寒い季節の飲み物というイメージがあるが、俳句では「甘酒」は夏の季語だ。現代のように食べ物が豊富でなかった江戸時代、厳しい暑さを乗り切るための夏バテ対策として、広く庶民に親しまれていたという。ビタミンＢ1やブドウ糖を含み、糖質と水分が一度に取れる甘酒はいわば日本伝統のエナジードリンク。登山の栄養補給にぜひ活用したい。

　甘酒には、酒粕で作るものと米麹を原料とするものの2種類がある。酒粕は、日本酒の製造工程で米、麹と酵母を発酵させたもろみを圧搾したときに残る固形物。これに砂糖などを加えて作る甘酒は、米麹と酵母由来の凝縮されたさまざまな栄養分を含み、豊かな香りと深いうまみがある。米麹を使う甘酒は、砂糖などを加えず米と麹と水のみで作られる。米と麹が発酵する際にデンプンが糖化してつくられる甘みと、米本来の香りが楽しめる、古くから伝わる製法だ。

　どちらのタイプにも共通するのは、栄養価の高さ。登山中に欠かせない栄養素である糖質を多く含んでいる。固形物と比べて吸収しやすく、素早くエネルギーを補給できるため、まさに「飲むごはん」のような存在だ。さらに、ヨーグルトやみそと同じ発酵食品で、ビタミンやミネラル、アミノ酸などを多く含み、疲労回復や腸内環境を整える効果も。ナチュラルな素材で疲労時の胃腸にやさしく、食欲のないときでも飲みやすい甘酒は、行動食にうってつけ。汗で失われるカリウムを多く含む、プルーンや干しアンズなどを一緒に取るとさらによいだろう。

　粒が残る独特な食感は飲み応えがあり、アイスでもホットでも楽しめる。そのままはもちろん、紅茶や牛乳、柑橘系のジュースなどと合わせてもおいしい。独特の風味やコクを生かして、鍋のつゆや豚汁に加えたり、牛乳と砂糖の代わりにフレンチトーストに使ったりと、山ごはんにも活躍しそうだ。

　ちなみに「酒」という文字は入るが、甘酒は酒ではなく清涼飲料。米麹のみで作られた甘酒はアルコール分0％、酒粕の甘酒も1％未満だが、お酒に弱い人が山で飲む際は、念のため摂取量などに注意するのがいいだろう。

　米と麹が作り出す、どこかほっとするような味わい。山頂でのティータイムに、行動中のパワーチャージに、日本人に古くから愛されてきた伝統の味を、山で取り入れてみてはいかがだろう。

大久保朱夏（おおくぼ・しゅか）

「元気な食生活を応援」をテーマに幅広く活動する食のクリエイター。2011年から『現代用語の基礎知識』食生活分野の執筆にも携わる。トレイルランナーであり、著書に『首都圏トレイルランニングコースガイド』（マイナビ）、『はじめてのライスミルク』（自由国民社）ほか。