取材・文=大関直樹 写真=矢島慎一

 

Takada Family

高田翔太郎さん、めぐみさん、ひまりちゃん

日本屈指のアウトドアフィールドで
自分たちの暮らしを自分たちの手で作る。
日々喜びを感じる理想の生活を家族とともに。

中綱に引っ越してライフスタイルが変わった 中綱に引っ越してライフスタイルが変わった

大町市街からクルマで15分ほど走ると、仁科(にしな)三湖のひとつである中綱(なかつな)湖が見えてくる。豊かな緑に囲まれた山間の小さな湖。その湖畔から一段上がった土地に高田さん一家の家がある。DIYで作った屋根付きテラスを通ってキッチンにお邪魔すると、棚と壁に使いやすいように台所用具がレイアウトされていた。「うちのキッチンは、僕が作ったので使い勝手がいいですよ(笑)」と高田翔太郎(たかだ・しょうたろう)さんは、悪戯っ子のような表情で笑った。

翔太郎さんとめぐみさん夫妻が神奈川県から大町市に移住してきたのは2013年のこと。翔太郎さんの勤務先だったアウトドアメーカーのパタゴニアが、白馬村に新しい直営店をオープンするためだった。

「白馬はスキー、スノーボードですごく有名ですけど、僕は滑ったことがなかったんです。首都圏に住んでいたときは、群馬エリアに滑りに行っていたので。白馬店は山の麓にお店を作るということだったので、滑りながら仕事ができるなんてすばらしい環境だと思って。実際に来てみたら最高でした(笑)。スノーボードをやるなら白馬は、日本でも有数のアルパイン地形だと思います」

当初は、看護師であるめぐみさんの職場が近い大町市街に住んだが、都会と同様に隣の家が隣接するような環境だった。せっかく自然豊かな大町市に移住してきたのだから、庭があって畑ができるくらい広い敷地がある場所に住みたい。そんなことを考えて翔太郎さんは大町から白馬に出勤していたが、気になっていたのが自然環境に恵まれた仁科三湖のエリアだった。そこで、大町市の中綱地区で空いている家を探したところ運良く現在の住まいを見つけ、トントン拍子に引っ越しが決まった。

「大町市街からここに移り住んで、ライフスタイルがガラリと変わりました。自然のなかで遊ぶことが好きなので、これまでもできる限り時間を作って海や山に行っていたんですが、今は家を一歩出たらそこがフィールドです。冬は歩いて15分の鹿島槍スキー場で毎日のように滑りますし、夏は湖で泳いだり、川でイワナを釣ったり。遊び場にこと欠きませんね」

左 中綱湖の湖畔に近い土地に立つ高田さんの自宅。冬はウッドデッキが雪で埋まってしまうので、高田さんが自分で屋根を付けた
中 キッチンの食器棚や調味料ストッカーは使い勝手を考えてすべて自作だ
右 中綱に移住してきてから本格的にDIYを始めた。続けていくうちに専用工具もどんどん増えてきた

発想の転換ができる人が田舎暮らしに向いている 発想の転換ができる人が田舎暮らしに向いている

翔太郎さんは畑で作物を作り、自宅でDIYをするなど、自分たちの生活は可能な限り自分たちの手で作り上げていきたいと考えていた。しかし、街中に住んでいるとどこかに畑を借りるなど環境を整えるだけで一苦労だ。それを中綱ならやろうと思えばすぐにできるのがうれしいという。たとえば、薪ストーブも、スペースを確保するために2つの部屋の壁を取り払うところから始めて、天井に穴を開けて煙突をつけるところまで、すべてDIYで行なった。

「業者さんにお願いすると結構高いので自分でやりました。これで30~40万円くらい節約できたと思います(笑)。お金に関しては、収入を増やすことと支出をセーブすることのどちらが自分にとって快適かを考えたんですよ。そうすると、収入を増やすことに時間やエネルギーを注ぐよりも、できることは自分でやって支出を減らしていくほうが楽しいな、と。モノを作るスキルもアップするし、やりがいも感じます。自分の生活のなかで足りないものや値段が高くて手に入れられないものがあることをショックだと考えずに、自分でなんとかしてしまおうと楽観的に考える。そんなふうに発想の転換ができる人が、田舎暮らしに向いているのかなと思います」

現在、高田さん一家は、めぐみさんが看護師としてフルタイムで働き、翔太郎さんはProtect Our Winters Japan(POW)という国際的環境団体で事務局長を務めている。家事や子育てはふたりの役割だ。

「パタゴニアを辞めた後にワーキングホリデーでオーストラリアのタスマニアとニュージーランドを1年半かけて回ってきたんです。それで日本に帰ってくるときに妻は、すぐに仕事に復帰したいということだったので、僕が家のことを担当することにしました。だから、どこかの会社に所属して仕事をするイメージはなかったんですが、帰国直後にPOWに関わってくれないかと声をかけていただきました。こういう仕事ならやりがいがあるかなと思って、お引き受けしました」

POWはスキーヤーやスノーボーダーが中心となって、自分たちの大切なフィールドである雪山を守るために立ち上げた環境団体だ。主な活動としては、気候変動の原因や対策を考える啓蒙や教育的な事業の実施、行政や企業に対して温室効果ガスの排出抑制を働きかける取り組みなどを行なっている。 「今は、その仕事と並行しながら冬はほぼ毎日滑る生活ですね。雪のない時期は畑やDIYをやって。山菜、きのこ、果物などが採れる季節は、里山にも入ります。あと、ここからクルマで1時間30分も走ると糸魚川に出られるのですが、そこから上越にかけてのサーフエリアも1年中波乗りが楽しめるので、のんびりしている暇がありません(笑)」

1 楽しみだけど、まだ建築に着手できていないという鶏小屋と温室の模型。1~2年後の完成が目標
2 煙突やストーブ台、壁面の遮熱板も自作。30~40万円は節約できた
3 「いろいろと育ててみたいものが多いのでいつも時間が足りないです」と高田さん
4 現在、畑ではナスやトマトなどをはじめ30~40種類くらいの野菜やハーブを育てている
5 冬に向けて薪割り作業は欠かせない。仲間と一緒にワイワイ楽しんでやるのがコツだ

ユニークな人が多いのも大町ならではの魅力 ユニークな人が多いのも大町ならではの魅力

スノーボードや釣りのフィールドとして日本屈指のスケールを誇る立山や黒部も近いなど、大町の持っているポテンシャルにはいつも驚かされると同時に、そこで遊ばせてもらっていることに感謝しているという翔太郎さん。そして、もうひとつの大町の魅力として、「各地域で独特の文化やスタイルがあり、そこで暮らす人たちもすごくユニークなこと」、を感じているという。

「大町市といっても、僕の住んでいる仁科三湖以外にも市街地や八坂、美麻など地区によって全然街の雰囲気が違うんです。それぞれにディープな文化があったり、手仕事をする人やアーティストなど面白い人たちが集まっていたりとか。僕も移住してきて少しずつわかってきたんですが、まだまだ出会っていない人やコトがたくさんあると思っています」

翔太郎さんは、4年前から白馬村で月に1~2回のペースでファーマーズマーケットを主催している。そこでは自分のこだわりを持った食べ物を作っている人に出店してもらっているが、このイベントを通じていろいろな人とも知り合いになったという。そんなお話をうかがいながら冷たい飲み物を出していただいたが、これも大町在住の人が作ったエルダーフラワーというハーブジュースだった。今まで飲んだことのない自然な甘さとフルーティな香りが独特だ。

「僕もその方から教えてもらってエルダーフラワーのことを初めて知りました。本当にユニークで面白いことをやっている人がいっぱいいるんですよ。大町は自然の豊かさだけでなく、暮らしている人たちの面白味も魅力のひとつです。住めば住むほど、それを実感しますね」

一昨年、長女のひまりちゃんが誕生した高田さん一家。最近は、ひまりちゃんが保育園から帰ってくると、翔太郎さんと一緒にE-bikeで湖周りや里山を走っている。子育てをする環境としては申し分ないと思えるが、どうだろう?

「こんなに自然がいっぱいのなかで子育てができることは、最高です。畑でも遊び回れるし虫や植物もたくさんいるので、五感を働かせながらのびのびと育ってほしいですね。また、近所の人たちも娘を可愛がってくれるので、その点でも恵まれていると思っています。ただ、今はまだ保育園が妻の職場に近いので不都合はそれほど感じないのですが、これから小中学校と進んでいくなかで、課外活動も含めた送り迎えなどはなかなか大変かもしれないですね。そうは言っても、学校や習い事よりも、どういう環境で日々過ごしているのかが重要だと思うので、今はこれでいいのかなと考えています」

中綱地区は大町市街にくらべて自然環境が豊かだが、お店や病院などへのアクセスについては決して便利とはいえない。その点についてはどのように考えているのだろうか?

「僕の家からだとコンビニに行くのもクルマで10分程度は走らなくてはいけません。しかし、そんなに頻繁に買い物をしなくていけないわけではないので不都合は感じていないですね。大町市街や白馬に出たらスーパーマーケットやホームセンター、医療機関もありますし。ただ、自分は買い物に興味がないのでいいのですが、妻を見ていると松本や東京に行くと楽しそうにしているので、たまにはそういう機会がないといけないんだなと感じています(笑)。だから、自分と妻では捉え方が少し違うかもしれません」

1 薪に積もる雪を前に家族で。まさに、中綱の冬 /  2 冬は自宅に上がるスロープも遊び場に /  3 雪深い冬が去って、春の訪れに大喜び
4 GW前、湖畔のオオヤマザクラが見頃に /  5 畑での時間は暮らしの一部 /  6 出産を控える、穏やかなとき
7 ひまりの最初の友達は、西山のおばあちゃん /  8 周りの自然を見て、触って、五感で感じる
(写真提供=高田夫妻[1~4]、栗田萌瑛[5~8])

鶏小屋に温室、ゲストルームも作りたい 鶏小屋に温室、ゲストルームも作りたい

最近は、新型コロナ禍によって急速にテレワークが普及したこともあって、地方移住がブームになっている。忙しい都会よりも豊かな自然のある広々とした土地で、ゆったりと暮らしたいという人が増えているが、移住者の先輩である翔太郎さんに移住成功のコツを聞いてみた。

「いろいろなケースがあるので一概には言えないですが、先ほども話しましたが、自分で作ることを楽しむという発想の転換がひとつだと思います。それと、考えていただけじゃ物事は前に進まないので、行動を起こすことが大事だと思います。いろいろとネットで調べても現実には近づけないことが多いので、現地に実際に足を運んで、滞在してみる。それを繰り返すことで、めざしている生活や未来に近づく手応えを得られるのではないでしょうか」

今は移住者を受け入れる立場になった翔太郎さんだが、若い人や新しい感覚を持った人が移り住んで来るのはウェルカムだという。

「地元の人たちもそういうふうに思っているってことを知ってもらえると、移住に対する不安感も少し解消されるんじゃないでしょうか。たとえば、木崎湖の周りには田んぼがたくさんありますが、だんだんと耕作放棄地が増えている現状があります。その場所を野生動物がすみかにしてしまって農作物の獣害が発生したりしています。これまで地域の方々が協力して整えてきた環境を維持するのが難しくなってきている。だからこそ、里山を整備しようという動きが進んでいますが、そのときに若いパワーは欠かせません。ほかの地域でも同じような課題はあると思うので、移住してきていただけるのは有り難いことです」

仕事に家事に子育て、そしてアウトドアアクティビティと毎日忙しくしている翔太郎さんだが、最後に、これからどんな生活を送りたいと考えているのかを聞いてみた。すると、おもむろに隣の部屋から建築模型を持ってきてくれ、将来の夢を話してくれた。

「こんな感じで玄関の横に1階が鶏小屋で、2階で苗を育てられるような温室を作りたいんですよ。鶏を飼うのは採卵という目的もありますが、畑の雑草を鶏に食べてもらって、その鶏糞を畑の肥料にすることでうまく循環型の農業ができたらと思っています。ニュージーランドの農家は、みんな鶏や牛、羊などの動物を飼っていたんです。僕もそういう生活をしたいのですが、まずは現実的なところで鶏から始めようと思っています。できたら今年中に基礎と柱を建てて、1~2年で完成させたいですね」

それが終わったら、次は畑の横にゲストが宿泊できる小屋を建てたいとのこと。自分の友だちが遊びに来たときに快適に過ごせるだけでなく、ウーフ(WWOOF)と呼ばれる農業ボランティアの受け入れの場を作りたいと考えているからだ。ウーフとは、1980年代にオーストラリアで始まったボランティアシステムのことで、農家で無給労働する代わりに食事や宿泊、農業の知識や経験を提供してもらうものだ。

「自分がニュージーランドに行ったときもウーフの制度を利用したんですが、とてもいい体験をさせてもらいました。だから、今度は僕がホストになって、ほかの人たちと体験をシェアしたいと思っています。そうすると自分が海外に行かなくてもいろいろな国から遊びに来てもらうこともできますし。また、外国人だけじゃなく日本の若い人にもこういう暮らしを体験してもらいたですね。“田舎暮らしは、いいよ!”と言っても、なかなか実感が湧かないじゃないですか。それなら、体験してもらうのがいちばんかなと。そして、ここが田舎暮しや農業を楽しいと感じてもらえるような場にできたらと思っています」

(取材:2021年7月)

参加者募集! 「信濃大町移住見学会2022」

20221029日(土)~30日(日)

 大町市(長野)

・先輩移住者職場訪問
・大町山岳博物館見学
・北アルプスを一望!鷹狩山トレッキングなど

※申し込みは締切りました

◇2022年開催の現地見学会の様子はこちらからご覧ください

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信濃大町移住見学会2022

20221029日(土)~30日(日)

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