取材・文=大関直樹 写真=矢島慎一

 

Nagasumi Family

永澄悠太さん、祭さん、杣ちゃん

お互いが京都出身で山好き。
そんなふたりが偶然、大町で出会い、結婚。
その後、3人家族となった永澄さん一家が
自然豊かな大町で作り上げていく
未来の家族像とは?

「山が近くて人が優しい」大町に住みたいと思った 「山が近くて人が優しい」大町に住みたいと思った

大町市の東側、北アルプスの眺めがいい斜面の駐車場にクルマを停めた。ここから、永澄さん一家が住む古民家まで歩くのだが、結構な坂道だ。途中で、「←永澄・祭 北アルプス→」と記された可愛い案内板を見つけた。まるで、登山道にある道標のようだ。「これを作った人は、相当な山好きだろう」と確信した。

「お待ちしていました!」。ご主人の悠太(ゆうた)さんに案内していただいて、家の中にお邪魔する。古民家だがきれいにリフォームされているので、住み心地がよさそうだ。DIYで作ったという棚には、シュラフやマット、クッカーなどの登山用具がぎっしり並んでいる。これだけ山道具があるということは、ふたりとも相当な頻度で山に行っているのでは?

「実は、ふたりで一緒に登ったのは、まだ数えるくらいしかないんです。結婚したらすぐに子どもが生まれて、バタバタだったので。道具の数が多いのは、それぞれ結婚前に持っていた山道具を持ち寄ったらからですね(笑)」(悠太さん)

ご主人の悠太さんは、京都府生まれ。中学生のときにワンダーフォーゲル部に入部して登山を始めた。その後、高校では「帰宅部」だったが、大学時代に登山を再開。再びワンゲル部に所属し、夏山縦走で北アルプスにもよく足を運んだ。大学卒業後は、立川市の市役所職員となったが、それが大町市移住のきっかけとなった。

「立川市と大町市は姉妹都市なので、人事交流制度があるんです。もともと山は好きだったので立候補して、2014~15年にかけて大町市役所に勤務しました。その1年間の暮らしのなかで、山が近いことはもちろん、ある意味よそ者だった自分をあたたかく迎え入れてくれる大町の人々の優しさに惹かれ、『いつかここで暮らしたいな』と思うようになりました。立川に戻るときは、すごく名残惜しかったことを覚えています」(悠太さん)

すっかり大町のことが気に入った悠太さんは、任期が終わっても毎月のように遊びに来た。そして冗談交じりで「大町に移住したいから、仕事があったら紹介してください」と周りの人に話していたら、本当に職場を紹介してくれる人が現われたのだった。

「自分のなかでは4~5年後にはと考えていたのですが、思いがけず早くお話をいただいて…。迷ったもの事実ですが、またとないチャンスだと思って前職を辞めることを決意しました。新しい勤務先は、酒蔵でのお酒造りで、『忙しくなる10月までに来て欲しい』とのことでした。年度途中だったので9月末まで前職に勤務し、土日で引っ越し、明けて10月の初日から新しい職場で働き始めるという感じで急展開でした(笑)。でも、やはり仕事が決まったというのが、移住のきっかけになりました。2016年のことです」(悠太さん)

左 まるでショップの棚のようにきれいにディスプレイされたふたりの山道具の数々
右 本棚には角幡唯介、服部文祥、星野道夫など冒険家や探検家の本が並んでいる

まずは、現地に行ってみて移住したいかを考えてみた まずは、現地に行ってみて移住したいかを考えてみた

一方、妻の祭(まつり)さんも、悠太さんと同じ京都府出身。京都の大学を卒業後に上京、2年ほど映画美術の仕事をした後、壁画や立体造形などの商業美術制作会社に約10年勤めた。上京したころは収入が不安定で、アルバイトを掛け持ちしていた。そこで富士山の登山ツアー添乗員のバイトをしたことがきっかけで登山を始めた。

「山に登り始めてからだんだんと、自然がきれいで山に近いところに住みたいなと思うようになっていったんです。そこで、2019年に仕事が落ち着いてきたので、長野県のいくつかの市町村が集まる移住セミナーに参加してみました。ところが、みなさん町のいいところばかりおっしゃるので、どこに住んだらいいかわからなくなってきたんですよ(笑)。結局、直感で大町市の移住ツアーに参加したら、『ここだ!』とピンときました。よし、じゃあ、仕事が決まれば移住できるなと思って「地域おこし協力隊」に応募したら採用されたんです」(祭さん)

こうして祭さんも2019年の春に移住。大町のさまざまなイベントに参加していくなかで悠太さんと知り合い、20年にゴールイン。そして今年の4月には、杣ちゃんが生まれた。

「私も移住先についてネットでいろいろ調べましたが、それだけじゃ情報が足りない感じがしていました。もし気になる場所があったら、とりあえず現地に行くのが早いと思います。その街に立ってみると、『ここで暮らしている自分が想像できるか。この街を好きになれるか』が感覚でわかると思うんです。また、移住ツアーに参加したときは交流会があったのですが、そのときに顔見知りができたので安心しました。街の雰囲気って住んでいる人を見るとわかる部分もあると思います」(祭さん)

左 まるで親友同士がおしゃべりしているように笑顔が絶えない永澄さん夫妻
右 今年4月に生まれた杣ちゃん。杣とは「材木をとる山」のこと

夏は思いきり登山を楽しみ、冬は仕事に専念する 夏は思いきり登山を楽しみ、冬は仕事に専念する

北アルプスの山麓にある大町市には清冽な水が流れる。それで、駅から徒歩15分圏内に3軒もの酒蔵があるという。悠太さんが働いているのも、そのひとつだ。移住から5年。酒造りの仕事はまだ完全にマスターしたわけではないが、自身がお酒好きということもあって楽しみながら働けている。

「大町は酒蔵があるだけじゃなくて、市内にお酒を提供する飲食店も多いんです。これは1956年から63年にかけて、黒部ダムの建設のために大勢の作業員が滞在した名残だからとも言われています。私も妻もお酒が好きなので、飲み屋さんが多いのはうれしいです。昼は山を見たり登ったりして、夜は美味しいお酒が飲める。大町は、私たちにとって一日中楽しめる街なんです(笑)」(悠太さん)

酒蔵の繁忙期は、気温の低い冬場。10月から4月くらいまでは悠太さんも朝早くから仕事に出るが、夏は比較的時間がとれる。

「夏と冬で生活のリズムはまったく違う感じですね。私は夏山をメインに登っているので、夏に仕事が忙しくないというのはうれしいです。酒蔵で働く人のなかには、意外と登山好きが多いんですよ。冬にガッツリ働いて、夏は山に行く。私と入れ違いで退職されたのですが、以前は烏帽子小屋の方もいらっしゃいました」(悠太さん)

大町周辺では夏は農業や林業、冬はスキー場というように、季節で違う職業に就く人が多い。それは通年で働ける仕事が少ないからでもあるが、季節や自然のサイクルに沿って仕事を変えるシーズンワーカーという働き方が一般的だからでもある。

「収入の面からいうと、東京にいるときにくらべて少なくはなりましたが、田舎は住居費などが安いので相応の生活ができます。ただし、いろいろなことを兼業して工夫をしながら生活をする必要性を感じています」(悠太さん)

夏は時間の余裕があるので、あちこち山に登っているという悠太さん。移住してきてから登った山のなかで一番印象に残っているのは、どこの山なのだろうか?

「この周辺だと北アルプスではないのですが、雨飾(あまかざり)山ですね。すごく登山道が変化に富んでいて。とくに紅葉の時期は素晴らしいです。4月に生まれた子が、もし女の子だったら雨飾山にちなんで、飾ちゃんにしようかなと思っていたくらいです(笑)」(悠太さん)。では、祭さんが一番印象に残っている山は?

「私は、栂海(つがみ)新道が忘れられないですね。朝日岳から下りていったんですが、お花畑がすごくて! 正直なところきつかったのですが、本当に楽園みたいなところだと思いました」(祭さん)

1 リノベーションした永澄夫妻の自宅は見晴らしのよい小高い土地に立つ
2 駐車場から坂を登っていく途中で見つけたかわいい案内板
3 美術制作の仕事に携わっていた祭さんが作った道標
4 2階の寝室の大きな窓から北アルプスが一望できる。夜景もまた素敵だとか
5 窓辺のカウンターにはいつでも山座同定ができるように双眼鏡とパノラマ写真を常備

冬の大町に住んでみて「驚いたこと」とは? 冬の大町に住んでみて「驚いたこと」とは?

ふたりが暮らしている古民家は、築年数こそ数十年だが、壁をグリーンに塗り替えるなどリフォームされていて住みやすそうだ。二階の寝室に案内してもらうと、大きな窓越しに後立山連峰がそびえていた。朝起きてカーテンを開けたらこの景色が目に飛び込んでくる。それはさぞかし気分がいいことだろう。

「この家は、知人に紹介していただいたんです。大家さんがご高齢で、家の中を片付けたりできなかったので、空き家みたいになっていた。そんな物件って大町には意外に多いんです。ただ、賃貸物件としては出ていないので、不動産屋さんで探せないんです。やはり、人のご縁が大切だなと実感しました」(悠太さん)

片付けたり手入れをする手間はかかるが、そういう物件のほうが賃貸アパートを借りるよりは断然安いとのことだ。「自分の手でリフォームすることを楽しむ気持ちがあれば、古い一軒家を借りちゃうほうがおすすめです」(祭さん)

しかし、この家に引っ越してきた当初は、ちょっとしたトラブルも体験したという。それも、東京から移住してきたので、冬の大町のことを知らないが故に起こったことだった。

「みなさん(取材スタッフ)も駐車場にクルマを停めたのでおわかりになると思うのですが、大町市街から駐車場までは、結構な坂を登りますよね。引っ越し当初は、東京から持ってきたクルマを使っていたんですが、それが二輪駆動だったんです。すると、坂を登ろうとしてもズルズルと後退してしまって。翌年には四輪駆動に買い替えたのですが、最初の冬は、クルマに乗らずに過ごすことになりました(笑)」(悠太さん)

ほかにも家を改築する流れのなかで、洗濯機を外に出しておいたところ…。 「地元の人なら絶対にそんなことをしないのですが。冬のうちに何回も凍ってしまいました。その度にドライヤーで温めてから洗濯を始めて。ひと冬越してみて、「洗濯機は屋内だな」ということがよくわかりました(笑)。やっぱり東京から来たばかりだったので、認識が甘かったんです」(祭さん)

1 餓鬼岳の白沢登山道を歩く悠太さん /  2 餓鬼岳の山頂で記念写真 /  3 自宅2階から見る北アルプスのモルゲンロート
4 自宅2階の夜景。冬の満月の夜は北アルプスの雪が月光で白く光る /  5 自宅の壁を漆喰で塗る
6 床材の張り替えもできるところはDIYで /  7 鷹狩山の山頂で /  8 自宅の庭の雪かき
(写真提供=永澄夫妻)

“子どもが自然のなかでのびのび遊べる環境が充実 “子どもが自然のなかでのびのび遊べる環境が充実

大町に移り住む前は、結婚したり子どもが生まれるなんて、想像もしていなかったという悠太さんと祭さん。現在は、家族3人でひとつ屋根の下で生活していることが大変楽しいとのことだが、大町は子育ての環境としてはどうだろうか?

「まずなによりも自然が美しいところで子育てできることは、うれしいですね」(悠太さん)

「地域おこし協力隊の仕事で、市内の学校を訪ねたことがあるんですが、木材をふんだんに使った建築で素敵なんですよ。子どもたちも元気に挨拶をしてくれますし、のびのびと育っているんだなと思いました」(祭さん)

また、大町市は子どもがのびのびと走り回って遊べる公園が多い。北アルプスを一望できる大町公園や、広々とした芝生がある文化公園、タコの滑り台がランドマークの西公園など、バリエーションも豊富だ。

「子どもが走り回れる広い公園が多いのはうれしいですね。家から歩いて5分くらいのところには、長野県山岳総合センターのクライミングウォールがあって150円でボルダリングができます。大町は子どもと一緒に遊ぶ施設の料金が安くて、お金がかからないのがうれしいです」(祭さん)

ほかにもクルマで15分くらい走ると、国営アルプスあづみの公園があり、四季を通じて北アルプスの大自然を満喫できる。夏は川遊び、秋は渓流釣り体験などのアクティビティが楽しめるほか、木の枝などを使ったクラフト体験ができる「森の体験舎」なども人気だ。

「もう少し上の年齢のお子さんがいる先輩には、大人4500円の年間パスポートは、めっちゃいいよと教えてもらいました。この子が、もう少し大きくなったら一緒に遊びに行くのが楽しみです」(祭さん)

現在は、「地域おこし協力隊」を育児休業中の祭さん。最後に、育休が明けたらどんなことをしたいのか聞いてみた。

「自分たちもそうですが、大町に移住してくる人たちは山が好きな人が多い。そういう人たちが気軽につながることのできるネットワーク作りができたらと考えています。もちろん、みなさん単独でも山に行くことはできると思うのですが、たまには仲間と一緒にワイワイと登山を楽しんでもいいのかなと」(祭さん)

確かに山が好きな移住者にとっても、そんなネットワークがあると安心だろう。悠太さんや祭さんも、引っ越してきた当初は、山好きの友だちが欲しかったという。

「これからは子どもも一緒なので、気軽に楽しめる日帰り登山やキャンプメインな山登りもできたらと思っています。そこに、新しく移住してきた人にも加わってもらって、みんなで山を楽しめるようになったらうれしいです」(祭さん)

(取材:2021年7月)

参加者募集! 「信濃大町移住見学会2022」

20221029日(土)~30日(日)

 大町市(長野)

・先輩移住者職場訪問
・大町山岳博物館見学
・北アルプスを一望!鷹狩山トレッキングなど

※申し込みは締切りました

◇2022年開催の現地見学会の様子はこちらからご覧ください

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信濃大町移住見学会2022

20221029日(土)~30日(日)

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・先輩移住者職場訪問
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・北アルプスを一望!鷹狩山トレッキングなど

※申し込みは締切りました

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