田中陽希が歩く海辺の熊野古道・大辺路 人と自然と神仏が織り成す120kmの旅【前編】

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世界遺産にも登録されている信仰の道・熊野古道(くまのこどう)。1000年以上の歴史をもち、今も多くの参詣者が絶えないこの祈りの道を、プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんと旅してきました。今回歩いた熊野古道・大辺路(おおへち)は、江戸時代以降、信仰と観光を兼ねて旅をする人々に多く歩かれた道ですが、石畳の残る古道、豊かな樹林、雄大な海岸線は、現代のハイカーや登山者にとっても魅力的なトレイルです。6日間におよぶ120kmの旅路。全3回で紹介していきます。今回は、大辺路の歩き旅の前編をお伝えします。

文=大堀啓太(ハタケスタジオ)、写真=金田剛仁(ハタケスタジオ)、協力=和歌山県観光振興課

難所を越えて、旅情をかきたてられる2日目|紀伊富田~周参見(すさみ) 約25.0km

2日目は、大辺路最初の難所と呼ばれている富田坂(とんだざか)を登ります。標高差は大きくありませんが、七曲がりの坂とも呼ばれ、名前から予想できるのは急なつづら折りの登り。そこを越えて待っているのは、昔ながらの舟に乗って川を渡る安居(あご)の渡しです。

富田坂に向けて、いざ出発!

紀伊富田駅からは道標がたくさんあり、迷うことなく草堂寺(そうどうじ)に到着。草堂寺を左に曲がると、いよいよ富田坂へ。林道へと延びる石段が続いています。

「雰囲気が変わりましたね。周りは杉の植林ですが、足元の両脇にはシダ植物が生い茂っています。道はくっきり続いていて歩きやすいですね。いよいよ古道らしい姿を味わえそうですね!」と、陽希さんも期待に胸を膨らませている様子。

草堂寺
早朝からテンポよく歩き、草堂寺に参拝
草堂寺
草堂寺の軒下を借りて、火照った体をクーリング
草堂寺を抜け、林道へ
草堂寺の脇を抜け、林道を谷の奥へと登る

林道の終点に来ると、いよいよ難所の七曲がり。急なつづら折りの登りに息も上がり、足取りも重くなってきます。もう七回曲がったのでは、と思ってもなかなか登り切れず、標高差を見て侮っていたことを反省しながら一歩一歩ゆっくり足を前に出していきます。

熊野古道大辺路・七曲がりの看板
七曲がりの看板を前に、呼吸を整える
熊野古道大辺路・七曲がり
七回以上曲がった気もするけど、、、

難所を抜けると、安居辻松(あごつじまつ)峠まではゆるやかなアップダウンの繰り返し。常緑樹の木漏れ日が気持ちよく、足元に生い茂ったナチシダが醸し出す南国の雰囲気に、足取りも軽くなります。

「昨日とは違って、町の喧噪はありません。自分が歩く風切り音、野鳥のさえずり、木々のざわめきがただただ聞こえるだけ。とても気持ちいいですね。不動明王像など、昔の人が歩いた痕跡にも触れられて、古道を歩いていることを実感できます」(陽希さん)

南紀白浜の展望
白浜(しらはま)方面の展望が開けば、七曲がりもあと少し!
熊野古道大辺路・峠の茶屋跡にある不動明王像
登り切った先の、峠の茶屋跡にある不動明王像。いったい何人の旅人を見守ってきたのだろうか
熊野古道大辺路
ご褒美のようなトレイルに、七曲がりの疲れも吹き飛ぶ

林道に合流すると、三ヶ川(みかがわ)まで一気に下り、川沿いに目をやると石垣が何十mにもわたって連なっていました。これは昔の人が米や農作物からイノシシをよけるために作ったシシ垣だといいます。

「周りを見渡してみると、住居用に積んだ石垣や土留め、昔の生活に欠かせなかった炭焼き窯なども見られました。やっぱり大辺路は生活道でもあったんだと実感できますね」(陽希さん)

石垣やシシ垣はとてもきれいに残っていて、現代まで崩れていない緻密な精巧さに驚くばかり。当時の生活に思いをはせることもできます。

熊野古道大辺路・シシ垣
「シシ垣があんなに遠くまで続いてる。すごい!」

難所を越えて疲れた体に、甘いものでも補給したいと思っていたちょうどその時、目に飛び込んできたのは仲商店の看板。「山のなかを歩いてきた先に、集落とか人の気配があるとホッとしますよね」と、ニコニコしながらお店に入っていき、みかんとコーラで喉を潤し、安居の渡し場手前でちょっとひと休み。ありがたい補給ポイントでした。

仲商店の上野さん
仲商店の上野さんと軒先で談笑

体を休めたおかげで気力も充実し、いよいよ安居の渡しへ。歩き旅の最中に、舟で川を渡るのはまるで昔にタイムスリップしたようで、なんともいえず旅情をかきたてられます。川幅が広く水深の深い日置(ひき)川を歩いて渡るのは難しく、昔の人もこうして行き来していたのでしょう。

安居の渡しの船頭さん
衣装もすてきな安居の渡しの船頭さん。平田舟(ひらたぶね)は40年以上も現役という
安居の渡しの船頭さん
しばらく休業していた安居の渡しは、2024年2月から再開している。利用の詳細はホームページで確認を

無事に対岸に渡ると、急な登りを仏坂の茶屋跡まで一気に上がります。旅情に浸ってばかりもいられません。旅はまだまだ続くため、気を引き締めて足を運びます。

熊野古道大辺路
また難所……

舗装路をずんずん進んでいくと、畑仕事をしている農家さんにあいさつしたことをきっかけに、少しお話することに。なんと、すさみ町はレタス発祥の地だといいます。

「すさみ町がレタス栽培を始めたのは、1941年だそうですよ。地元の人と触れ合いながら、その土地ならではのことや、いままで知らなかった情報が得られるのも旅の醍醐味ですね」。そう言う陽希さんは、地元の方を見かけると積極的にあいさつを交わしていました。これが歩き旅の思い出を深めるひとつのポイントのようです。

太間川沿いの県道222号を歩く
仏坂を登って林道を下ると、太間川沿いの県道222号をすさみ町に向けて下ります
すさみ町・農家の向井さん
「大根2本とレタス2玉、持っていきなよ」お声がけいただいたのは農家の向井さん

太間(たいま)川沿いをひたすら下り、途中の地主(じのし)神社に参拝し、周参見王子(すさみおうじ)神社でこの日最後のスタンプを押印帳に押すと、2日目のゴールの周参見駅はもう目前。

太間川沿いにある地主神社
太間川沿いにある地主神社
太間川沿いにある地主神社には鳥居も社殿もない。自然崇拝で、背後の巨岩を含めた森全体が御神体
周参見王子神社
押印も忘れずに。枠からはみ出ないように慎重に
周参見王子神社
2日目最後の押印ポイントの周参見王子神社にも、しっかり参拝
すさみ町
いただいた大根を背負って、すさみ町を歩く
周参見駅
周参見駅にゴールした時には日が傾き始めていた

難所もある25kmを歩いた行動時間は9時間ほど。

「今日は長い1日でしたが、古道の雰囲気も味わえて、地元の方とも触れ合うことができ、その土地の情報も得られました。歩き旅ならではの出会いがあって楽しかったです」

2日目のお宿は周参見駅から徒歩7分ほどの「民宿きしや」。ゴロンと寝転がれる畳部屋で、ゆっくりと体を休められました。

いよいよ熊野古道の旅らしくなってきた2日目ですが、旅はまだ序盤。海辺の熊野古道の真骨頂となる【中編】へと続きます。

イノブタ丼
カロリーを欲する体にイノブタ丼をチャージ。駅近のすさみ食堂にて

中編はこちら

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