで体験しました。このときは、のどの渇きも相当なものでした。

一方で、高所登山では気温が低いために、あまりのどの渇きを感じません。しかし、実際には「吐くことを意識する呼吸法」によって口から、また、身体の皮膚表面から乾燥した大気の中に向かってどんどん水分が奪われていきます。

その結果、血液中の水分量が減って、血液がドロドロになります。さらに低温が血液の粘性を上げるため、血流が悪くなり、体内に酸素が行きわたらなくなって高山病になってしまうのです。冒頭にも述べたように、高山病が悪化すると、脳浮腫や肺水腫、血栓による心筋梗塞・脳梗塞などの死につながるような症状に至ることがあります。脅かすつもりはありませんが、リスクに対する正しい認識が必要です。

程度の差はありますが、当山病はキリマンジャロだけでなく富士山でも同様のリスクはありますので、高山に登る際には小まめな水分補給を心掛けましょう。目安は食事から取れる量も含めて1日あたり3~4リットルです。

 

誰も教えてくれないノウハウ「雲が出てきたら更に呼吸を意識しよう!」

ひとつ、気象予報士の視点から、おそらくは誰も言っていない高山病対策についてお伝えします。キリマンジャロは最高峰のキボ峰5895m(Kibo)の東にマウェンジ峰5192m(Mawenzi)があります。この2つのピークの間はサドル(Saddle)と呼ばれていて、文字通り鞍部です。

太陽が昇って地表面が温まると、谷風はサドルに向かって斜面を上昇します。すると3720mのホロンボハットと4703mのキボハットの2つの山小屋の間では雲が湧きやすくなります。そして、下図のように上昇気流が発生している時には、必ず局地的な低気圧ができて気圧が下がっています。最初は晴れていたのに段々と雲が出てきたら、さらに呼吸を意識しましょう。そして呼吸によって失われた水分の補給もお忘れなく。富士山でも全く同じ要領ですね。

キリマンジャロのサドル付近で雲が発生しやすいメカニズム(大矢まとめ)

 

2度目のキリマンジャロで実施した事前トレーニング

2008年1月2日の、私の2度目のキリマンジャロ登頂に向けて実施したトレーニング内容をまとめました。以下の図のほかにも、週2回×5~10kmのランニングと、毎週金曜夜の母校での空手練習があります。こうしたトレーニングの中で、最も効果的だったのは、できるだけ直前まで3000m峰を何度か登っておくことでした。

また、低酸素トレーニングも非常に有効です。私は名古屋大学の学生時代に名古屋大学での低圧室の実験にモニターとして参加したことがあります。実際に気圧を標高5000m相当まで下げるという大掛かりな実験室でしたが、滞在時間が1時間と短かったため、何ともなかったことを覚えています。

低圧室は非常に高価なため、現在では低酸素トレーニングが主流です。私が3回行った名古屋の低酸素トレーニングは、山岳旅行会社アミューズトラベル(現在は廃業)で行ったので現在は存在しませんが、最近は各地で低酸素ジムがあるようですので、高所登山を行う場合は活用されてみてはいかがでしょうか。

下記は、この年に行った事前トレーニングの様子です。この年は家庭の事情があって、当時は中学生だった息子と一緒に行った山行が多いのですが、意外と低山トレーニングも有効だったと思います。

 

高度順応が大成功だった2度目のキリマンジャロ登頂

私の2度目のキリマンジャロは所属するデンソー山岳部の50周年記念登山でした。参加メンバー16名のうち高山病の症状が全く出なかったのは、私ともう一人のベテランの2名のみでした。高山病に対してほぼ無防備で挑んだ最初の登頂の時には、5685mのギルマンズポイントから上は高山病がひどく、どのようにして登ったのかあまり記憶がありません。

論より証拠、余裕しゃくしゃくで笑っている2008年に対して、1988年の時は疲れ切った顔でガイドと握手をした写真が残っています。やはり登山を楽しむためには、事前の周到な準備が必要だと身に染みて感じています。

 

左/1998.1.1の最初の登頂  右/2008.1.2の2度目の登頂のキリマンジャロ頂上の写真

 

教えてくれた人

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、気象防災NPOウェザーフロンティア東海(WFT)山岳部会の一員として山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
現在、岐阜大学大学院工学研究科の研究生として山岳気象の解析手法の研究も行っている。

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

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