憧れの東北の山へ。八幡平裏岩手縦走路[岩手県・秋田県]

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東北屈指の面積を誇る広域火山地形が織りなす広がりに、ブナやオオシラビソの森が続く八幡平。まろやかな稜線には湿原が連なり、それらを結ぶように山道が続いている。そんなとっておきのトレイルをたどる2日間。

写真=高橋郁子、文=麻生弘毅

八幡平に広がる森を北から南へ

盛岡の町から見上げたご機嫌な岩手(いわて)山はどこへやら、八幡平(はちまんたい)は濃密な霧に包まれていた。雨上がりのアオモリトドマツが放つ甘い匂いに誘われるよう、おずおずと白い海を泳ぎだすと、足元に青く輝くエゾオヤマリンドウ。諸桧岳(もろびだけ)に差しかかると、ようやく霧が晴れ、自分の置かれた世界があらわになってきた。

春の海のような穏やかなうねりが続く山並みに、背の低いまばらな森が続いてゆく。森の足元に広がる緑の絨毯には湿原がぽつりぽつり。いまだ真っ白にのみ込まれた右手の渓は日本海へと注ぐ大深沢、南側の稜線を隔てたその向こうには、太平洋へと流れゆく葛根田川(かっこんだかわ)が広がっている。

木立を抜けると湿原…の繰り返し
木立を抜けると湿原・・・の繰り返し

そんな北国の脊梁山脈たる稜線は、岩手山へと続いてゆき、ときおり現われる分岐を右に下山しても左に下りても、温泉また温泉・・・・・・控えめに言っても、ここは桃源郷のような山域だ。

森の中に突然広がる湿原が大深山荘の水場
森の中に突然広がる湿原が大深山荘の水場

歩きはじめた八幡平頂上バス停から、山道は上下半分に割ったどら焼きみたいな膨らみを上り下りしながら、全体的にゆったりと下る。雨上がりということもあり、山道は沢のように水が流れていたが、これこそが、この山域全体を包む潤いの秘密なのだろう。

嶮岨森(けんそもり)を越えるころ、太陽が顔をのぞかせた。避難小屋である大深山荘に着いたのは13時過ぎ。小屋にザックを下ろすとお昼の食材を持って、5分ほど下った水場へ。木立を抜けると、赤川源流の一角をなす湿原がぽっかりと現われる。森の中の異空間が水場だった。うどんの茹だつ音を聞きながら、沢水で割った焼酎を含んでごろりと横になる。大きな湿原にはウソの歌声が響いている。

森の中に突然広がる湿原が大深山荘の水場
森に広がる湿原の畔に位置する三ツ石山荘。美しい避難小屋を数多く擁するのも、この山域の特徴

翌日はあいにくの天気だったので、森の尾根道を松川温泉まで下ることに。昔ながらの湯治場である峡雲荘に泊まってゆっくり汗を流し、翌日登り返すことにした。

3日目は予報どおり晴れた。前日下った尾根道を登り返していく。雨に霞む森もよいが、滴をまとう梢が朝日を浴びる姿もたまらない。

大深岳からは、2日前よりも遠くまで見渡すことができた。三ツ石山や岩手山、葛根田川をめぐる深い森とその向こうの秋田駒ヶ岳。八幡平を貫く八幡平アスピーテラインや八幡平樹海ラインができる前の世界を想像すると、喜びのような畏れのような震えが走った。つづら折りの坂を下り、登り返した小畚山(こもっこやま)。地形図で見つけた憧れの湿原、栗木ヶ原が足元に広がっている。

森の中に突然広がる湿原が大深山荘の水場
小畚山へと続く緑の小道。気持ちのよい景色がどこまでも広がる

ふれる光の下、やわらかい山並みをなお進んでゆく。湿原の広がる三ツ沼を越えると、なにかの聖地みたいに山頂に大きな岩が鎮座する三ツ石山。眼下には美しい木立が広がり、そのただなかにある湿原の畔にはお菓子の家のような風情の三ツ石山荘……中年男性には直視をはばかられる絵物語のような美しい光景を、薄目でしっかりと焼きつけていた。

森に広がる湿原の畔に位置する三ツ石山荘。美しい避難小屋を数多く擁するのも、この山域の特徴
霧の中から突然現われた石沼

北国の夏にはどこかはかない空気が漂っている。木道の陰でかくれんぼするイグチに、ホシガラスが食い散らかしたおびただしいハイマツの実の食べかすに、めぐる季節の移り変わりを感じてしまうからこそ、一瞬の光がよりまぶしく感じられるのかもしれない。三ツ石山荘の隅でちんまり休憩し、松川温泉へと続く道を、ゆっくりと下っていった。

三ツ石山山頂の巨岩。岩手山をはじめ、八幡平をめぐる森と山が一望できる
三ツ石山山頂の巨岩。岩手山をはじめ、八幡平をめぐる森と山が一望できる

取材日=2‌0‌2‌2年8月19~21日


岩手県・秋田県 八幡平裏岩手縦走路 1泊2日

中級 体力度★★☆☆ 技術度★★☆☆
八幡平頂上・・・諸桧岳・・・大深山荘・・・小畚山・・・三ツ石山・・・松川温泉

参考コースタイム:
1日目 八幡平頂上~諸桧岳~大深山荘 計3時間45分
2日目 大深山荘~小畚山~三ツ石山~松川温泉 計4時間

八幡平から岩手山へと続く、裏岩手縦走路と呼ばれる人気の登山道。スタートの八幡平頂上バス停の標高が1‌5‌4‌0‌mで、コース上の最高点である大深岳が1‌5‌4‌1‌m、最も標高差のある登りが、大深岳と小畚山との中間コルから小畚山への1‌3‌2‌mなので、初めての縦走登山や子連れでの登山にもおすすめ。日程に余裕があれば安比高原から岩手山方面へも足を延ばすなど、自在なコース取りができる点でも楽しめる山域。また、各登山口にそれぞれ個性豊かな温泉が湧いている点も◎。

本コースは健脚ならば1日で歩くこともできるが、それはいかにももったいない。営業小屋はないので、食事や寝具など泊まり装備を担いで歩く体力は必要だが、整備の行き届いた避難小屋にて、湿原に浮かぶ大きな森で過ごす一夜をぜひ楽しんでほしい。

アドバイス
登山道は歩きやすいが、雨後は沢のように水が流れるので、防水性のある登山靴がよい。小畚山から三ツ石山の稜線は遮るものがなく、強風時は要注意。

裏岩手縦走路の避難小屋

コース上には大深山荘、三ツ石山荘があり、テント場がない本コースでは、この避難小屋を利用する。ともにきれいな避難小屋なので、ルールに従い、丁寧な利用を心がけたい。岩手山にも不動平避難小屋、八合目避難小屋がある。

松川温泉 峡雲荘

大深岳、三ツ石山の登山口にあるのが松川温泉。なかでも峡雲荘には、昔ながらの湯治部屋である自炊部があり(1泊4000円。2泊以上で割引あり)、山旅の拠点に最適。乳白色のとろりとしたお湯が心地よい。

公式サイトを見る

アクセス[公共交通]

往路
JR東北新幹線盛岡駅・・・[岩手県北バス 1時間45分 1350円]・・・八幡平頂上
※盛岡駅~八幡平頂上までの「八幡平自然散策バス」は例年4月下旬~10月中旬の季節運行で1日1往復。運行時刻は要確認。タクシー利用の場合、約90分、約1万8000円(要予約)。
復路
松川温泉・・・[岩手県北バス 1時間57分 1160円]・・・JR東北新幹線盛岡駅
※松川温泉~盛岡駅は通年運行の路線バス。便数が少ないので運行時刻は要確認。タクシー利用の場合、約75分、約1万5000円(要予約)。

問合せ先

八幡平市観光協会 TEL 0195-78-3500
岩手県北バス TEL 019-641-1212
盛岡タクシー TEL 019-662-9121(往路)
平舘タクシー TEL 0195-74-2525(復路)


もっと裏岩手縦走路周辺の情報を見る

この記事に登場する山

岩手県 / 奥羽山脈北部

八幡平 標高 1,613m

 山頂は八幡平市の南西端に位置する。山名は坂上田村麻呂や八幡太郎義家の命名説が有力。別にミズゴケの堆積した軟らかい湿原を「やわた」と呼び習わし、後世それに当て字をしたとの説もある。  オオシラビソの樹海の中にミツガシワの咲く池塘が点在する広大な湿原がこの山群の特徴である。湿原にはイワイチョウ、ニッコウキスゲ、コバイケイソウが咲き、ワタスゲの綿毛が揺れる。高層湿原に固有な黒味を帯びたカオジロトンボもいる。  この特異な風景を見渡せる展望台は山頂、源太森、茶臼岳である。盛土をしてある山頂にはバス停留所から舗装道をハイヒールでも30分で行ける。また、3つの展望台を結ぶコースは盛岡駅発八幡平頂上行のバスで松尾鉱山跡を通り茶臼口で下車し、登りだす。  茶臼岳山頂からはオオシラビソの樹海と西側に熊沼が見える。その先は畚岳(もつこだけ)、右手が八幡平頂上だ。畚岳の左手には大深岳、三ツ石山、姥倉山、岩手山と、裏岩手縦走路が一望できる。その先の源太森からは八幡沼が見渡せる。このコースは山頂まで2時間30分。  すぐ下の藤七温泉か、県境を越えて秋田の後生掛温泉に下れば温泉も楽しめる。  2011年10月31日、東日本大震災による地殻変動で、これまでの標高から1m低くなったことが国土地理院から発表され、現在は1613mの山となっている。

岩手県 / 奥羽山脈北部

三ツ石山 標高 1,466m

岩手県八幡平市にある山。名前の由来は、山頂にある露岩がいずれの方向から見ても三つの岩峰に見えることから、三ツ石山となったといわれる。 山頂からの展望は素晴らしく、四方に展望が開け、岩手山、秋田駒ヶ岳などが美しい。