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事故事例の検証から得られる安全登山の教訓『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』

登る前にも後にも読みたい「山の本」
たしなみ 2020年04月18日

評者=布川欣一

十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕

著者:羽根田 治
発行:山と溪谷社
価格:1700円+税


この国の近現代登山史は、栄光・歓喜・悦楽ばかりではなく、遭難事故という多様な誤算・無念・悲嘆をも蓄えている。それらは、まぎれもなく「傷痕」であり、「負の遺産」だが、一方で尽きせぬ教訓をももたらす。登山活動の場は大自然で、それは時に牙をむく。安全・確実な登山を楽しむには、「失敗に学ぶ」謙虚な意識、慎重な計画と準備、冷静な判断は欠かせない。

本書は、前世紀に生じた山岳遭難事故10件を選び出し、それらを精細に再検証した労作である。とりあげるのは、

・木曽駒の学校集団登山 1913年8月
・剱澤小屋の雪崩崩壊 1930年1月
・冬の富士山巨大雪崩 1954年11月
・前穂のザイル切断事故 1955年1月
・谷川岳の宙吊り事故 1960年9月
・愛知大学山岳部の遭難 1963年1月
・西穂独標の高校生落雷 1967年8月
・立山中高年の凍死事故 1989年10月
・吾妻連峰のスキー遭難 1994年2月
・トムラウシのツアー登山 2009年7月

ほかにも登山史に重い課題を提供した遭難事故は少なくない。たとえば、奥秩父破風山の夏山疲労凍死(1916年8月)、立山松尾峠の吹雪(1923年1月)と針ノ木岳篭川谷の雪崩(1927年12月)による死亡、槍ヶ岳北鎌尾根の厳冬期遭難死(1936年1月、1949年1月)などだ。本書の10件も、すべて折々の登山状況の特徴を色濃く示して適切である。

著者は、それぞれのメンバー、計画、装備などを調べ、活動経過に気象の状況を重ねて克明にたどり、内包していた欠陥を鋭く剔出する。その作業は、ほとんどを文献資料に依拠しているが、それは、日本山岳会図書室が所蔵する事故報告書や大学・山岳団体の会報、当時の雑誌、関連書籍などである。

収録の「前穂のザイル切断事故」「谷川岳の宙吊り事故」以外の8件は、すべて気象にかかわっている。登山者たちは、台風、雪崩、吹雪、落雷、秋の大雪、夏の風雨など想定外の事態に直面した。そして、事前の調査や装備不十分、無警戒、情報の入手放棄、危機管理の不適切、急造に伴う力量のバラつきなどなどパーティの弱点が露呈、パニック状態に陥り状況は悪循環する。

先述の2件のうち、「ザイル切断事故」は、山岳会が使用したナイロンザイルの強度をめぐる問題を中心とする。メーカーを囲む厚い壁に対して、岩稜会は21年もの苦闘を強いられたが屈せず、登山用ザイルの安全基準法制化を実現させた。続く「宙吊り事故」は、自衛隊の銃撃による遺体収容の方法に対する賛否が主題となっている。谷川岳は世界で最も遭難死者が多い「魔の山」の名を高め、群馬県は「谷川岳遭難防止条例」制定へと向かう。また著者は、この章と「愛知大山岳部の遭難」とでマスコミの取材合戦に触れる。遺族や関係者への配慮を欠き、興味を煽る画面作りにカメラが放列をなす。ヘリコプターを貸し切り、山小屋の電話機を手離さず、救助活動に少なからぬ影響が及んだ状況を批判的に記す。

本書を締めくくる3件は、いずれも中高年登山者による平成期の事故だ。「立山」の10人パーティは、温泉旅行気分の登山数回程度の者がリーダーの初心者集団。服装・装備のレベルはバラバラで、天候急変にも危機を感じず、のんびり食事を楽しむ。「吾妻連峰」の場合は、ふたつの山岳会など混成の楽しいお友達グループによるスキーツアーで、登山届未提出。吹雪のなか、記憶だけを頼って地図・コンパスを用いる現在地確認をせず、同じルートを4日も往復していた。「トムラウシ」の場合は、急造パーティを現場を知らぬ雇われガイドが率い、判断ミスを重ねたツアー登山だった。

本書は、安全登山を促すべく、10人の反面教師を並べ立てている。

評者=布川欣一

1932年生まれ。登山史研究家。山岳雑誌などに登山史関連記事を寄稿。大町山岳博物館、富山県「立山博物館」などで講師、専門委員としても活躍。著書は『明解日本登山史』(ヤマケイ新書)ほか多数。

山と溪谷2020年4月号より転載)

書籍・書評 遭難・事件
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