登山中の、より確実なテクノロジーの活用法を示す 『IT時代の山岳遭難』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「便利さ」「楽しさ」「安全性」。テクノロジーの発達は、多くのメリット登山者にもたらした。だがその一方で、頼り、依存しすぎることが原因で、アクシデントに見舞われる登山者が増加している。登山者は、どのようにテクノロジーと向き合い、活用するのが最適なのかを、現役登山ガイドが示す。

 

毎年発行される『レジャー白書』によると、2000年以降で日本の登山人口が最も多かったのは2009年で、約1230万人。その後は徐々に減少し、2018年では約55%の680万人になった。一方、同様に毎年発表される『山岳遭難の概況』を見ると、2009年の山での遭難者数は2085人。それが2018年には3129人と、なんと150%にまで膨れ上がっている。

登山者数が減少しているにも関わらず、遭難件数が増加し続けるのはなぜだろうか?

携帯電話の通話エリアが拡大し、アクシデント発生時にすぐ救助要請が可能になったことは、その大きな一因とされている。また、国内人口のボリュームゾーンである団塊の世代が70代に突入し、高齢の登山者が増えたため、転倒や病気などの軽微なアクシデントが、そのまま遭難に直結するようになったからだとも言われる。しかし、それが原因の全てではない。

この10年ほどの日々の暮らしぶりを振り返ると、大きく変わったことの一つに、スマートフォンの普及がある。特に活用されるようになったのは、高速化回線「4G」が一般化した、2012年以降。それと前後するようにSNSも一気に普及して、私たちの生活に大きく影響を及ぼすようになった。

スマートフォンを活用するようになったのは、登山者も同様だ。スマートフォン経由でインターネットに接続し、登山の情報を収集するのは、今や当たり前のことだ。また、かつては山岳会に所属していない登山者はほぼ孤立していたのだが、SNSを使うことによってWEB上で仲間を作ることができるようになり、コミュニケーションの幅が一気に拡大した。

けれども、それによってもたらされたのは、メリットだけではない。例えば、インターネット上には困ったことに誤った情報が存在する。それを参照することにより、知らず知らずのうちに危険な行動をとってしまう登山者というのも少なからず存在する。また、SNSにのめり込むことで感情が刺激され、正しい判断ができずに本来は回避できたはずの危険に、自ら入り込んでしまう登山者もいる。そしてより便利になることで、事前のリスクマネジメントが疎かになる危険性もある。

本書『IT時代の山岳遭難』では、遭難件数を押し上げるもう一つの原因とも思える、そのような様々なテクノロジーの及ぼすマイナスの影響についてスポットを当てた。

また、遭難の原因で最も多いのは「道迷い」だ。スマートフォンを持つ登山者であれば、画面上に表示した地図に、現在位置をかなり正確に示すことが可能な「キャッシュ型GPSアプリ」を、多くの人が活用しているはずだ。現在位置を知ることができれば、そう簡単には道に迷うことはなさそうに思えるが、GPSアプリを使っていても、道に迷う登山者は存在する。

槍ヶ岳北鎌尾根の様子。このような岩稜ではGPS頼りのルートファインディングは困難だ


実際の登山時には、地図や画面上で現在位置が分かっただけでは、正しい進路が見出だせない場合がある。テクノロジーのサポートを受けることのできない、そのような状況についても、本書では解説した。

だからといって、テクノロジーが悪いのかと言えば、決してそうではない。GPSアプリや山行記録共有システムを使うことで、登山者の可能性は大きく拡大した。そして今や、遭難者を発見するには「山と自然ネットワーク コンパス」での登山届の提出と、「ココヘリ」を使っての捜索の組み合わせが最適だ。さらに、各種GPSアプリが持つ、現在位置を家族などに伝える機能もいざという時には役立つ。それら登山者を助けるためのテクノロジーについては、これから活用が進むと思われる、ドローンなどを使った捜索の取り組みなども合わせて、詳しく紹介した。

本書を執筆するにあたっては、代表的な山行記録共有システムや、キャッシュ型GPSアプリの開発者の方々にも直接お話を伺って、それぞれキーポイントとなる機能を確かめた。いくつもあるサービスやアプリの中から、自分はいったいどれを使ったらいいのかと、迷っている人にも役立つに違いない。

テクノロジーに潜む危険を指摘するだけでなく、遭難を防ぐための、より良い活用法についての提言となるように、まとめた1冊だ。スマートフォンなどに対して取り付きにくさを感じている人には、安全登山のために、積極的に活用していく手順を示した。すでにフル活用している人にとっても、役立つアドバイスやヒントを盛り込んだつもりだ。ぜひ手にとって読み、確かめてみてほしい。

 

プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

登る前にも後にも読みたい「山の本」

山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。

編集部おすすめ記事