冒険のための道具選びは、 生きるために役立つものを
ギリギリまでそぎ落とす作業です
ギリギリまでそぎ落とす作業です
石川直樹
4年ぶり2度目のK2への挑戦を目前にした写真家の石川直樹さんに
道具選びのこだわりや、道具とのかかわり方について聞いた。
道具選びのこだわりや、道具とのかかわり方について聞いた。
東京・原宿にある「CITIZEN DESIGN STUDIO 」にて
石川直樹(いしかわ・なおき)
1977年、東京都生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか、著書多数。写真集に『K2』(SLANT)などがある。2019年6月15日から8月10日、自身4年ぶり2度目となるK2登頂に挑んだ。
1977年、東京都生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか、著書多数。写真集に『K2』(SLANT)などがある。2019年6月15日から8月10日、自身4年ぶり2度目となるK2登頂に挑んだ。
道具選びのこだわり
登山で使う道具選びに必要な要素は、何よりも機能性。扱いやすさ、質実剛健であること、用途に合っていることなどを基準に選びます。それは高山でも近場のハイキングでも同じですが、6000mを超える高所登山では、すべての道具の選択基準が「生きるために役立つ」ということに集約されます。必要なものをすべて持っていくことはできないので、それをギリギリまでそぎ落とすという作業が、生きるための道具選びには求められます。
K2の6500m地点から見たブロードピーク
僕の道具
カメラは「プラウベルマキナ670」という、今は生産されていない蛇腹のカメラを愛用しています。旅に持っていけるコンパクトな中判フィルムカメラがほかにないからですが、もう20年以上前のものなのでどうしても壊れやすい。だから遠征のときは同じものを2台持っていき、帰国後はオーバーホールしながら使い続けています。
山の装備の多くは、サポートしていただいている「THE NORTH FACE」のものを使いますが、中学3年のときに買ったグレゴリーのバックパックや、古いダナーライトの革靴もリペアしながらたまに使っています。シビアな場面には向かないけれど、体に合うし機能も損なわれていないので、捨てる必要がない。出番は多くありませんが、今もときどきひっぱり出します。
山の装備の多くは、サポートしていただいている「THE NORTH FACE」のものを使いますが、中学3年のときに買ったグレゴリーのバックパックや、古いダナーライトの革靴もリペアしながらたまに使っています。シビアな場面には向かないけれど、体に合うし機能も損なわれていないので、捨てる必要がない。出番は多くありませんが、今もときどきひっぱり出します。
ブロードピークのキャンプ2
新しいもの、古いもの
でも、「古いもの信仰」のようなものはまったくありません。よくボロボロの道具を「これは○年も使っている」と自慢する人がいますが、道具は必ず劣化するし、技術は日々進化していて新しいもののほうが確実に優れている。いいものは古くても使えばいいけれど、古いものを使うことをそれだけで礼賛するのはおかしいと思っています。
条件が厳しくなればなおさらで、高所登山の道具の多くは新しいものを使います。8000m峰で使う靴は、どんなに履いても足になじんだり柔らかくなったりしないし、靴下も何枚も重ねて履くのでマメなんてできない。だから、ほとんど新品でも問題ないです。
条件が厳しくなればなおさらで、高所登山の道具の多くは新しいものを使います。8000m峰で使う靴は、どんなに履いても足になじんだり柔らかくなったりしないし、靴下も何枚も重ねて履くのでマメなんてできない。だから、ほとんど新品でも問題ないです。
バルトロ氷河上をロバと進む
道具とのかかわり方
高所登山も、最初から最後まで厳しいわけではなく、いつも完璧に装備を整える必要はないと思うんですよね。パジャマみたいな綿のシャツを着ているシェルパもいるし、Gパンで氷河を歩いている白人ガイドもいる。そういう普段着のような格好をすることで、これからシビアな登山に向かうという緊張感を、少し和らげることができるんですよ。僕の場合は、いつも使っている、洗面道具を入れる赤い袋がそう。20年くらい前にカナダのコープみたいなところで買った、イヌイットが縫った素朴な袋が、気分転換を助けてくれる気がします。
でもそれはベースキャンプまで。それ以降は完全にスイッチが入り、意識は研ぎ澄まされる。道具もさらに絞り込みます。人間の体が高さに順応できるのは6500mくらいまでで、その先はどれだけ長い時間いても順応することはありません。低酸素のなかでどれだけ体調や運動能力を維持できるかを考えていて、頭の中はどうやって上に進んでいくか考えてばかりだし、何より生きることに集中する。すべての欲望はなくなり、自分がむき出しになる。そうなるともう、道具を意識することもなくなります。
でもそれはベースキャンプまで。それ以降は完全にスイッチが入り、意識は研ぎ澄まされる。道具もさらに絞り込みます。人間の体が高さに順応できるのは6500mくらいまでで、その先はどれだけ長い時間いても順応することはありません。低酸素のなかでどれだけ体調や運動能力を維持できるかを考えていて、頭の中はどうやって上に進んでいくか考えてばかりだし、何より生きることに集中する。すべての欲望はなくなり、自分がむき出しになる。そうなるともう、道具を意識することもなくなります。
K2の南南東リブ、7000m地点(以上、すべて2015年撮影)
時計について
高所では時間の感覚が薄れていくので、時間を認識することは生きるための指針にもなります。何時間眠れたのか、出発まで何時間あるのか、常に時間を確認し、ベースキャンプ以降、時計をはずすことはありません。登頂の瞬間、真っ先に見るのも時計です。
アルティクロンは、5年前のマカルー遠征でも使いましたが、低温の影響を受けにくいのが心強いし、太陽光で充電ができ、残量が目盛りで確認できるのがとてもいいと思う。軽くて着けやすいし、見た目もかっこいい。視覚的に情報を取り入れやすいところも気に入っています。
それに、厳しい環境にいるときにも、なぜかこの時計は、ときどき街のことを思い出させてくれるんですよね。テントで荷物の中から、ふわっと石鹸の香りがしたときのように、苦しいときにちょっと気分を変えてくれる。デジタルの時計は山でしか使わないけれど、これは普段から街でも使っているからでしょう。極限の環境を支え最高の感動を共有する、「生きるための道具」であると同時に、僕に少しの穏やかさを与えてくれる、赤い洗面道具入れと同じような存在なのかもしれませんね。
(取材日=2019年5月13日)
アルティクロンは、5年前のマカルー遠征でも使いましたが、低温の影響を受けにくいのが心強いし、太陽光で充電ができ、残量が目盛りで確認できるのがとてもいいと思う。軽くて着けやすいし、見た目もかっこいい。視覚的に情報を取り入れやすいところも気に入っています。
それに、厳しい環境にいるときにも、なぜかこの時計は、ときどき街のことを思い出させてくれるんですよね。テントで荷物の中から、ふわっと石鹸の香りがしたときのように、苦しいときにちょっと気分を変えてくれる。デジタルの時計は山でしか使わないけれど、これは普段から街でも使っているからでしょう。極限の環境を支え最高の感動を共有する、「生きるための道具」であると同時に、僕に少しの穏やかさを与えてくれる、赤い洗面道具入れと同じような存在なのかもしれませんね。
(取材日=2019年5月13日)
今回のK2遠征で使用する「アルティクロン プロマスター 30周年限定モデル」を初めて手にして、「すごく軽くて、街で使うにもかっこいい。アナログは直感的に情報をとらえやすいのがいいですね」