花の少ない初秋の高山に咲く花

スッキリしない天気が続いていますね。山に行けない間にすっかり花の季節は終わってしまいました。そこで今回はもしかしたら、まだ咲いているかもしれない花を植物写真家の高橋修が教えてくれました。

 植物の名前には、いい加減なものや、難しすぎるものもあって困りものだが、トウヤクリンドウはわかり安い。漢字で書くと「当薬竜胆」。まさに生薬に合うリンドウという意味で、地下にある根茎を薬用にした。しかし生薬にはリンドウ、エゾリンドウのほうが使われることが多く、トウヤクリンドウはあまり使われていない。トウヤクリンドウは当を得た名ではないということになる。

 草丈10~20㎝。上を向いて咲く筒状の花冠は、長さ3.5~4cm。日本の高山帯のリンドウで白色に近い淡黄色の花は、トウヤクリンドウだけだから見分けるのは簡単だ。花が少なくなった8月中旬から9月まで咲く。秋の気配がする岩がちのちょっと黄みがかった草地に、淡黄色のトウヤクリンドウを見つけるとうれしくなる。

 トウヤクリンドウの撮影は難しい。上を向いて咲くリンドウの仲間は、晴れた日にしか花が開かない。漏斗状になっている花冠の中に雨水がたまらないように、ちょっと曇っただけで花が閉じる。天気が不安定な高山では、固く閉じている時が多いが、少ない晴れの日に太陽光線が当たるとやっと開く。しかし、カンカン照りの日に、花が開いたトウヤクリンドウの微妙な淡黄色の花を撮ろうとしても、花が白く飛んでしまってうまく撮れない。直接光が当たっていると、トウヤクリンドウの透明感のある花冠の様子は写らないのだ。そこでどうするかというと・・・。

 ただ待つ。日陰にしてくれる雲がやってくるのを。青空の下、トウヤクリンドウの花が開いている。そこで雲がかかった一瞬、白色に近い淡黄色のトウヤクリンドウに向かって、短いチャンスを逃がさないようにシャッターを切る。日陰になってしばらくたつとトウヤクリンドウの花は閉まってしまう。やっていることはシンプルだが、待つ時間が必要だ。山ではなかなかこの待つ時間が撮れないのがもどかしい。でもその価値がある花であると思う。

教えてくれた山センパイ

高橋 修(たかはし・おさむ)

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。