雨のなか行動する経験値の大切さ
これはいまから15年以上も前の話。僕はまだ学生で、登山を始めたばかりの初心者だった。季節は春。2泊以上の計画で伊豆の山を縦走していたときのことだ。雨に打たれながら山道を歩いていると、いつも当時の記憶が思い出される。
初日は予報通り気持ちのいい青空が広がった。しかし、その翌日に想定外の雨に降られてしまったのだ。本格的な雨の日の登山は実はこのときが初めてで、山の天気を甘く見ていた僕は、ザックカバーを持たず、足元は非防水のローカットシューズという出で立ち。もちろん、そのあと悲惨な状況に陥った姿は想像に難くない。
日本の気候は雨が多い。そのため、山登りを続けていると、どうしても雨を避けられないときがある。かつて僕が伊豆で経験したような予報外れの雨だけでなく、たとえば泊りがけの計画で、初日の午前中だけ雨予報といった場合はどうだろう。午後から晴れることが分かっていれば、多少の降雨を覚悟しても山に登る人のほうが多いはずだ。
さまざまな雨に対して安全に登山を楽しむには、ザックカバーや防水性の登山靴と並んで、レインウェアが欠かせない。そして、レインウェアを羽織って実際に雨の山を歩く経験も、いつかは必ず必要になってくる。
パタゴニアの新作レインジャケットはココが違う
今回テストしたパタゴニアの新作「スレート・スカイ・ジャケット」も、登山に必要なレインウェアの一着だ。しかし、同社にとってこのジャケットは、特別な意味をもつ今後のベンチマーク的なアイテムに位置づけられている。
というもの、「スレート・スカイ・ジャケット」は、人体の健康への影響が懸念されている過フッ素化合物を使わない“PFCフリーの耐久撥水加工”を施した、同社で初めてのレインジャケットなのである。
さらに、使われている素材は、廃棄される予定だった漁網を再利用した“ネットプラス”ナイロン100%。「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」という、まさにパタゴニアの環境に配慮する企業理念を形にしたようなウェアなのだ。
自然に優しい開発背景だけでなく、目に見える機能にも特長がある。とくにユニークなのが、フロントファスナーの上半分を覆い隠すように配置したストームフラップだろう。これは雨水の侵入を防ぐと共に、ファスナーを下げてスナップボタンだけでとめるとベンチレーションとしても機能する。
今年、満を持してリリースされた「スレート・スカイ・ジャケット」だが、レインウェアの核となる3つの性能、防水性、撥水性、透湿性の良し悪しはどうだろう。着心地と共に、雨が降る実際のフィールドで試してみた。
雨の山の魅力を探しに、奥多摩の低山へ
雨の日の登山はネガティブなイメージをもつ人が多いと思うが、実際の印象はさまざまで、僕の知り合いには「雨の山は潤いがあって気持ちがいい」と感慨深げに語る人がいる。どうやら雨の山にも独特の魅力があるようだ。
初めて本格的な雨に打たれながら山を歩いたあの日以来、幾度もなく雨の登山を経験してきたが、ゆっくりと雨で濡れる山の魅力に意識を向けたことはない。
そういった意味でも、今回の「スレート・スカイ・ジャケット」のテストは、新たな山の魅力に出会えるかもしれない貴重な機会となった。
駐車場から出発して坂道を登っていくと、人工的な杉林を過ぎたあたりから立派なブナが現れ始めた。太い幹にたっぷりと水分を含むブナは、豊かな森の象徴だ。大きく枝を広げて、空から降りそそぐ好物の雨に、どこか喜んでいるようにも見える。
そんなブナのように、とくに広葉樹の木々は天然の傘となって、落葉する秋の季節までは恰好の雨宿りポイントになる。晴れた日に木陰を作ってくれる枝葉は、雨の日になると雨脚を弱めてくれるのだ。こんなありがたみに気付けるのも雨の山の魅力かもしれない。
降りしきる雨のなかでは、ほかにもいろいろな感情がわいてくる。帽子のツバを上げると、しっとりと濡れた森は艶やかで、緑がどこか生き生きとしているようにも感じられた。雨が降らなければ植物は育たず、僕たちも水不足に陥ってしまう。しばしば厄介な存在と思われがちな雨も、裏を返せば、やはり天からの恵みなのである。
そして、山に降った雨は川となり、海に注ぎ、やがて雲となって、再び山に雨を降らす。いくら科学が発達した現在でも、この完璧な自然のサイクルのなかで僕たち人間も生かされている。パラパラと雨に打たれながら、雨の山ではそんなことを改めて考えることができた。
レインウェアに求められる3つの性能、その実力は?
下山後、駐車場に戻ってから、肝心の「スレート・スカイ・ジャケット」の性能を振り返ってみた。
まず、気になっていたPFCフリーの耐久性撥水加工については、思っていた以上に水を弾き、しかもそれが長時間持続した。実は数ヶ月前からこのジャケットはフィールドで試していて、1回目は約2時間の雨、2回目は約6時間の雨を経験して、そして今回が3回目の出番となる。途中、洗濯も市販の撥水剤による撥水加工も行なわず迎えた3度目の雨だったが、写真のとおり、しっかりと水を弾いている。強いていえば、バックパックに触れる肩や腰回りは撥水性が落ちてしまい、表面に雨水が染みてしまったが、それによる浸水は確認できなかった。
さらに好印象だったのが、30デニールの生地のしなやかさと、それに起因する着心地の良さだ。「スレート・スカイ・ジャケット」と同様に、パタゴニア独自の防水素材「H2No」を使った「トレントシェル3L・ジャケット」の50デニールの生地と比べると、明らかに柔らかく、袖を通したときに軽いと感じ、さらにコンパクトに収納できる。これは、「トレントシェル3L・ジャケット」が394gなのに対して、「スレート・スカイ・ジャケット」は295gという重量にも表れている。
シャカシャカというレインウェア独特の生地と生地が擦れる音も少なく、その着心地はまるで薄手のソフトシュルのよう。内側の湿気を排除する機能も申し分なく、生地が持つ透湿性が高いというよりも、前述したフロントのストームフラップによるベンチレーションを使うと、効率的に首元から熱が逃げていく様子を感じられた。また、晴天時にウインドシェルのように羽織るなら、ハンドポケット内のメッシュパネルが同じくベンチレーションの役目を果たし、ここからも空気が循環するのをはっきりと確認できた。
スレート・スカイ・ジャケットが切り開くレインウェアの多様性
環境に配慮した「スレート・スカイ・ジャケット」の登場で、パタゴニアのレインウェアに新たな選択肢が加わった。自然に与える負荷が少ないアイテムを選ぶことは、自分たちが遊ぶフィールドを守ることにつながり、巡り巡って僕たちの利益となって還ってくる。
そして、「スレート・スカイ・ジャケット」は登山用のレインウェアとして、性能も機能も申し分ない。岩にこすり付けるなど、生地に著しくダメージが生じるクライミングのようなアクティビティや、雨天が何日も続くような悪天候の長期山行でもなければ、春から秋まで、無積雪期の一般登山で十分に活躍する。
今回試したメンズだけでなく、ウィメンズも展開されるようだ。すっきりとしたシルエットにシンプルなデザインな本製品は、女性にも嬉しい一品となるだろう。
洗濯とこまめなメンテナンスで撥水性を持続させて、これから先、何年も大切に着続けたい。自然とそう思わせてくれる魅力もまた、このジャケットの本質だろう。